24 夢
ミネデア達が敷地から去ったのを確認してから、居間へと戻る。キトが心配そうにしていた。
「大丈夫だ」
ティーリャがキトの顔を両手で包み、頬の毛をモフモフしていると、猫が足元にやって来た。猫を抱き上げ、ソファーに座る。
「ねこねこねこ……」
猫の腹に頬擦りするティーリャ。猫は止めろと彼女の頭に猫パンチするが、たいして痛くないので止めない。彼女の顔色はすっかり元に戻っていた。それを目にしてラウルは安堵する。
「あいつ等また来るよな」
「商人ギルド、いえ都市参事会に連絡しておきましょう」
これから毎日来られたら鬱陶しい事この上ない。都市参事会に連絡すれば、ミネデア達はこの都市から追い出されるだろう。
「しかし、あの男が貴方の元婚約者だったとは」
ラウルはティーリャが大聖女候補になってすぐに神殿騎士を辞めたので、誰が婚約者かは知らなかった。
「もう少し強めに蹴っておくべきだったか……」
ぼそりと呟いた。
「流石に大怪我させると話がややこしくなるぞ」
「しかし、妻の元婚約者ですよ。何と羨ましい、貴方が段々とやさぐれていく様を傍で見ていられたなんて……ああ、どうせ貴方が追放されるなら神殿騎士を辞めなければ良かった……」
「けっ変態が……そういや、お前は随分ミネデアに好かれてんだな」
聞こえてきた最初のやり取りで、ミネデアはティーリャを説得しに来た事を忘れてラウルを茶に誘っていた。それに彼女の声は随分弾んでいた。
どうせ、この男はミネデアにも近づいたことがあるのだろう。落ちぶれたのがティーリャでなくミネデアだったとしたら、当然ミネデアに好意を持つ筈だ。そんなティーリャの考えを読み取ってかラウルは否定する。
「彼女には近づいていませんよ。向こうから言い寄って来ていましたが」
「は?」
「最初は好みの容姿の新人聖女に片っ端から声掛けていましたが、上手くいかなかったので、その方法は止めました。好みでなくとも落ちぶれる可能性の高い女性を狙う事にしたのです。貴方と彼女は同期だったでしょう、その期は貴方に的を絞っていたので、彼女には近づいていません」
「……ふーん」
「それに、私は清らかで美しい精神を持つ女性が荒む姿に興奮するので」
「つまりミネデアの心は醜いってか?」
それには心底同意するティーリャだが、逆に言うとかつての自分の心が美しいと言われている事になるので何とも複雑な顔をする。
「ミネデア様が自称する通りの善人であれば最高だったのですが、実際は偽善者なので物凄くガッカリしましたね」
「あーそー」
素っ気ない返事をするティーリャだが、ラウルがミネデアに興味が無かったと聞いて、初めて彼への好感度が少し上昇した。それだけミネデアの事が嫌いという事だ。嫌いなミネデアが好きな男ラウル、その彼に好かれる自分、という構図に少し優越感も感じている。
「……ティーリャさん、少し安心した顔してません?」
「あぁ?」
珍しくにやけた笑顔を浮かべるラウル。
「私がミネデア様に興味が無いと確認して安心しましたね?」
「あ゛?」
ティーリャの反応に手応え感じたのか更に笑みが深くなる。
「いやあ、嬉しいですね。貴方が私に好意を抱いているという証拠です」
「死ね」
「可愛いですね、ティーリャさん。貴方が私を愛していると判明したので、さ、寝室に行きましょうか」
「グルルルルルルルル……」
キトが飛んできた。ミネデア達が訪れる直前の光景と全く同じになる。
「はあー、早く引っ越したい」
ティーリャはポツリと呟いた。
その夜、ティーリャは奇妙な夢を見た。
真っ白な何も無い空間に立ち尽くしていると目の前にテーブルセットが現れた。誰も座っていないのに、何かが居る気配がする。
―座れ。
その何かの気配がそう言った気がした。無視して去ろうとすると、体が動かない。
―座れ。
勝手に体が動き、向かいの席に着席する。
―何故クラルスに戻らない。
何故訳の分からないものにまでクラルスに戻れと言われなければならないのかとティーリャは不機嫌になる。ここは自分の夢だというのに。
―何故クラルスに戻らない。
「神殿の奴らが嫌いだからだ」
ティーリャはイラつきながら答える。
―何故だ。
「あいつ等が屑だからだ」
―何故だ。
「……あいつ等はわたしを虐げた」
―それが何だというのか。
「あ゛?」
―クラルスに戻れ。
「やだ」
―クラルスに戻ればお前を大聖女にしてやろう。さすればお前を虐げた者への報復も出来よう。
「死んでもやだ。もうあいつ等の顔も見たくない。関わりたくない」
―クラルスに戻れ。
「やだっつってんだろ」
―ならばお前から我が力を剥奪する。
「は?」
向かいの気配が濃くなる。ティーリャは悪寒がして身構えるが、何も起こらない。
短い静寂の後、目の前の気配から動揺を感じた。
そこで夢はブツリと途切れた。




