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<破滅エンドを迎える予定だったとある大学教授>
私、ヤノリ・ボモートは勤め先の大学を後にして、帰路についている途中だった。
私の勤務先であるイクラフォニア海洋大学は、スクイードル海洋領邦に存在している大学だ。
メルティン湾近くに建っていることから、海洋生物の研究が中心に行われている。
他国にある大学との共同研究も行っており、同じくメルティン湾に面しているユーカックス大陸のトゥホイレス自由連合とも懇意にしていた。
国や大陸を越えて研究を続ける環境が、イクラフォニア海洋大学にはあった。
この大学間のネットワークを使えば、上手く研究を進め、そしてスクイードル海洋領邦を発展させられるかもしれない。
だが私は、そういう情熱的な考えを全て吐き出すように、溜息を吐いた。
……そんなに熱くなったって、誰も見向きもしてくれません。ただ空回りして、周りから笑いものにされるのが、落ちですから。
スクイードル海洋領邦は海洋国家のため、水産業を盛んにしようと思えば、それで国益を上げることが出来る。
しかし、この国を運営する政治家たちはそうは考えてはいない。
それはスクイードル海洋領邦の、立地が関係していた。
スクイードル海洋領邦はヘティオストレラ大陸とユーカックス大陸を結ぶ架け橋になっている。
つまり、関所の様な役割を担えるのだ。
事実、今はクルーリア王国の要請を受けて、検問を設置している。
それだけで、もうこの国を運営するのに十分な金が入ってくるのだ。
無理して新しい施策や革新的な施策を進めなくても、国としての運営は十分に成り立つ。
もちろん、小さな市町村では多少の弊害はあるだろう。
だが、国単位で見れば、それはもはや誤差と言ってもいい。
無理をしなくても上の人間たちの懐は温まり、国全体で見れば余計な事さえしなければ国民の支持も得られる。
そのため研究・開発費に予算を投入し、水産資源の活用を進めようと考える政治家は存在していなかった。
つまり、大学への研究費補助はほとんど降りてこない状況だ。
……私が大学の講師になった時には、自分の中にも多少なりとも、私の研究でこの国の未来を明るくしてやろうと、そういう情熱があったような気がするんですが。
予算がなくとも走り回り、協力者を探して色んな所に頭を下げに行った。
だが、全く理解を得られないどころか、むしろ厄介者扱いを受けたのだ。
それでもめげずに一人で研究を進めてきたが、何事も一人では限界がある。
そもそも金がないので、やれることも限られていた。
満足に船を出して、メルティン湾の海流の調査を行うことも出来ない。
そうした日々が続き、私の心と情熱はすり減って。
そして、今はもう見る影もなくなっている。
……むしろ、どうして私はあんなに一人頑なに頑張っていたのでしょう?
誰にも、認められないのに、
だから私は大学に残るために必要な論文数を出し、そして助教授や教授に上がれるギリギリの成果だけを出して、現在の職についている。
……そうです。上の人間が現状維持を望み、そして私腹を肥やしているのですから、私だってその様に振る舞ってもいいはずです。
そうだ。だから、私は次の学会で――
「あの、すみません」
道の脇に建っていた男が、私を呼び止めた。
私は思考を止めて、彼に向き直る。
男は日に焼けており、海の香が少しした。
「はい、どうされましたか?」
「イクラフォニア海洋大学へ向かう道は、どちらになりますか?」
「ああ、それなら簡単ですよ。お教えいたしましょう」
そう言って私は懐から手帳を取り出し、そこに簡易な地図を描く。
それを見ていた男が、感心したように溜息を零す。
「へぇ、上手いもんですね。絵でも習ってたんですか?」
「いえいえ、仕事柄水産資源のスケッチを書く必要がありまして」
そう言うと男の方は恐縮したように頭をかく。
「ありゃ、そりゃ俺はお偉い先生に道を訪ねちまったんですかい?
「いえ、そんな事は全く」
「本当ですかい? ご無礼じゃなければでいいんですが、お名前をうかがっても」
「ヤノリ・ボモートと言いま――」
「いたぞー! ここだー!」
男が、突然叫び始めた。
彼は私の腕を掴み、絶対に逃さない、とばかりに力を込める、
私は訳がわからず、狼狽した。
「な、何をしてるんだ、君は!」
そう言うが、辺りには私の手を握る男の様に日焼けした男たちが集まってくる。
そしてあれよあれよという間に私は縛り上げられ、猿ぐつわと麻袋を顔にかけられると、彼らに担がれてどこかに運ばれる。
身動きが取れず、視界もないまま未知の場所へ運ばれる恐怖というのは、筆舌に尽くしがたいものがあった。
恐怖と混乱で、全く頭が回らないし、体が硬直して動かない。
抵抗しよう、という気すら起こらなかった。
視界は麻袋で暗闇に閉ざされているが、恐怖でそもそも瞼が開けない。
ギュッと目を閉じ、ただただ時が過ぎるのを待っていた。
そしてしばらくして、私の体に伝わってくる振動がゆるくなる。
どうやら、目的地に辿り着いたようだ。
私は椅子か何かに座らされた後に、麻袋が取り払われる。
久々に顔の皮膚が外気に晒され、肌寒さを感じた。
その寒さで、私は思わず顔をしかめる。
そして固く閉じていた瞼を、恐る恐る開いていった。
光が徐々に私の眼球を照らし、最初は視界が白色に染まる。
だがその明るさにも段々となれていき、自分の目の前に誰か座っているのに気がついた。
それは、女性だった。
継ぎ接ぎのドレスを着た女性が、悠然とした態度で私を見下ろしている。
ドレスは一見粗末なのに、態度や振る舞いから不思議と気品を感じることが出来た。
その女性の両隣には、自らの主に仕える侍女風の女性とチンピラ風の男性が立っている。
彼らの真ん中に座る女性が、口を開いた。
「初めまして、ヤノリ・ボモート教授。ご機嫌はいかがかしら?」
その問の答えだが、言い訳がなかった。
何せこっちは、何処か知らない場所に拉致されたのだ。機嫌がいいわけがない。
しかし、何も言わないのも相手の反感を買いそうなので、ひとまず私は口を開くことにする。
「ふぁふぁふぉふぉふぉいふぇふふぁふぁい」
「……教授? 私、自分でもユーモアのセンスとその理解はある方だと思っておりますけれど、流石に時と場所を選ぶべきだと具申いたしますわ。もっとも、今のこの状況でふざけられるのは、大したものだと思いますけれど」
「イララ様。ヤノリ教授は、ただ猿ぐつわで喋りづらいだけかと思います」
男からそう言われて、イララと呼ばれた女は鼻で笑う。
「知っておりますわ、クラーム。今のは私なりのジョークです」
「流石でございます、イララ様。世界一面白いジョークでした」
……かなりヤバい奴らに誘拐されてしまった!
誘拐犯というだけでもまずヤバいのに、ヤバい奴らの会話が更にヤバい。
ヤバさの二乗で、頭がどうにかなりそうだった。
クラームと呼ばれた男が猿ぐつわを外してくれるが、全く安心出来る気配がない。
そんな中、イララはこちらに向かって口を開く。
そしてその内容が、更にヤバかった。
「本日教授にご足労頂いたのは、他でもありません。教授に送られてきた、賄賂についてのご相談ですの」




