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<イララ>
「よかったんですか? 本当に。別れの挨拶もしないで」
「くどいですわよ、クラーム。彼らは完璧ではないものの、自分たちの問題に一区切りつけたのです。でしたら、そこで一生を過ごすでもない私たちが残っても、これ以上出来ることはございませんもの」
「流石でございます、イララ様。今後の彼らのためを思ってのご英断なのですね」
クラームが運転する馬車に揺られながら、私たちはサグラール連邦国を後にしていた。
窓から見える景色は、雪山のような山岳地帯の光景から、徐々に目に入る緑が増えていく。そして鬱蒼と木々が生い茂る山をすぎると森となり、それが林になったところで、また視界が一変した。
「イララ様。海が見えてまいりました」
「ありがとう、クラーム。ようやくユーカックス大陸へ抜ける道に出ましたのね」
馬車の運転席に座る従者に労いの言葉をかけつつ、私はここでようやく一息つく。
……思いがけずサグラール連邦国に長く滞在してしまいましたけれど、これでようやくクルーリア王国を出た時に考えていた逃走経路に入りましたわ。
逃走経路とはもちろん、クルーリア王国で色ボケ王子にキチゲ開放をお見舞いしてからの移動経路だ。
今までのループでは、破滅エンドを抜け出すために色々あがいていたけれども、もはやこのヘティオストレラ大陸に何の未練もない。
だから今までヘティオストレラ大陸を出たとしても、自分のために行動したことが今まで一度もなかった。
だから今度は自由に生きるために世界を見て回ろうと、そう思っていたのだ。
そのため、当初の予定ではクルーリア王国からサグラール連邦国に入って、早々に別の大陸、ユーカックス大陸へ抜け出そうと、そう考えていたのだけれど――
……アーチデール城を出てから、早々にクラームに出会うという想定外がございましたものね。
そのクラームについても、当初の予定ではサグラール連邦国でお別れをする予定だった。しかし休憩中、もっふもふ(チュリック)と出会い、彼ら魔物同士の意見のぶつかり合いや、サグラール連邦国ゲルトドゥール州を収めるジョウムとの対立、そしてゲルトドゥール州の今後の人間と魔物の付き合い方について一段落するまで見届けるという、予定とは全く違う行動を取っている。
……まぁ、ジョウムの件は私がアーチデール城で彼の父親の醜聞をばら撒いてしまったため、その尻拭いという面もありますけれど。
しかし、思いがけずサグラール連邦国に滞在したおかげで、イナとまた再開することができた。これは私にとって、嬉しい誤算だった。
……時間はかかってしまいましたけれど、プラスかマイナスであれば、プラスになったと思いますわね。
別に自分で馬車の運転も道中の荒事対応もできなくはないが、そうした雑用をこなしてくれるクラームというおまけも結局は付いてきた。
ではその勢いのままヘティオストレラ大陸の国境沿いまで進み、ユーカックス大陸へと抜けてしまおう。
ヘティオストレラ大陸とユーカックス大陸は、メルティン湾沿いに陸路でつながっている大陸だ。ヘティオストレラ大陸からは別の大陸へ船を使って移動も可能なのだけれど、クルーリア王国から船に乗るにはアーチデール城からの追手に見つかる可能性もあるし、他の国からだと別大陸へ移動するには手続きが面倒だ。
……でしたら、最悪歩いてでも行ける陸路でつながったユーカックス大陸に移動するほうが確実ですし、準備も少なくてすみますわ。
そういうわけで、私たちはヘティオストレラ大陸に別れを告げて、意気揚々とユーカックス大陸に移動している、はずだった。なのに――
「……ちょっと、クラーム? まだ動きませんの?」
「はい。さっきから、全くと言っていいほど動きがありません」
その回答に、私は思わず舌打ちをした。別にクラームが悪いわけではないのに、彼は申し訳無さそうな表情を浮かべる。
「ヘティオストレラ大陸に抜ける国境沿いに、どうやらかなり厳重な検問がしかれているみたいです。その検問が、この超大渋滞を引き起こしている原因ですね」
クラームの言葉の通りだった。
私たちは今、検問のチェックで渋滞に巻き込まれている。たとえ渋滞であっても、多少なりとも進んでいるのであれば私もイライラなどしたりしない。だが私がイライラしているということは、つまりこの渋滞は先程から全く進んでいないということになる。
そしてその苛つきを、更に助長させる存在があった。それは――
「それじゃあ、頑張って並んでくれよー!」
「一見さんは大変だねぇ」
「交通許可証もない素人は、大人しくそこで時間を無駄にしていやがれ!」
煽るような言葉を残して、私たちの馬車の右側の通路を別の馬車たちが猛スピードで通過していく。彼らの行き先は、私たちとまったく同じだ。つまり、ユーカックス大陸へ抜ける国境沿いにある検問ということになる。
「イララ様。ただいま戻りました」
そう言ってイナが、馬車に戻ってきた。彼女には、この渋滞の原因を聞いてくるよう申し渡していたのだ。
「ご苦労さま、イナ。有益な情報はございましたか?」
「はい。まずこの渋滞の原因は、やはりユーカックス大陸へ抜ける国境沿いの検問が原因です。どうやら、ヘティオストレラ大陸を騒がす大罪人がいるらしく、大陸を超えさせないようにするため、警備を厳重にしているのだとか」
「全く、人騒がせな方がいらっしゃるものですわね。別に今更急ぎはしませんけれど、無駄に待たされるのは私、好きではありませんことよ。それで、右側のあの下品な連中は一体何ですの?」
「彼らは、既に一度以上この検問を通ったことがある業者のようです。つまり、身の潔白が証明されている方々ですね」
「その、身の潔白というのが、交通許可証だと、そういうわけですわね?」
「流石でございます、イララ様。交通許可証を入手する方法は、一度検問を通過した実績があるか、もしくは各々の国の有力者から安全性を担保してもらった方々のようです。その、クルーリア王国では、ヴィルムガルド家が最初に交通許可証の発行を許されたとか」
「……まぁ、あの家は次期党首候補が一人いなくなったぐらいで、あそこはそうそう崩れませんわよ」
意図せず家の名前が出て、私の中に一瞬懐かしさが芽生えた。でも、それも一瞬だ。今私がやるべきなのは、過去を懐かしむことではない。
「いかがいたしますか? イララ様。サグラール連邦国に戻り、ゲルトドゥール州の当主であるジョウムを頼れば、もしかすると交通許可証を発行いただけるかもしれませんが」
「イナの話を聞いていて、私もそれは考えておりました。ですが、やめておきましょう」
「……理由をうかがっても?」
「恐らくジョウムは、ユーカックス大陸への交通許可証を発行出来る権限を有しておりません。サグラール連邦国はゲルトドゥール州だけでなく、国として高齢化が進んでいると聞いております。そんな状況の中、大陸を出やすくしてしまえば、どのようなことが起こると思います?」
「今でさえサグラール連邦国は隣接している大国、クルーリア王国への出稼ぎに出ている人がほとんど。同じヘティオストレラ大陸ですらその状況なのですから、大陸が違うユーカックス大陸へ気軽に行けるようになれば、さらなる人材流出が起こると思われます」
「その通りですわ、イナ。そしてそんな判断を、サグラール連邦国が一領主に任せるとは思えません」
「流石でございます、イララ様。どのような状況にも発揮されるそのご慧眼に、私はただただ感服いたします」
……色々言いましたけれど、本当は黙って出てきた手前、今更戻るなんて恥ずかしすぎてできないだけなのですけれど。
そう考えている私に向かい、イナがまた問いかけてくる。
「では、イララ様。このまま検問が終わるまでお待ちになられますか? 食事など必要なものは、適宜私が買ってまいりますが」
そう言われ、私は少し考え込む。このまま列に並んでいればユーカックス大陸へ確実に行けるのはわかっているのだけれど、それだとどう考えても時間がもったいなさすぎる。
私は自分の中で一つの意思決定を行うと、運転席にいるクラームへ問いかけた。
「クラーム。この列から出てくださいな。他の『道』を探します」




