5 数年前の神殿での事
「はい、これで呪いは解けました」
「ありがとうございます、アレティリヤ様」
今しがた解呪を施した男に名を呼ばれキョトンとするのは、まだやさぐれていない頃のアレティリヤである。
「以前お世話になった際、少しお話したのですが……その様子では覚えておられないのですね」
そう言って苦笑するのは神殿騎士の制服に身を包んだラウルだ。
「いえ、その……」
アレティリヤは曖昧に微笑む。
「大勢の傷病者を診るのだから、覚えていないのも当然ですね」
「すみません」
アレティリヤは記憶を探ってみるが、思い出せなかった。彼女は聖女としての仕事に加え、寝る時間を削って医学を学んでいる。忙しすぎて、必要ではない日頃の何気ない会話などは忘れている事が多かった。
「この前探しておられた医学書は無事見つかりましたか?」
少し前、図書室で勉強していた際、私物の医学書を置き忘れ紛失していた。そんな事を彼と話していたのかと不思議に思いつつ答える。
「ええ、見つけはしたのですけど……」
そう言う彼女の顔に陰りが過る。見つけた医学書は何者かに汚されていた。汚れているだけで、普通に読めるので買いなおしはしなくて済んだが、また誰かが自分に嫌がらせをしてきたのだろうと陰鬱な気分になる。
ラウルは彼女の様子を見て、その事を察したが詳しく聞くことはしない。
ここで、彼女を励まして心の支えになってしまえば、彼女が落ちぶれる可能性が低くなるからだ。
彼は早く彼女の瞳が濁る事を望んでおり、その為に裏で動いている事もあった。
実は神殿騎士の中でアレティリヤに気がある者は結構いた。この頃の彼女は美しかったからだ。魔力量が少なかろうが神殿騎士には関係が無い。
ラウルは彼女に近づこうとする男を発見次第、他の女性をあてがって夢中にさせ遠ざけた。
苛められる彼女に手を差し伸べようとする男を発見次第、「神殿騎士が聖女同士の問題に首を突っ込んではいけない、自身の立場が悪くなるぞ」と諫めた。
そんな努力が実ってアレティリヤは味方も無く、着実に追い込まれている。
「では、次の患者さんが待っているので……」
アレティリヤはラウルに退室を促した。
「あ、はい。私の名はラウルと言います。今度こそ覚えて下さると嬉しいです」
「ラウルさん、ですね」
笑顔で頷くアレティリヤを見て、ラウルは微笑み退室した。
しかし、このやり取りを聞いていた他の聖女が『アレティリヤがイケメンに色目を使っていた』と噂を流した。そしてアレティリヤは更に苛めを受けて、そのショックで記憶が上塗りされた為、彼女が彼を覚える事は無かった。
この変わり者?変人?変態?と主人公がくっつく予定は今のところありません。




