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<ヤノリ>
イララの言葉を、私は震えながら聞いていた。
私を拉致した首謀者であろうヤバい女は、僅かに口角を吊り上げる。
「別に、革命を起こせとまではいいませんし、養殖に限ってなにかしろと言っているわけではございませんの」
そう言いながら、イララは両手を広げた。
「ただこの場にはメルティン湾を調査したいイクラフォニア海洋大学の教授がおり、そして毎日メルティン湾へ水産資源を採りに船を出すものの、採った魚等をユーカックス大陸に売りに行けない港町ボロイエの漁師がいる。更にスクイードル海洋領邦で採った水産資源をユーカックス大陸のトゥホイレス自由連合に持ち込んで研究出来る状況が整っている。むしろ私には、両者が手を取り合い、将来に向けて研究をしない理由がわからないのですけれど?」
イララの話を聞きながら、私は彼女が口にした内容を整理する。
……確かに、私は船を出してメルティン湾の海流の調査を満足にすることが出来なかった。
しかしその問題は、ここにいる漁師たちに協力してもらえれば解決できる。
そして、その漁師たちが採ってくる、ユーカックス大陸に売りに行けない水産資源は――
「私が、研究素材として買い上げろと、そう言っているわけか」
「全ては流石に無理でしょうが、一部は可能ですわよね? どうせトゥホイレス自由連合との共同研究に必要になるんですもの。大陸を越えて売れないのであれば、大陸内で売る方法を考えればいいのです。そして私はその相手に、あなたを選びましたわ、ヤノリ教授」
「確かに、一部は可能だろう。だが、それでボロイエの漁師の生活は維持できるのか? 何度も言うが、私には金はないぞ」
「その情報は先程お伺いいたしましたので、覚えておりますわ。だから、ヤノリ教授には別に売る相手を連れてきて頂きたいのです」
そう言いつつ、イララは言葉を重ねる。
「トゥホイレス自由連合の、共同研究相手ですわ」
「企業誘致を行え、と?」
「簡単に言えば、そうなりますわね」
イララは相変わらず、毅然とした姿勢を崩さない。
「もし養殖を進めるというのであれば、目標となる味の基準の策定は必須。そういう意味でいえば、ボロイエに着ていただければその味を確実に楽しめますし、水産資源は環境資源という形で消費されますわ。そしてその味の噂が広まればトゥホイレス自由連合からの観光客も増え、観光業としてもスクイードル海洋領邦は潤っていくことになるでしょう」
「……しかし、その状況はトゥホイレス自由連合も同じなはずでは?」
イララに反論しながらも、私の震えはまだ止まっていない。
それはヤバい女への恐れではなく、むしろ自分の体の内側から溢れてくる、熱といってもいいものだった。
もはやなくしたと思っていたそれに突き動かされるように、私は口を開く。
「養殖の共同研究をするということは、スクイードル海洋領邦で採れる水産資源の質とトゥホイレス自由連合の水産資源の質が同一に近づいていくという事になる。そうなれば、もはや両国に差はなく、人の行き来も売買もなくなり、スクイードル海洋領邦とトゥホイレス自由連合は共倒れになるのではないだろうか?」
「大陸を越えて売れないのであれば、大陸内で売る方法を考えればいいのです」
先程言われた言葉を再度言われ、私の体は稲妻に撃たれたように更に震撼した。
「スクイードル海洋領邦はトゥホイレス自由連合と同等の水産資源をヘティオストレラ大陸内に、トゥホイレス自由連合はスクイードル海洋領邦と同等の水産資源をユーカックス大陸に売れるようになる」
「わざわざ、大陸を越えずに別大陸の味を楽しめるのです。誘致のタイミングを間違えなければ、両国は同じ大陸の国の観光客も取り込めますわ」
私は縛られているのも忘れて立ち上がろうとして、転けそうになる。
自分の中に、失っていたと思っていた情熱が、完全に戻ってきていた。
……もう五十を越えたというのに、年甲斐もない。
そう思うものの、それがどうしたと思える自分がいる。
将来はのんびりとした老後を、と考えていたが、存外自由に出来る時間は少ない気がしていた。
「わかった。ここまでお膳立てをしてもらっているのに、断るわけにはいかない。むしろこのままこの国の発展のために残ってもらいたいぐらいだ」
「そう言って頂けるのはありがたいのですけれど、私には私の事情がございますので」
「……そうか。それは、そうだな。すまない、急にこんな事を言ってしまい」
「お気になさらずに。それより、トゥホイレス自由連合へ渡る手配についてもお願いしてよろしいかしら?」
「もちろんだ。向こうの大学には私の方から話を通しておこう。先んじて購入する魚類についてはこちらが指定しても?」
「その辺りについては、ボロイエの方の意見も聞きたいところですわね」
その後は、今後の対応についての議論が進めていく。
そこからは数日、慌ただしい時間が続いた。
ボロイエに私との窓口を用意してもらい、研究の協力と水産資源の売買の関係を確立する。
その傍ら、私はイララたちをトゥホイレス自由連合へ連れて行く算段をつけていた。
そして今日、ついにヘティオストレラ大陸からユーカックス大陸へ抜ける検問を通る日となる。
幌馬車に荷物とイララ、イナが乗り込み、運転席には私とクラームが乗り込んだ。
少し黄色味がかった防水布の馬車を、クラームが巧みに運転していく。
荷台を覗き込むと、イナが座るイララに対して何かを施していた。
「布で顔を隠すにしても、それ以外の変装はいかがいたしましょうか? イララ様」
「そうですわね。体の特徴を変えたいですわ。布はいくつも持ってきておりますから、ちょっと服の中に入れてくださらないかしら? イナ」
「わ、たしが、ですか? その様な栄誉にたまわれるとは。死んでしまいそうです」
……見なかったことにしよう。
スクイードル海洋領邦を発展させるためのアイディアを出してくれたのは感謝するが、それはやっぱりヤバい頭の中から生まれたものだったようだ。
会話に加わって、あのヤバい空間に入りたくない。
素直に座り、検問に向かうことにする。
僅かに馬車に揺られて、私の馬車は検問の前まで到着していた。
交通許可証を持っていたとしても、簡易な確認は行われる。
といっても、中の荷台をちらっと見せるだけで、実質形骸化しているような確認なので、すぐに終わる。
私たちの馬車の前で待っているのは、もう三台の馬車しかいなかった。
一方交通許可証なしの列は、今日も今日とて長蛇の列だ。
……あの確認は、かなり厳重にされるんだよな。荷台も全部ひっくり返されるし、参ったよ。
当時の苦労を思い出しながら苦笑いをしていると、何やら後方が騒がしい。
交通許可証を持っている列も持っていない列も、皆ざわめき始めた。
……何だ? 後ろから、何かが来ているのかな?
疑問に思い、私は馬車の後ろを確認するように、体を伸ばす。
そこで私の目に入ったのは、煙を巻き上げながらこちらに近づいてくる、騎馬隊の姿だった。
その一団は自らの所属を見せつけるように、国旗を掲げている。
その国旗は、このヘティオストレラ大陸に住む人で、知らない人はいないものだった。
何故ならそれは、ヘティオストレラ大陸では一番裕福な国のものだったからだ。
その国旗を見ながら、私は思わず口を開く。
「どうしてクルーリア王国が、このタイミングで検問にまでやってくるんだ!」




