23 神殿の者、来る2
玄関の扉を開けると、そこに居たのは1名の女性と、3名の男性だった。
「まあ、本当にラウルス様が居るなんて……!」
「貴方は……ミネデア様?」
ラウルは記憶をたどり、何とか目の前の女性の名を思い出した。
「はい、ミネデアです、私の事を覚えてくださったなんて……嬉しいです……!」
頬を紅潮させ、興奮気味のミネデアを無視し、後ろに居る男達に目を向ける。2名は見覚えがある、神殿騎士だろう。しかし残り1名は知らない。身なりからしても神殿騎士ではないように見える。
「私、ラウルス様が神殿騎士を辞められて本当に残念で、もう一度お会い出来たらと思っておりましたの。あのよろしければ、私とお茶でも……」
「ミネデア様」
神殿騎士に名を呼ばれて、ミネデアは当初の目的を思い出す。
「ええと、ラウルス様、ここにアレティリヤが居ますね?彼女に会わせて頂きたいのです」
「妻は別居中なので居ません」
「え、つ、妻……アレティリヤが?」
ミネデアと神殿騎士でない男がこれ以上開かないと言う程目を見開く。
「はい、私の妻です」
「い、一緒に居るとは聞いてたけど……まさか結婚してるなんて……」
神殿騎士でない男は驚愕して固まったミネデアを後ろに下がらせる。
「俺は上級神官のリカルドだ。俺達はアレティリヤを説得しに来た。あいつの居場所を教えろ」
元神殿騎士のラウルに対して、上級神官だと名乗って上から目線でリカルドは命令する。
「お断りします。お引き取りください」
ラウルは扉を閉めようとするが、神殿騎士が手を伸ばして扉を抑える。
「アレティリヤ様はここに居るのだろう。隠しても無駄だ、中から人の気配がする。我々はアレティリヤ様を連れ戻しに来たのではない。話をさせてくれ」
自分がティーリャの傍に居ない時に、この者達が勝手に彼女に会う事のほうが危険かもしれないとラウルが考えていると、奥からティーリャが現れた。
「「アレティリヤ……!」」
ミネデアとリカルドの声が重なった。
「ティーリャさん」
「……今追い返しても、どうせこいつ等諦めないだろ」
「まあ、そうでしょうが……」
ティーリャはミネデアを睨む。
「何を言われてもわたしはクラルスには戻らないぞ」
「アレティリヤ、お願い、話を聞いて欲しいの」
「知らん」
「話を……」
「わたしが特級アイテム作れるから帰ってこいだろ?知らん」
「それもあるけど、それだけじゃないの……!」
「知らん」
彼女達のやり取りを聞いていたリカルドは苛立ち、ティーリャに近づいて勢いよく腕を掴み、引っ張った。
「いいから、お前は黙ってクラルスに戻」
彼は最後まで発言する事が出来なかった。腹にラウルの足蹴を受け、後ろに倒れたからだ。神殿騎士がラウルを警戒する。
「リカルド様!」
ミネデアが倒れた彼に駆け寄る。
「私の妻に乱暴に触れるのは止めて頂きたい」
「妻じゃない」
ティーリャの否定は聞き流して、倒れたリカルドを冷然と見下ろすラウル。
「ごほっ……俺は上級神官だぞ……!」
憎々し気に睨むリカルドにラウルは何も応えない。
「ラウルス貴様……」
「先に手を出したのはそちらだろう」
場の空気が不穏になる中、ミネデアが叫んだ。
「アレティリヤ!次の大聖女が決まらないの、女神様が加護をくださらなくて……!このままだとクラルスは大変な事になるわ、お願い、クラルスに戻って!」
「は?」
女神から加護が受けられないというのも衝撃だが、何故それで自分が戻らなくてはならないのかとティーリャは首を傾げる。
「女神さまは大聖女候補を追放した事をお怒りなのよ」
「それはどうだろうな、単純に神殿の奴らの心の醜さに嫌気が差したのかもよ」
ティーリャは嘲笑うように言った。リカルドが怒鳴ろうとするのをミネデアは止めた。
「私は一度、大聖女になって女神さまにお会いしたわ。神の言葉を全て理解する事はできないけど、私が大聖女でないと仰られているのは、はっきりわかったわ。そして先代大聖女様のご意思を無視したことにお怒りなのもわかったけど、神殿全体への怒りは感じられなかったの」
「大聖女候補を追放するのには怒るが、その追放した神殿へは怒っていないとか、筋が通っていない気がするが」
「神のお考えは人に理解できないものよ」
ティーリャの神への好感度が下がった。元から零だが。
「アレティリヤ、クラルスに戻って……!」
嘆願するミネデアの横にリカルドが並ぶ。
「神殿に戻るなら大聖女候補に戻してやるし、もう一度俺と婚約させてやっても良いと大神官様は仰られていた」
「は?何の拷問だよ、それ」
「なんだと」
リカルドはティーリャに掴みかかろうとするが、ラウルが足を軽く上げただけで大人しくなり、先ほど蹴られた腹を抑えた。
「何が何でもクラルスに戻る気は無いの?」
「ああ」
「どうして!?」
「神殿の奴等が嫌いだからだ。特にお前とか大嫌いだ」
ティーリャの声はいつもより低くなっていた。面と向かって嫌いと言われたミネデアは驚く。
「嫌いって……どうして?」
「わからないのか?魔力量絶対主義者さん」
ミネデアは落ち着いて答える。
「私は魔力量で人を差別しないわ。それは貴方も知っているでしょ」
「あ゛?自称だろ?実際は魔力量多い奴に擦り寄ってばっかだったろ」
「確かに、私の親しい人達は魔力量が多いけど、それは気の合う人が偶然そうだっただけよ」
「気の合う人全員魔力量多いんだ~、へえ~」
「……そうよ」
魔力量の少ない者にも分け隔てなく接するとミネデアは言う、それは嘘だ。確かに魔力量の少ない者に声を掛ける事もある。それは、良い人のフリをする時だけで、基本的には魔力量の少ない者には冷淡だ。
彼女の中で絶対的に優先されるのは魔力量の多い者なのだ。
「お前が他の奴らと同じく只の魔力量絶対主義ならこんなに嫌ってない。魔力量絶対主義の癖に私は差別しませんアピールしてるのが気に入らない。私はお前が大嫌いだ。この世で最も嫌いだ」
ティーリャの口調はいつも通りだが瞳はいつもよりも暗い。それを見てミネデアは少したじろぐ。
「……私が嫌いなのはわかったわ、でもクラルスの危機なの。アレティリヤはクラルスの人、全てを見捨てるの?」
「危機って大袈裟だろ。大聖女は2年不在だ、それでも何とかやっていけてただろ」
「貴方がクラルスを去ってから特級アイテムが大幅に減っているの。大聖女が決まらないし、このままだと……」
クラルスは常に西の脅威に晒されている。押し寄せる魔物を討伐するのに特級聖属性アイテムは必需品とも言える。
「それでもわたしは……」
中央神殿でいた頃。魔力が少ないと笑われた。皆冷たい。どれだけ真面目に仕事をしてもサボっていると言われた。聞こえるように悪口を言われた。持ち物を汚されたり捨てられたりするのは日常。部屋にごみを投げ入れられる事も。足を引っかけられて転倒し怪我をした。歩いていると上の階から汚水が降ってきた。花瓶も落とされた。物を壊したと濡れ衣を着せられても、誰も自分の言い分を聞いてくれなかった。数人に囲まれ、地方神殿に帰れと頬を叩かれ蹴られ泥水を掛けられた。
味方はいなかった。
「……いやだ……」
ティーリャは絞り出すように呟いた。
「妻はこう言っておりますので、お引き取りください」
顔色が悪くなったティーリャの肩に労るように手を置くラウルだが、その手は彼女に素早く払いのけられた。
「でも、アレティ」
「お引き取りください」
ミネデアの発言を遮って、大きな音を立てて強引に扉を閉めた。




