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<イナ>
イララ様に抱かれて馬車を飛び出した私のテンションは、過去最高潮を記録していた。
……やっべ、推しに抱かれてる。今、私推しに抱かれてるわウヒョー! やべー! なにこれ死ぬんか? 私もう死ぬんか? っていうかもう死んでもいいわやべーわやばい、え? めっちゃいい匂いすんだけど神か? イララ様神? いや、女神? っていうか神で当たり前か? イララ様だもんねそうだもんね、やっべイララ様流石っす。流石すぎますイララ様。一生ついていきます。っていうか今日ファンサめっちゃ凄ない? え、体の中に詰め物入れさせてもらうとか、え、マジ? 素肌触らせてもらえるとかヤバいわ死ぬわっていうかもう死んでるわ私。匂いだけじゃなくて肌もめっちゃすべすべだったし、え? やっぱり人じゃない? 同じ人類の系譜ではない? やはり神か? 女神の証明できちゃったか? やっぱりイララ様っぱないっすね、マジで。っていうか今すぐイララ様が女神だという証明を学会発表すべき――
「さて、どうやらクラームの案は上手くいったようね、イナ」
「左様でございますね」
私はスン、としてイララ様の傍らに控える。
細い通りからは、クルーリア王国の第一王子であるグークハール・バクミルグが引き連れてきた騎兵隊が、クラームが操る馬車を追いかけて通り過ぎたところだった。
私はそれを見ながら、イララ様に向かって口を開く。
「イララ様。今後のご予定ですが、何かお考えはありますでしょうか?」
そう言いながらも、私の脳裏に一つの懸念点が思い浮かんだ。
「そういえば、クラームとの合流場所を決めておりませんでしたね」
イララ様に抱かれていて、完全に頭から抜け落ちていた。
というか、イララ様に抱かれているのだ。それ以外の全てはどうでも良くなる。この世の存在すらどうでもいい。
何故ならこの世は全てがイララ様が中心なのだ。ならば、それ以外の全ては瑣末事。
だが、そんな神よりも偉大で女神なイララ様は、自分に尽くしてくれた人に対しては、神よりも慈悲深く女神の恩寵をお与えになられる。
そしてクラームは、私ほどとは言わないものの、イララ様に尽くしているように思えた。
そのためイララ様は、クラームとの合流を望むものだと、そう思っていたのだが――
「いえ、こちらからクラームへ積極的に連絡を取ることはいたしませんわ」
その反応が少し以外で、思わず私は聞き返してしまう。
「よろしいのですか? 必須ではありませんが、それなりに使える人間だったかと思いますが」
「確かに彼にはよくしして頂きました。ですが、当初の予定ではここまで彼を私の旅に付き合わせるつもりはなかったのですよ」
苦笑いを浮かべながら、イララ様はそう言った。
「今まで、私の方が甘えてしまっておりましたが、あのタイミングが丁度いい頃合いだったのですわ。彼には、彼の人生がありますもの。騎士団を諦めた怪我も治っておりますし、馬車も扱えるので食べるのには困りませんわ」
「流石でございます、イララ様。自分に仕える者のために、そこまで心を砕かれているとは」
「淑女たるもの、当然ですわよイナ」
「ですが、あの話の流れだとクラームはクルーリア王国に捕まるのではないでしょうか?」
「それはそれ、これはこれ、ですわ。私、本人の自由意志は尊重するタイプですの」
「流石でございます、イララ様。ところで」
そう言って私は、イララ様に問いかける。
「もし、クラームが私たちと今後合流することになったとするのであれば――」
「私、言いましたわよね? イナ。本人の自由意志は尊重するタイプだ、と」
で、あるのであれば、なるようになるのであろう。
イララ様は私とは違い、もっと色んなものを俯瞰してみておられる。
私はただ、イララ様のお考えに従うのみだ。
「それでは行きましょうか、イナ。あなた一人ぐらいであれば、魔法で身を隠しながら旅を続けることも十分可能ですし」
「かしこまりました。では、どちらまで向かいましょう」
「そうですわね。自由に生きるために、世界を見て回りたいのですけれど」
そう言いながら、イララ様は被っていた布を取り払う。
そしてそれを、ご自分と私の頭の上で揺らした。
「イララ様? これは?」
「他の人達から見て、私たちの顔の認識がしづらくなる魔法ですの。クルーリア王国の兵には一部顔を見られておりますから、町の中で遭遇すると面倒ですわよね? そういった面倒を減らすためのものですの」
「そんな素晴らしいお力を、私のために!」
「かける人数が多くなると、効果が薄くなるのが難点なのですけれど。とはいえ、二人分なら十分でしょう」
感激している私に、イララ様は大きく頷く。
「これですぐに見つかる心配はなくなりましたし、ひとまず食事を摂りましょうか」
確かに、検問からの逃走劇もあり、小腹が空いている。
食事と言われて、私はヤノリ教授との会話の中で出てきた内容を思い出していた。
「スクイードル海洋領邦とトゥホイレス自由連合で採れる水産資源が違うということでしたが」
「でしたら、海鮮系のお店がいいですわね。ヤノリ教授の研究が進めば、元々存在しているトゥホイレス自由連合の料理が食べられなくなってしまうかもしれませんもの。食べられるものは、今のうちに食べてしまいませんと」
そして少し歩いた所で、巨大な魚の看板を掲げたレストランが見えてきた。
見た目から、魚料理がメインの店に違いない。
「イララ様。あちらのお店でいかがでしょうか?」
「構いませんわ」
許可が出たので、その木造の店に入っていく。
扉は押戸となっており、建付けがそこまで良くないのか、金具が金切り声を上げていた。
店の中に入ると、まばらに席は埋まっている。
客がそこそこ入っているということは、味はある程度保証されていると考えていいだろう。
イララ様の食事でマズいものを食べさせるわけにはいかないので、その点は非常に安心した。
だが客がいる一方で、ゆったり二人で座れる席というのは奥の丸テーブルぐらいとなっている。
その席の隣では、学生に見える青年たちが喧々諤々と意見を交わしていた。
……ちょっと、騒がしそうですね。
「イララ様。少し騒がしいかもしれませんが、あちらのお席でもよろしいでしょうか?」
「構いませんわよ。どこにいようと、私は私ですから」
「ありがとうございます。では、こちらに」
店員に話をして、先程の奥のテーブルに座る。
私は渡されたメニューを、イララ様が見えやすいようにテーブルに広げた。
ざっと見た限り、やはり海鮮系のメニューが多い印象だ。
白身魚と芋のフライに、イカのバター焼き。エビの蒸し焼きに青魚のオイル漬け。カキとキノコのアヒージョに、赤身魚のステーキと、種類はかなり豊富にあるように思えた。
先に白ワインを頼んで、更に二人でメニューを眺める。
最終的に、私たちはタコのカルパッチョとカニのクリームリゾット、白身魚のソテーに貝の酒蒸しを頼んだ。
それらの料理が届く前に、最初に頼んだワインのグラスが空になる。
新しくお酒を注文しようとした所で、隣のテーブルからひときわ多き声が聞こえてきた。
「だから、やっぱりこの国に必要なのは、革命なんだよ革命!」




