7 ティーリャとして
エマに連れられ、住宅街へやってきた。
今まで長い事神殿暮らしで、この国に来てからも宿屋周辺と大通りしか行っていないので、アレティリヤは多くの人々の暮らす住宅街を通るのは、神殿に入る前以来である。つい珍しくてきょろきょろしてしまう。
「お姉さん、ここだよ」
呼ばれて、一軒の民家の庭に入る。
「おーいミリー、ティムに治癒魔法使ってくれるってー」
エマの呼びかけで少女が出てきた。
「エマ!ついに宿屋に獣医さんが来たの!?」
「違うけど、診てくれるって」
どうやらこの街に獣医はいないらしい。以前からもし宿屋に獣医が来たら知らせると約束していたのだろう。
どのくらい前からその犬は調子が悪いのか、果たして治療できるだろうかとアレティリヤは不安になる。
「ミリー、このお姉さん治癒魔法が使えるんだよ」
エマがミリーと呼んだ子にアレティリヤを紹介する。
「今まで、動物を診たことは無いから、治せると保証はできないし、責任もとれないが」
「でも、是非診てあげて下さい。お願いします」
ティムと言う犬は最近、家の中でいつも寝ているという。
家へ招かれ、ミリーの部屋に案内される。そこに丸くなっている元気の無い犬がいた。
「いつからこうなんだ?」
「2ヶ月前くらい……下痢したり吐いたりする時もある……」
犬に触れ光魔法で検診する。どうやら胃に異常があるようだ。目を閉じさらに集中して診る。
「これ、胃潰瘍か……?否、なりかけか……?」
「いかいよう?」
「あ、私知ってる。前、叔父さんがなった事ある。お腹の病気」
知らないらしいミリーにエマが説明した。お腹と言うか胃の疾患なのだが、アレティリヤは面倒なので、後で親にでも聞いてくれとその場で訂正するのは止めておいた。
とりあえず、治癒魔法で胃を修復する。途端に犬は目を開け、きょとんとした。
「ティム?」
犬は尻尾を振りながら、ゆっくりミリーに近づき顔を舐めた。
「ティム、良かった!元気になったんだね!」
「しかし、原因がわからないと再発する可能性があるな……だが、今できるのはこれ位だ」
「再発……胃潰瘍って何でなるの?」
「色々原因はあるが」
犬に今まで薬を飲ませた事はあるか、普段の餌は、など色々聞く。
「胃以外に異常はないし腫瘍も無い、今回の場合、ストレスとか……?」
あくまで獣医では無い素人の判断だと付け加える。
それを聞いてミリーは思い当たる節があるのか、少し暗い顔をした。
「あのね、3ヶ月前くらいにお父さんが新しいお母さんっていう人連れてきたんです。その人、犬が苦手みたいで、ティムも懐かなくて……」
「あー……そんなに仲悪いか?」
「うん。ティムは唸ったり吠えたりするし、その人も近づかない様にはしてるみたいだけど、いつも嫌そうに追い払ってます」
「うーん、繊細な性格の犬ならありえるか……?」
もう一度犬に触れ、光魔法を発動する。
そして鞄からいざという時の為に持ち歩いている手製のポーションを取り出す。
「何か小瓶あるか?」
「探してみます」
程なくして部屋に戻ってきたミリーから小瓶を受け取り、ポーションを分ける。
それを彼女に渡した。
「一応、体内を浄化しといた。しばらくは他の原因で再発はしないだろう。だが、すぐに調子が悪くなるならこれを半分飲ませろ。でもその場合はストレスが原因だろう。すまんが、わたしにはどうしようもない」
「うん……お父さんに相談してみる。ありがとうございました、お姉さん。あの、名前、なんていうんですか」
「えっと、さっき宿屋に来た顔の良い人が言ってたね。確かアレ……」
「長いからティーリャでいい」
エマの言葉を遮り、ティーリャと名乗る。
まだ実家で暮らしていた頃、両親に呼ばれていた愛称だ。
ラウルとのやり取りで自分の迂闊さを再認識したアレティリヤは、本名を使うより偽名を使った方ががいいかもしれないと思った。
アレティリヤはこれからは『ティーリャ』として生きる事にした。
帰る途中、エマはあそこは雑貨店、その角を曲がると靴屋など、街を案内してくれた。
大人しく聞いていたティーリャだが、ふとエマに話しかけた。
「なあ、わたしの本名は誰にも言わないで貰えるか?」
「え、うん。いいけど……どうしたの」
「過去を捨てて生きたいんだ……」
遠い目をしたティーリャを見て、エマは真剣な顔で頷いた。
「ティーリャさん、怪我治してくれたし、ティムも診てくれたし、良い人だもん。絶対誰にも言わないでおくね」
ティーリャは良い人と言われ、なんとも言い難い気持ちになったが、顔には出さず礼を言った。
それから、またエマの街案内を聞きながら宿屋へと向かった。




