34
<イララ>
男たちの話を聞いて、私は内心、なるほど、と大きく頷いた。
……一国の王子にキチゲ開放をお見舞いしたんですもの。指名手配の一つや二つになりますわよね。
そう思いながらも、私は全く今の状況を後悔してはいなかった。
あの色ボケ王子に一発ぶちかますことで、私はこの煩悩の数だけ続くループに一区切りをつけ、新しい人生を歩むための第一歩としたのだ。後悔なんてあるはずがなかった。
……ですが、ヘティオストレラ大陸から出る国境沿いだけに検問を作ったという事は、クルーリア王国は私を他の大陸に逃さない事を優先しましたのね。
実際、私はサグラール連邦国に抜ける時、何の検問も存在していなかった。
逆に言えば、大陸という大きい箱に私を先に閉じ込め、確実にこちらを見つけ出す、という決意の現れなのかもしれない。
……ですがそうなると、サグラール連邦国の滞在が予定よりも長期間になってしまったというのは、私に取って僥倖だったのですわね。
クルーリア王国、恐らくオキグリアン・バクミルグ国王かグークハール王子の指示で、彼らはまず大陸の出入り口を注視している。
その間私はヘティオストレラ大陸のサグラール連邦国に留まっていたので、逆に彼らの監視網に引っかからなかったのだ。
もし私がサグラール連邦国でチュリックとジョウムの選挙に関わっていなかったら、今頃検問に引っかかってクルーリア王国に連れ戻されていた可能性もある。
……魔法を使えば追手に負けることはありえませんけれど、クルーリア王国と関係のない方を巻き込むのは気が進みませんし。
そう思っている私のそばに、イナが近づいてくる。
彼女は他の人に聞こえないように、私に耳打ちをした。
「あの、彼らの話を聞いていて思ったのですが、大罪人というのは、その、私の勘違いだと思うのですけれど――」
「いえ、恐らくあなたの勘違いなんかではありませんわ、イナ。彼らが言った指名手配犯は、間違いなくイレイラ・ヴィルムガルド。つまり、私でしょうね」
「なっ! どうしてそんな事に! あれはどう考えても相手の方が――」
「……どうしたんだ? お嬢ちゃん。急に怒り出して」
突如怒り出したイナを見て、クラームが不思議そうに小首をかしげる。
そういえば彼には、私がイレイラ・ヴィルムガルドだということを話していなかった。
今更それを明かしても何がどうなるということもないし、ひとまずここはそのままにしておこう。
そう思っている間に、イナが男達に詰め寄っている。
「この中でその指名手配書を持っている人はいないのですか? 私も一枚欲しいです!」
「おやめなさいな、イナ。どうせ毒にもクスリにもならないことしか書いておりませんでしょうし」
私がそう言うと、イナは渋々といった様子でこちらに戻ってくる。
そして彼女はこちらに問いかけてきた。
「では、一体どういたしましょう? もういっそ、検問を強行突破してしまいますか? いわれなき誹謗中傷でここに留まる必要はないように思えます。無益に足止めされるぐらいなら、いっそ全てをぶち破ってしまうのがイレイ、イララ様らしいかと愚行いたしますが」
「それには俺も賛成します。ハッキリ言って今回の検問は、クルーリア王国だけの都合でしょう。そんな一国の都合に縛られる必要は全くありません」
二人の意見を聞き、私はしばし考える。
……確かに、私が指名手配をされているのであれば、素直に列に並んだとしても捕まる可能性はありますものね。
交通許可証があれば検問での確認は簡易なものになるだろうし、そこまで心配しなくてもいいだろう。問題なのは、その交通許可証を今この場にいる私たちでは手に入れることが出来ない、という事だ。
そうなると、強行突破をすというのは真剣に考えてもいい案の様にも思える。
しかし――
……検問を突破するということは、その先にあるトゥホイレス自由連合、そしてユーカックス大陸にも迷惑がかかる、ということですわよね。
そうなれば、ヘティオストレラ大陸を抜け出した意味がない。せっかく別の大陸に移動したというのに、今まで以上に肩身が狭くなるのは正直ゴメンだった。
……私と後一人ぐらいであれば、魔法で身を隠しながら移動できるのですけれど。
だが、今はイナとクラームがいる。出来ることなら、なるべく穏便にユーカックス大陸へ渡りたかった。
そう思っていると、ふとある考えが私の頭の中に浮かぶ。
私は改めて顔を上げ、正座をしている男たちへ視線を向けた。
「時に質問ですが、ここはスクイードル海洋領邦ということであっておりますかしら?」
「「「はい、あっています!」」」
「この港町には、名前はありますの?」
「「「はい、ボロイエといいます!」」」
「地図を、持ってきてくださるかしら?」
「「「はい、喜んで!」」」
そう言って男たちが、地図を持ってくる。
机に広げて確認すると、私たちがいるボロイエという町は、ヘティオストレラ大陸の東南側にあるメルティン湾に隣接している場所だった。
それを見ながら私は僅かに口角を吊り上げ、地図に視線を走らせる。
そして目当てのものを見つけると、更に笑みを濃くした。
私は満足そうに頷くと、腕を組みながら改めて男たちの方へ視線を向ける。
「先程、商売が上手くいっていないと、そう話されておりましたわよね?」
「「「はい、確かに言いました!」」」
「それは、国境沿いに検問が出来て流通が滞ったから。つまり、交通許可証を別の場所から入手することが可能だとするのであれば、その問題は解決しますの?」
「「「はい、バッチリ、完全無欠に解決します!」」」
そのやり取りを見ていたクラームが、疑問を口にする。
「イララ様。何か、当てがお有りになるのですか?」
「まぁ、そうと言えば、そうですわね」
クラームに苦笑いを返しながら、私は思わずつぶやいた。
「伊達に百八回もループしていると、こういう偶然もあるんですのね」
「……イララ様?」
イナが不思議そうにこちらを見上げるが、私は笑って誤魔化す。
「なんでもありませんわ。それより、あなたたち」
男たちに視線を向けると、彼らは脊髄反射で一斉に姿勢を正す。
「「「はい、何でございましょうか!」」」
「あなたたちが困っている商売について、私に解決できる案があります。ですが、そのためには少しばかり私の手足となって動いてくださる労力が必要となりますの」
そして私は、不敵に微笑んだ。
「あなたたち、私の案に一口乗る気はありますの?」
「「「はい、喜んで!」」」
その声に満足気に頷き、私は彼らに指示を出す。
「それでは、イクラフォニア海洋大学の教授を連れてきてくださるかしら? 生憎私、こちらの土地には不慣れで、かつその方が今どちらにいるのか把握しておりませんの」
「イララ様。その教授の方のお名前はご記憶されておりますでしょうか?」
「そうですわね」
イナにそう言われて、私は小首をかしげる。確か、その教授の名前は、こんな名前だったはずだ。
「ヤノリ・ボモート。男性の教授で、今度の学会発表では座長を務める予定の方ですわ」




