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<イナ>
え、待って? 本物? 本物? いや、本物やん! いや、当たり前やろが! 私がイレイラ嬢見間違うわけないやんけ! あぁ!? 見間違うとかありえへんやん! うっそ! いや、え? いや、え、マジ? マジなん? え、ちょ、ちょっと、ちょっと待って! ちょ、ちょっとちょっとちょっと! ちょっとぉっ! こんな、こんな所で? こんな所で、推しに? 推しに再会? え、待って? 地元やん。私の地元やん、ここ! こーこぉ! え、嘘? なんで? なんでマジでちょっと待ってちょっとちょっとぉ! え、待っておい心の中のイレイラ逃げんなコラ。ちょっとこっち来て説明せぇ。どういうわけやねんお前! は? どういう事? びっくりし過ぎて私キレてるし方言入ってるしどうしてくれるん? あぁ! え、何? 何で推しが地元に来るの? あり得るの? どんな確率? あり得る? そんな確率あり得る? 発生し得る? そんな事象。ねぇ、心の中のイレイラ。答えろや。どういうわけで現実のイレイラ嬢が私の地元来て、え? 現実? これ、現実? はぁ? どういう事やねんこれ。死ぬ。死ねる。死ねるわこれ。っていうかちょっと待って! ねぇ待ってぇーねぇ! ねぇ、心の中のイレイラ! 待って! え、今気づいたけど、え、待って待って! マジで? まだイレイラ嬢あのドレス着てるやん! 私が切って縫ったドレス着てくれてるやん! うっそ! え、うっそ、マジで? 推しが私の作った服着てるとかどういう事? ねぇ、え? どういう、え、どういう感情で今いればいいの? 私。死ぬ。死ぬやんこれっていうかもう死んでもう一回生き返って死んだわこれ。え、びっくりし過ぎて逆に冷静になってんねやけど。ね? どうしたらいい? どうしたらいいん? 私。ねぇ、答えて? 心の中のイレ――
「あら? 誰かと思えば、あなたは確か――」
「……イナ・キルジェクルです。お久しぶりでございます」
推しに話しかけられただけでなく、存在を認知していてくれていた、イレイラ嬢の脳細胞の一つに刻んで頂けている栄誉に預かれている衝撃に、私は危うく嬉ションしそうになったのを必死に耐えて、どうにか部屋の中へ入り、一礼する事に成功する。
……ヤバいです。マズいです。唇が震えて上手く話せそうにないです。さっき噛みまくって、おふぃふぁふぃふりりぇふぉふぁふぃふぁふゅ(お久しぶりでございます)、って言いそうになりましたっ!
このままではボロが出過ぎて、部屋を満たして窒息死しそうだ。どういうことだ。わけわからないですね。大丈夫です。私が一番わけわかってないですから理解できてないですからそうですからそうですねあははははっ。
……いやいやいやいや、この情緒ヤバすぎるですよっ!
頭の中の思考が一単語でも口から漏れたら死ねると思い、私は勢いでどうにか乗り切ろうと、一呼吸。
呼吸を整えた後、口を開く。
「この度、この様な場所でイレイ――」
イレイラ嬢とお会いできるとは、という、私のヤバヤバすぎる思考が混ざっていない言葉は、私の口から発せられる事はなかった。
そして気づけば、どういうわけか部屋の中にいたはずなのに、私は何故か宿舎の廊下に戻っている。
そして口元にはイレイラ嬢の手がめり込んでおり、私は一言も発せる状況ではなくなっている。っていうか――
……口! 口元に、推しが、推しの、推しの手がっ!
顎がミシミシ鳴っていますが、そんなことは全く問題ありません。ええ。僅かばかりも問題ありません。何なら折れてもいいですし、砕けても全然オッケーです。大丈夫です。耐えますそれぐらいなら私。顎ぐらい粉砕しても問題ありません、ええ。だって、推しですよ? 推しの手が、私の、口に! いわゆるマウストゥハンドという状態なわけです。推しと! え、どうしたら? え、舐め、いや、いやいやいやいやいやいやいやいやそんなそんなそんなそんなそんなそんなそんなハレンチな! で、出来ません! ででででで出来ませんよ、私! そ、それは流石に、は、ハレンチ! エッチ! そう、エッチすぎます! 無理です! 出来ません! ちょ、ちょっと、心の中のイレイラ嬢こっち来てよぉ! 違うの。ちーがーうーのぉ! 私自制した! 私、自制したから! ノーカンだからぁ! 触ってない! 舌では触ってないよ、本当よ? 私そんなエッチくないもん! してない! してないよ! そりゃちょっと、ちょっとよ? ちょっとはペロペ、ちょっとぉ、もぉ、引かないで、ひーかーなーいーでーよー! 心の中のイレ――
「イナ。私、以前にも言いましたわよね? 私の名前は、イララ。ヴィルムガルド家の次期党首候補でもなければ、悪役令嬢でもない、ただのイララなのです」
……覚えてます覚えてますめっちゃ覚えてますよイレイラ嬢! だってその後私指輪貰ったんですから! 親の顔忘れても忘れないっすよイレイラ嬢!
しかし、ここでイレイラ嬢が私に口止めをしたという事は、本当にイレイラ嬢はあの後、イララとして城を出たのだろう。
そして、他の人たちに対しても、イララと偽名を名乗っている。
本名は、教えていないようだ。
そうでなければ、こうやって私に口止めをしようとはしないだろう。と、いう事は――
……秘密! 秘密ですね? 二人っきりの秘密! わかりましたよ、イレイラ嬢! この秘密、たとえ背中を鉈で割られて、高熱の液体金属を流し込まれたとしても、守り通してみせますからっ!
「お分かりですね? イナ」
「……はい。失礼いたしました、イララ様」
「よろしい」
そう言ってイレイラ嬢は私の口から手を離すと、満足げに笑う。
相変わらずビジュがいい。だが、そのまま踵を返させるわけにはいかない。
私は慌てて推しを呼び止める。
「イレ、イララ様。差し出がましいようで恐縮ですが、この後私の方で新しいお召し物をご用意させていただけませんでしょうか?」
「え? 何故かしら」
小首を傾げる仕草も満点ですね、と思いながら、私は恭しく一礼した。
「ただのイララ様とはいえ、ただのイララ様だからこそ、着飾るのに相応しいお召し物があると私は考えます。よろしければ、私の方でいくつか見繕って――」
「イナ。私を見なさい」
推しに見ていいと言われたので、遠慮なくガン見した。
私の眼球の前で、イレイラ嬢がふわりと飛ぶように舞う。継ぎ接ぎだらけのドレスの裾が揺れて、彼女の周りの空間だけ光り輝いたような気がした。天使? いや、神か。
「イナ。私にこの服は、似合っているでしょう?」
「は、はい。もちろんでございます! イララ様っ!」
「であれば、問題ありませんわ」
行きますわよ、と言って、イレイラ嬢は継ぎ接ぎだらけのドレスを誇るようにはためかせながら、部屋の中へと戻っていく。
その様はまるで、自らの鬣を当たり前の様に誇示する百獣の王。
彼女にとって、ドレスが継ぎ接ぎだとか、それが周りからどう見られようが、気にしていない、というより、興味がないのだ。
……ああ、やっぱり、イレイラ嬢は、イレイラ嬢なのですね。
自分が着たいから、着る。自分が食べたいから、食べる。
自分が進みたいから、歩く。自分が救いたいから、救う。
他の誰でもない。自分のための、自分自身のための、自分のためだけの人生を、彼女は真正面から生きている。
私はそこで改めて、イレイラ嬢に向かって、礼をした。
それは、あなたの様に誰かを救いたいと願った自分は間違いではなかったと、改めてそう信じさせてくれた事に対する、感謝だった。
顔を上げると、部屋の中からチュリックさんが顔を出していた。どうやらイレイラ嬢と私の、後半部分のやり取りを見ていたようだ。
そのやり取りを見ていた彼は、こう言った。
「こ、この人たちに、任せて、だ、大丈夫、なのか、な?」
その疑問には、自信をもって答えることが出来る。大丈夫だ。イレイラ嬢がいる限り、大丈夫なのだ。何故なら――
……キチゲを解放したイレイラ嬢は、無敵ですもの。




