4 変わった嗜好を持つ男
宿屋で迎えた次の日の朝。
アレティリヤは昨日よりは気分がマシになっていた。
顔を洗っていると、扉をノックする音が聞こえた。
「お客さん、食堂の朝ごはんの時間、もう終わっちゃいますよ」
ここの宿屋の娘だった。わざわざ知らせに来てくれたらしい。
宿屋の娘は濃茶の髪に黒の瞳と地味な色合いだが可愛らしい顔をしていて、アレティリヤの7つ程年下だろうか。10歳くらいに見えた。
昨日の冒険者ギルド前と同じく、こんな年の子でさえ立派に手伝いをしているのに自分は……と思いかけたが、頭を振り考えるのをやめた。
部屋から出て、下の階にある食堂へ向かう。
食堂で遅めの朝食を摂り、食後のお茶を飲む。
食器を片そうと宿屋の娘が近づいてきた。歩き方に不自然さを感じる。どうやら左足を庇いながら歩いているようだ。
「お前、足、どうかしたのか」
「あ、これは、前に捻ってしまって。大丈夫です」
アレティリヤはお人好しではない。仕事でないならば進んで治癒魔法を使おうと思わない。
だが、安い値段でそれなりに良い寝床だったし、足が痛いというのに階段を上がり朝食を知らせに来てくれたしと思い、治癒魔法を使う事にした。
「ちょっとこっち来てみ」
アレティリヤは手招きする。宿屋の娘は遠慮したが、もう一度呼ぶと食堂へ出てきてくれた。椅子に座るよう指示する。
しゃがみ込み、椅子に座った宿屋の娘の足首に触れると、少し腫れているのが分かった。
治癒魔法を発動した。淡い光が左足を包み込む。
痛みが引いたのか、宿屋の娘は立ち上がり足の具合を確認する。
「すごい……お客さん光魔法使えるんだ……ありがとうございます」
「いや、たいしたことない」
素直にお礼を言われるのは悪い気はしないと思った、その時。
食堂の窓の外側から大きな音を立て誰かが走り、すぐに宿屋の正面玄関の扉が勢いよく開かれた。
「やはりアレティリヤ様!アレティリヤ様ですね……」
アレティリヤと宿屋の娘は何事かと食堂から顔を出す。
そして今しがた宿屋に入ってきた者を見る。昨日アレティリヤと目が合った冒険者の男であった。その整った顔立ちを見て宿屋の娘は頬を染めた。
アレティリヤは何故、昨日目が合っただけの者に名が知られているのかと困惑した。
「……誰だお前。何故わたしの名を知っている」
「覚えておられませんか、以前貴方に何度か治療してもらった者です」
今まで神殿で多くの者を治療してきた。いちいち、患者の顔など覚えていない。
「私は元神殿騎……」
「お前ちょっと来い」
元聖女だと触れ回るなと大神官に言われていたので、人が居る場所で話すのは良くない。
冒険者の発言を遮り、強引に腕を引っ張り外へと連れ出した。
人気の無い路地に来ると、アレティリヤは引っ張って来た男をよく観察した。
アレティリヤより一回り程年上だろうか。明るめの金髪に碧眼、背が高くすらりとしているが筋肉量はそれなりにありそうだった、冒険者だから当然だが鍛えているのだろう。美男であるが、アレティリヤには覚えがない。
「そんなに見つめられると少し照れますね」
男の発言を無視し、アレティリヤは呟く。
「やっぱ記憶にねぇ」
「そうですか、それは残念です。では改めて自己紹介を、元神殿騎士のラウルスと申します。ラウルとお呼び下さい。現在は見ての通り冒険者です」
名前を聞いてもアレティリヤは一切記憶に無い様で、首をかしげる。
その様子を見てラウルスと名乗った男は少し寂しそうな顔をした。
「なんだ、あれか、大怪我して、それを治療してもらって恩を感じてわたしの事を覚えてたとかか?」
「いえ、私は神殿騎士であった頃あまり大怪我をした事はありません。魔物討伐の際にかけられた呪いなど解除して貰った事の方が多いですね」
高位の魔物が死に際に自分を殺したものに呪詛をかけるのは割とよくある事だ。神殿騎士が聖女や神官に解呪してもらうのは日常である。
その程度の事で覚えているというのは不自然で、アレティリヤは只々困惑するばかりだった。
そして、何故泊まっていた宿屋を知っていたのか、何故食堂の窓に居たのかなど疑問が湧いてきた。
「まあいい、それとは別にお前にいくつか聞きたいことがあるんだが」
「はい、何となく想像はつきます。何故あの場に居たのか、ですね。すみません、昨日お見掛けして後を付けました」
アレティリヤは苦々しい顔になった。ラウルは焦り、さらに謝った。
「本当にすみません。昨日あの場で話しかければ良かったのですが、記憶にあるお姿と随分違い、話しかけづらかったのです。居場所さえわかれば、また会える機会があると思いました」
「それで何で食堂の窓に」
「昨日後を付けて宿屋に入られたのを確認してから、自宅に帰ったのですが、やはり貴方の事が気になってしまい、朝一番に宿屋に来てしまったのです」
「じゃあ、宿屋の受付でわたしの事聞いて呼べよ」
「早朝でしたし、もし他人の空似だったらと思うと、どうも気が引けまして、そこで食堂の様子を覗いていたら貴方が治癒魔法を使われたのでやはり聖女のアレティリヤ様で間違いないと」
そこまで聞いてアレティリヤは溜息を吐く。この男は朝一番に来て、アレティリヤが起きてくるのをずっと待っていたのかと。
「ストーカーかお前は……」
「自分でも改めて考えると無いなと思います。しかし、何故次期大聖女候補である貴方がこの国に?」
「わかるだろ、追放されたんだよ」
それを聞いてラウルは信じられないという表情になった。
「何故、誰よりも真面目であった貴方が」
「魔力量少ない奴が大聖女候補なのが気に入らない奴が多かったんだよ」
「確かに神殿は魔力量の多い者が優れているとされている風潮でしたが、そんな事で大聖女様の選んだ者を……」
彼は絶句した。
アレティリヤはこのストーカー紛いの行為をする男にあまり関わりたくないと思い立ち去ろうとする。
「元聖女って触れ回るなって言われてんだ。もうわたしに関わらないでくれ」
「待ってください。追放されたのにクラルスの実家に帰らず、カムプスの安宿に居るという事は何か理由があるのでしょう。ここで会えたのも何かの縁、私に出来る事があれば何でも仰って下さい」
ラウルは落ち着いた口調だが少し圧を感じるので、結構だと言い、アレティリヤは早足で路地を出ようとした。
素早く回り込まれ、彼に行く手を阻まれた。
「冒険者ギルドを暗い顔で眺めておられたという事は何かお困りなのでしょう。お力になります」
「否、いいって」
彼女は断るが、彼はなおも食い下がる。
「ああ、そういえば職業斡旋所の方面から冒険者ギルドを通過していましたね。職にお困りでしたら、良い所を紹介できます」
「邪魔、どけって」
アレティリヤはイラつき始めた。
「今まで神殿で暮らしてきた聖女や神官が社会で生きていくのは大変です。以前、追放された神官に会った事がありますが、とても苦労された様でした」
「さっきから何なんだお前!」
ついに彼女は声を荒げた。
ラウルは動じず、淡々と言った。
「昨日随分落ち込まれていたでしょう。アレティリヤ様が心配なのです。何故そこまで、協力を拒むのですか」
「気持ち悪いんだよお前!わたしはお前を知らない。親切にされても不気味なだけだ。何が目的だ」
アレティリヤに睨まれ、ラウルは彼女から視線を外したが、すぐに戻した。
「真正面から気持ち悪いと言われるのは傷つくな……しかし、不気味に思うのも仕方ないですね……では正直に話します。貴方に会った時、運命だと感じたのです……!」
「あ゛?」
アレティリヤの不機嫌度が上がった。
「どこから話しましょうか……私は中央の神殿が聖女達の派閥争いと出世競争が激しい場所と聞き、神殿騎士になりました」
ラウルの自分語りが始まったが、アレティリヤはしょっぱなから意味が分からず混乱した。
「は?中央の神殿の奴らの曲がった性根叩き直してやるって事か?」
「いえ、違います。その様な場所では勝者がいる、そして敗者がいる。」
「は?」
「私は、希望に満ち溢れた輝かしい女性が落ちぶれた姿に、とても強く惹かれるのです」
ラウルは堂々と言った。
「子供の頃、神聖な存在とされる聖女様が競争から脱落し仲間と思っていた者達から見放される姿を想像し興奮していました。その様な女性を近くで見たい、お付き合いしたいと……!
それから努力し神殿騎士となり、中央に配属され、思い描いていた通りの惨状で大喜びですが、現在落ちぶれた聖女よりも、美しい頃の姿を知った後、落ちぶれる女性と付き合いたいと思いました。そこで私は、好みの容姿の新人聖女に片っ端から近づきました。
しかし、意外に中央の環境に順応する聖女たちが多く、中々理想の落ちぶれ聖女を拝めませんでした。そのまま数年が経過し、もう神殿騎士を辞めようか迷っていた時です。貴方が現れました……!
とある地方神殿で一番優秀とされ中央に来た純朴で美しい新人聖女アレティリヤ様。魔力量が少なく中央の洗礼を受けて戸惑う姿を見て胸が高鳴りました。
それでも懸命に魔力が少ないのをカバーしようと努力するのを応援していました。その方が落ちぶれた時の絶望が大きくなるだろう、いいぞ!もっとやれ!と。
すると何と、大聖女様に認められ、次期大聖女候補になってしまわれた。
これでは神殿で才能があると認められたという事、落ちぶれた姿を見るのは難しいと大変落胆しました」
アレティリヤはもうどこから突っ込んでいいかわからなかった。
「それで、もう本当に神殿騎士を辞めようかと再び思った時、良い知らせが届きました。
私の幼馴染に商人の娘がいるのですが、彼女の父が商売に失敗し、他国へ逃げたというのです。果たしてあの我が儘お嬢様が逃亡生活していけるのかと思い、調べると彼女は遠い異国の娼館に売られていたのです。私はこれ幸いと神殿騎士を辞めて彼女の元へ駆けつけました。あの煌びやかなお嬢様が!悲痛な面持ちで娼館に!私は足繫く通い彼女を励まし、自分が稼いでいつか彼女を身請けすると約束しました。そして結婚しようと誓いました。もちろん嘘です。現在進行形で落ちぶれている彼女にしか興味はありません。
ところが、彼女の父親が異国で再び商売に成功し、彼女を身請けしてしまいました。元に戻った彼女に興味などないのに結婚を迫られ、逃げてきました。
本当は国外逃亡した彼女達がもう近づけないクラルスに戻ろうと思ったのですが、逃亡者を幇助したと罪に問われては困るので……
仕方なく隣国カムプスで冒険者として日々を過ごしていましたら、何と!再び貴方が!しかも、以前の輝きは最早無く!一度は落ちぶれた姿を見る事は叶わないと諦めたというのに!これは正しく運命なのだと……」
言い切ったラウルはどこか恍惚としていた。
「という訳で、今すぐにお付き合いして欲しいとは言いません。せめてお近づきになる機会を与えてはくれませんか」
「今の話聞いて、いいですよって言う奴いると思うか?」
「まあ、いないでしょうね」
そう言う彼の様子は余裕で、アレティリヤは後ずさり、身構える。
「元聖女だと触れ回るなとは、私の知る追放された者はそんな事言っていませんでした……追放される時、何かあったのですね」
「お前、脅す気か……」
ラウルはそれには答えず微笑んだ。
元聖女と吹聴しない、それは神殿を出る時の取引の条件だ。
アレティリヤ自身も大聖女候補の後任の指名を取引に使った為、無いとは思うが、それが不正だと言われクラルスに連れ戻されて裁判にかけられるのは御免だ。
どこからバレるかわからないのだから、元聖女だとあまり知られたくはない。自分の発言の迂闊さに後悔した。
「考えようによってはとても幸運だと思いませんか。
貴方に好意を持つ者が現れ、助けになると言っているのです」
「お前みたいな奴に助けられてもな……」
アレティリヤは先ほどより深い溜息を吐いた。




