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<グークハール>
「……ば、馬鹿な!」
唖然とした無精髭の男の表情を見て、俺は更に笑いが止まらなくなる。
……ああ、可笑しい。こいつ、本当に一緒に行動していたのがイレイラだと気づいていなかったのか。
これはどんな喜劇よりも、喜劇的な展開だ。
最初はチンピラぜんとした男がイレイラをかばって、何も知らない演技をしているのかとも思っていた。
しかしこの反応は、演技ではない。
もしこれが演技だとするのであれば、この男は今すぐにでも舞台俳優になるべきだ。
きっと名演技を連発し、すぐにでも一躍時の人となることは間違いないだろう。
「イレイラは俺に婚約破棄をされた腹いせに、アーチデール城で俺に手を上げた。それもパーティーが開かれている場でな。俺の名誉を貶めたあの女を指名手配していたのだが、まさかお前のような間抜けな従者が一緒だったとは思わなかったぞ。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。愚鈍なイレイラには、お前のような間抜けが寄ってくるのだな」
「グークハール王子。少々よろしいでしょうか?」
そう言って俺に近づいてきたのは、守兵のズルコック・ギートだ。
貴族の出で、元々騎士団に入隊していたらしい。
しかし色々な部隊を歩き渡り、父上の頼みで今は俺の守兵として受け入れている。
そんなズルコックへ、俺は視線を向けた。
「どうした? ズルコック。イレイラの情報でも手に入ったのか?」
「いえ、そうではありません。情報といえば情報ですが、イレイラのものではなくその男の素性についての情報となります」
「……ほう? この男の」
俺の言葉がよほどショックだったのか、無精髭の男は虚ろな目で地面を見つめている。
俺はやつから視線を切り、ズルコックの方へ振り向いた。
「わかった。話を聞こう」
「ありがとうございます。では、こちらに」
部屋の脇に移動して、俺はズルコックの言葉に耳を傾ける。
ズルコックは俺にだけ聞こえるような音量で、言葉を紡いでいった。
「あの男の名前は、クラーム・オトゥレティム。かつてクルーリア王国の騎士団に所属していた過去がございます」
「ほう? あの男、あんな見た目だが元は貴族なのか?」
「いえ、ただの平民にございます。一時期クラームは部隊長候補とまで呼ばれておりましたが、訓練で模擬戦中の事故で怪我をしてから騎士団を除隊しております。またその際両親にも疎まれ、絶縁状態となっているようです」
「絶縁?」
その言葉に、俺は首を傾げる。
「除隊したとはいえ、部隊長候補にまで平民で上り詰めるとは、エリート格ではないか。騎士団で身につけた知識に技術があれば、平民の中でもいい暮らしが出来るだろうに」
「それが、訓練中の事故と言っても殺人未遂だったのです」
「殺人未遂?」
「はい。訓練で使う剣が訓練用の模造刀ではなく、手違いでクラームのものが真剣だったのです。下手をしたら模擬戦の相手を斬り殺していたかもしれないということで、奴の両親はクラームのことを家の面汚しだと、そう考えているようです。アーチデール城の騎士団入隊試験に合格した事で、奴にたいしての期待が大幅に高くなってしまったのも原因の一つでしょうな」
「なるほどな」
頷きながらそう言って、更に俺は言葉を重ねる。
「時にズルコック。あのクラームという男のことについて、ずいぶん詳しいな」
「そ、そうでしょうかな?」
俺の言葉を聞き、ズルコックは露骨に焦り始めた。
「そ、それは私が、一時騎士団にいたことがあったからです! ただの市民が部隊長候補になっていたので、目立っておりましたからな。それでクラームのことを覚えていたのですよ。ほ、本当ですよ?」
「そうか」
そう言いながら、俺は内心ズルコックのことを鼻で笑った。
……クラームとかいう男を貶めたのは、こいつか。
いくら騎士団の訓練とはいえ、模造刀と真剣を間違えて渡されるわけがない。
それに模擬戦中に怪我をしたということは、真剣を持っていたクラームが怪我を負った側ということになる。
逆ならまだわかるが、相手を斬り殺せる立場にあったクラームが怪我を負ったというのは不自然だ。
……なるほど。ズルコックはクラームを妬み、除隊させたわけか。
俺も王族だ。
貴族の見栄については十二分に認識している。
愚かしいと思いながらも、ここで俺はズルコックを糾弾するつもりはまったくなかった。
何故なら――
……その話、使えるな。
そう思いながら、俺は改めてクラームの方へ近づいていく。
まだショックが抜けきらないのか、呆然とした様子で奴は俺の方を見上げてきた。
それを俺は、皮肉げに笑う。
「信用されていなかったんだな」
「……何がだ?」
「お前が、さ。イレイラからは自分の正体について明かされず、ずっと嘘をつかれていた。それはつまり、お前に自分の正体を教えたら自分の不利益になると、あの女は考えたからだろう。たとえば、お前がイレイラの居場所をクルーリア王国に伝える、とかな」
「……そんなことはしない!」
クラームはこちらに噛みつかんばかりに顔を上げるが、縛られているため満足に俺を見上げることすら出来ない。
「俺はあの人を裏切るような真似は、絶対にしない。俺にはあの人にどれだけかかっても返しきれない恩があるんだ。俺がイララ様に不利益になるような真似、するはずがないだろうが!」
「だからイララではなく、イレイラだと言っているだろうが」
冷淡に見下ろしながら、俺は更に口を開く。
「だが、知らなかったとはいえ、お前のやったことは犯罪だ。罪は罪として、裁かなくてはならない」
「罪、だと?」
「そうさ。お前は指名手配犯であるイレイラの逃亡を手助けしていたんだ。当然、お前も同様の罪を背負ってもらうことになる。つまり、死刑だ」
「馬鹿な!」
驚愕したクラームは、その驚きを吐き出すように喋り続ける。
「死刑、だと? 一国の王子に手を上げたとはいえ、そんな横暴な真似が許されるはずがない!」
「横暴、ではない。妥当、というべき判決だよ。言っただろ? あいつは、あの女は、俺の名誉を傷つけた。それも深く、深く、な」
思い出すだけで、腸が煮えくり返ってくる。
ブレインバスターをぶちかまされる日が、まさか自分に訪れるとは夢にも思わなかった。
更にイレイラはあの場で俺の娼館通いをバラしたので、フィレバとの関係も悪化している。
……全部全部、あの女が悪いんだ!
だが悔しいかな、あの女の行動原理が俺には全く理解できない。
実際、検問でイレイラの姿を見つけ、捕らえようとしたがものの見事に逃げられてしまった。
そして今の今まで、その足取りすら掴むことが出来ない。
だったら――
「このままでは、イレイラの逃亡を手助けしたお前も同罪で、死刑になる」
そう言うと、流石にクラームも怯んだ表情を浮かべた。
それに優越感を感じながら、更に俺は口を開く。
「しかし、あの女を捕まえるのにお前が協力してくれる、というのであれば、話は違ってくるな」
俺がイレイラの行動原理を理解できないのであれば。
……あいつと行動をともにし、あの女が考えていそうなことがわかりそうなこの男を、こちら側に引き込めばいい。




