神不在のクラルス
女神クラルスはかつてない怒りを感じていた。
大聖女とは女神の力の器であり、女神にとっては加護を与えた我が子のようでもある。
その我が子の意思を無視して候補者を追放した挙句、我が子が選んでいない者――ミネデアを新たな大聖女と決定した。女神は怒り狂った。
後から選定をやり直して、別の大聖女を選んでも女神の怒りは収まらなかった。
女神自身も、どうすれば怒りが収まるかはわからなかった。
神殿の大聖女候補全員が女神に追い返された時、やっと神殿の者は自らの過ちを認めた。
女神もこれで追放された者が神殿に戻り、本来の大聖女選定を行える、己の怒りも収まると安堵したが、追放された者に戻る意思は無いと知る。
女神の怒りは追放された者――アレティリヤにも向き、女神は彼女の夢に干渉して直接対話する事にした。彼女の夢に干渉する際、妙な感覚があったが気にはしなかった。
対話するとアレティリヤはくだらない理由で戻らないと言った。
虐げられた事が何だと言うのか。優れた者が優遇され、劣る者が冷遇されるのは世の常だ。
女神は我が子が何故アレティリヤのような劣る者を次期大聖女候補としたのか理解は出来なかったが、それでも我が子の意思を尊重するのは当然の事だった。
女神はアレティリヤに譲歩し、大聖女にしてやる事に決めた。しかし、それでもアレティリヤはクラルスには戻らないと言った。
激怒した女神はアレティリヤから己の力、つまりは聖魔法を剥奪しようとする。
だが、アレティリヤから力を剥奪する事は出来なかった。聖魔法は彼女の魂に結びついていたのだ。
そこで一度冷静になった女神は、アレティリヤから僅かに発せられる同胞の気配に気付く。先ほどの妙な感覚の正体だった。
考えられる理由は一つだ。かつて地上に降り、人と交わった同胞がいた。同胞の子孫は地上に溢れている。殆どは最早神の力など有していない。だが、数百年に一度は先祖返りか、神の力を持つ者が出てくる。
今迄の先祖返りより遥かに薄いがアレティリヤが神性を有しているのは確かだ。それ故に、女神の力が常人よりも馴染みやすく、魂に固着してしまったのだろう。
女神は動揺し、アレティリヤの夢から逃げるように飛び出した。
女神はすぐに同胞の力も感じ取れない程、我を忘れて怒りに飲まれていたのかと恥じた。
そして、今の有様では神とは言えぬと、神界に戻り己を鍛え直す事に決めた。
その日、クラルスの全国民が神の声を聴いた。人によって、聴こえ方は違ったが、その内容は同じ。
女神の暇乞いだった。
クラルス全土は混乱した。女神が不在とは。いつ戻るのか。そもそも何故去るのか。これからクラルスはどうなるのか。
その不安は神殿へと向けられた。
神殿は神のご意思の一点張りで取り合わなかった。
国民が神殿の頑なな姿勢に諦観を抱きかけていた時、特級聖属性アイテムが無いまま、魔物との厳しい戦いを強いられていた神殿騎士達が告発した。
今回の件は神殿が無実の大聖女候補を追放したことが発端だと。
国民は怒りと不信から反神殿運動を起こす。
一方、我慢の限界だった神殿騎士は三分の一が大神官へ辞表を叩きつけた。残された神殿騎士達だけでは押し寄せる魔物に対処できず、クラルスの領土は魔物に侵食され始める。
そこへ手を差し伸べたのは、ティーリャが住まう国、魔導機械帝国アクィラだった。
クラルスは魔の者の侵攻を防ぐ要所、他国も見捨てる事はできない、という理由もあったが、本当の目的は大陸で最も多くの魔鉱石が眠っているとされる、クラルス北部の採掘場であった。魔導機械に魔鉱石は欠かせない。アクィラは前々からクラルス北部を狙っていた。
アクィラの助力を得て、魔物の侵攻を防ぐことができたクラルスだが、問題は山積みだった。神も大聖女も居なくなり、神殿騎士は激減。アクィラの助力無しでは魔物を退ける事も出来ない。次第にクラルス国内でアクィラの影響力は増していく。他国から最早アクィラの属国と揶揄されるようになる。
当然、クラルス国民は反発する。クラルスの頂点は神殿だが、国家運営は神殿の下に位置する政府機関が行っていた。その政府機関は神殿への謀反を企て、神殿へ責任を追及する。
しかし、政府機関内でも神殿を弱体化するに留めるべきだと主張する派閥と完全に廃止すべきだという派閥に分かれ、足並みが揃わず余計に国民を混乱させる事になる。互いに譲らず武力行使も辞さないという状態になりつつある。
このようにクラルスは混迷の時代を迎えたのだった。




