33
<イララ>
国境沿いの検問に並ぶ列から抜け、クラームが馬車を走らせてたどり着いたのは、名前もわからないような港町だった。
メルティン湾に面するその港町はそこまで栄えているようには見えず、船も大型のものは全く見当たらない。この港町に住む人々のために漁を行い、この港町に住む人々が生きていけるだけの漁獲量を維持することだけで、この町は存続してきたのだろう。
港付近では海鳥が甲高い声で鳴きながら飛び回り、堤防では野良猫はふてぶてしい感じに大きなあくびをしている。
「イララ様に言われた条件に当てはまるような町を探してきたんですが、ここで問題なかったでしょうか?」
「上出来ですわ、クラーム。よく見つけてくださいました」
そう言いながら私は彼の手を借りて、馬車から降りる。深呼吸をすると、濃い潮の香りがした。
「この港町で、何をなさる予定なのでしょう?」
「同じ悩みを持つ、同士を探すのですわ。イナ」
「同士、ですか?」
イナはまだ理解できないというように首を傾げるが、クラームはなんとなく私の言いたいことを理解したようで、納得したかのような表情を浮かべる。元騎士団の部隊長候補に選ばれるだけのことはあり、こういう荒事方面にはやはり明るいようだ。
私たちは軽く港町を歩き、町の全体像を把握する。そして特にお腹も空いていなかったのだけれど、とある料理屋の扉をくぐることにした。中は清潔感よりも雑多な印象をまず受け、いくつかあるテーブルには昼間なのにも関わらず、既に何人かが酒瓶を片手に酔い潰れている。
……どうやら、目当ての店に入れたようですわね。
「クラーム。申し訳ないのですけれど――」
「わかっていますよ。釣り針につけるのは、獲物が食いつきたくなるような餌だけで十分ですから」
「理解が早くて助かりますわ」
「あの! 私に(わたし)もわかるように説明してくださいませ、イララ様!」
クラームだけ私の意図を汲み取っているのだと気づいたイナが、頬を膨らませてむくれて見せる。一人のけものにされたかのように感じているのだろうけれど、何も知らずにそういう純真さを出してくれていたほうが、獲物が餌に食いつきやすい。
クラームがこちらを残して料理屋から出ていくのを横目に、私はイナの頭を撫でる。
「大丈夫ですわよ、イナ。全て私におまかせなさい」
「は、はい、イララ様。身も心も、全てお任せいたします……」
「あらあら、そんなに顔を真赤にして。では、まずは席に座りましょうか」
そう言って、私たちは店の奥、入り口から一番離れているのテーブルに腰を下ろした。メニューを眺めていると、案の定というべきか早速というべきか、獲物が餌に食いついてくる。
「おい、ねぇちゃんたち。ここらじゃ、みねぇ顔だなぁ」
「ちょっと、おれたちの相手してくれよぉ」
中にいた男たちが、私たちのテーブルをぐるりと囲む。イナは一瞬怯えたような表情を浮かべるが、私にはこの男たちの考えが、手に取るようにわかっていた。
最初男たちは、クラームという強面の連れがいたので警戒していたのだろう。しかし、今は彼を店の外に出している。更に私たちは料理屋の一番奥にいるので、彼らは私たちを店から出さなければ彼には気づかれることがないと踏んで、こちらに話しかけているのだ。
そんな彼らに向かって、イナが鋭い視線を飛ばす。
「何を言っているのですか。私たちがあなた方の話し相手になる理由がありません。早く自分の席に戻ってください」
「おいおい、そんなつれねぇこと言うなよぉ」
「ちーとばかし楽しませてくれりゃ、こっちは文句はねぇんだからさぁ」
……て、典型的! これほどまでに典型的なやり取りが発生しますとは!
想定通りすぎる展開に、私は思わず感動してしまう。何も知らないイナではなく自分だったら、演技中に耐えきれず、笑ってしまうかもしれない。やはりイナに何も伝えずに連れてきて正解だった。非常にいいものを見られので、私は非常に満足していた。
だが、そんな呑気なことをずっと考え続けている場合ではなさそうだ。わざと仕事にあぶれていそうな連中に絡みに来させていることを知らないイナは、本気で私を守ろうと男たちと口論を始めてしまう。
「ですから、あっちに行ってください! 私たちは、あなたがにかまっていられるほど暇ではないのです!」
「あぁ? すこーし優しくしてやりゃぁ、ちょーしにのりやがってよぉ!」
「こっちは、しょーばいあがったりで、腹の虫の居所がわりぃんだ!」
「だから、そんなの私たちには関係ないことです!」
「だったらこっちだって、てめぇらみてぇなブスの事情なんざ――」
「ダッシャラァァァアアアッ!」
料理屋中に、私のキチゲ開放の声が響き渡る。とはいっても、かなり手加減はしていた。もちろん相手の男には『癒やしの力』は使っているし、私が本気だったらこの店の床が抜けるどころの騒ぎですまないはずだ。
会話の流れから、もう少しこの港町の労働状況について聞けると思ったのだけれど、あれは、ダメだ。
その一言は、流石に許容できない。
私たちに絡んできた男たちは、私がキチゲ開放した瞬間以降、一言たりとも言葉を発せられなくなった。そんな彼らを、私はにこやかに微笑みながら見渡すと、口を開く。
「とりあえず、正座をお願いできますかしら」
「「「はい、わかりました!」」」
息ぴったりの男たちの声は店の外にまで聞こえたのか、外で待たせていたクラームが店の中に入ってくる。彼の姿を見て、イナが怒りの表情を浮かべた。
「クラーム! あなた、イララ様の従者でありながら、今までどこに――」
「いいのです、イナ。こうやって絡まれるまで、織り込み済みなのですから」
「ど、どういうことでしょうか?」
「つまりイララ様は、ご自分とお嬢ちゃんを餌に、この港町で手っ取り早く話を通せるよう、自然な形で力を見せつける必要があった、ってことさ」
「まぁ、そういうわけですわ。ああ、別に仲間はずれにしていたわけではありませんわよ? むしろイナに知らせないことで、自然に彼らに声をかけてもらえる状況を作れたのですから、お手柄ですわ、イナ」
「……そんなこと言われても、私、誤魔化されませんからね」
そう言いながらも、私に抱きしめられて頭を撫でられるイナの表情から、もはや自分だけ何も知らされていなかったことに関して、怒っているような気配は微塵も感じられなかった。
「さて。では、予定通りお集まり頂けたので、少しお話を聞かせて頂きましょうか」
そう言って私は、改めて眼の前に正座で座る男たちへ視線を向ける。
「この港町で仕事が上手く行かなくなり始めた時期は、ユーカックス大陸へ向かう国境沿いの厳しい検問が開始されてからですわね?」
「「「はい、おっしゃる通りです!」」」
男たちが、一斉にそう口にする。その様子に、私は自分の予測が正しかったことを確信した。
必要な漁獲量を確保しても、それはまだ海産物でしかない。人が生活していくにはそれ以外のものも当然必要となり、それを用意するためには海産物をお金に変える必要がある。つまり、海産物が手に入りづらい場所に売りに行くことだ。
しかし今は、その選択肢が制限されていた。
それが、ユーカックス大陸へ向かう国境沿いの検問というわけだ。
今までは大陸を越えて商売をできていたのに、それができなくなってしまった。そのため、この港町の仕事が上手く行かなくなったのだ。
私は満足そうに頷くと、次の質問に移る。
「検問が始まった原因は、ヘティオストレラ大陸を騒がす大罪人というお話ですけれど、その大罪人とやらについて、何か知っていることはありますの?」
そう聞くと、男たちは我先にと口を開く。
「その大罪人は、クルーリア王国の出身みたいです!」
「その大罪人は、事もあろうにクルーリア王国の第一王子に手を上げたそうです!」
「その大罪人は、アーチデール城で開かれたパーティーで大勢の人の名誉を貶めたようです!」
「その大罪人は、ヴィルムガルド家の次期党首候補だったようです!」
……んんんん?
男たちの言葉を聞きながら、私は首をひねる。どうにも彼らの言う人物像に、私は心当たりがあった。
というか、それって――
……ひょっとして、それって私のことではありませんのっ!




