22 変態の気配
ティーリャはこのままアシオーに住む事を希望しているが、アクィラは帝都に置いておくべきだと彼女を移住させるようにアシオーの都市参事会に命じた。その結果、現在アクィラとアシオーで揉めている。
自由都市アシオーは国に毎年一定の献納をする事で自治の契約を結んでいる都市だ。国に絶対忠誠を誓ってはいない為、国家の危機など緊急事態では無いこの件で命令などとは契約に反すると突っぱねている。
実際は彼女がもたらす富目当てなのだが、本人がアシオーに居る事を望んでいるのなら、強制的に帝都に住まわせるべきでは無いとの姿勢も示している。
このように国と自由都市の間に軋轢が生じ始めている中、ティーリャ本人はというと商人ギルドに休みを寄越せと騒いだ甲斐あって、6日に一度の休みを勝ち取った。
本当はその休みを家でだらけて存分に満喫するつもりであったが、彼女はキトに乗ってスキヌム診療所に向かっている。休みに作ったアイテムに関しては何も言われていないので、ポーションを作ってネレイに渡す事にしたのだ。
診療所に到着し、受付を覗くがネレイは居ない。そういえば、昼休憩の時間かと思い、奥の部屋に入ると彼は机に突っ伏して寝ていた。
「おい、ネレイ」
揺さぶって起こす。
「ん~何~……」
寝ぼけているネレイは目の前にいる人物が誰かわかると勢いよく立ち上がり仰け反る。
「てぃ、ティーリャ……!」
「何だ、その反応は」
「い、いや、何でも無いよ……」
そうは言うが顔は赤いし、目は泳いでいる。
「これ、ポーション、お前にやる。休みの日に作ったからギルドは関係ない」
箱をネレイに押し付ける。
「そ、そ、そう、ありがとう……」
礼を言ってはいるが、目を合わせないし挙動不審だ。不審に思うというより、何故か妙に不快に感じたティーリャは訳を聞き出そうとする。
「今日のお前おかしいぞ」
「そ、そうかな。普通だよ」
「普通じゃない、何があった」
「何もないよ」
「そんな訳ないだろ、理由を言え」
「何も……」
「言え」
「はい……」
不機嫌度が増していくティーリャの圧に負けてネレイは語り出した。
「実はこの間、診療所にラウルスさんが来てね……ティーリャが僕の事を好きになったらしいって」
真顔になり、突っ込みもしないティーリャ。
ネレイがラウルから聞いたという話の内容のまとめは以下になる。
ティーリャはラウルと夫婦でないとネレイに言ったが、それは照れ隠しで、実際は滞在申請の嘘がバレないように夫婦のフリを続けるうちに2人は本当の夫婦のようになっていた。
しかし、ティーリャはネレイに恋心を抱いてしまう。これは浮気だ、自分はなんてふしだらなのかと彼女は落ち込む。ラウルは彼女の幸せを願っている為、別れを切り出すが、彼女は「貴方に非は無いから」と聞き入れない。
そこで、ラウルはティーリャを説得してくれとネレイに頼もうと思ったが、彼女は頑固なので、想い人であるネレイに何を言われてもラウルと別れるようとしないかもしれない。
だからラウルはネレイに言った。いっそ、ティーリャを強引に襲え、無理矢理でも肉体関係になれば彼女も自分の気持ちに素直になるだろうと。
先ほど妙に不快に感じたのはラウルの気配を第六感的なもので察したからかもしれないとティーリャは思った。
「で?お前はそれを信じたのか」
最早、感情など無くしたかのような真顔で問うた。
「最初は嘘だあ~って思ったけど、ラウルスさんは真剣な顔だし、こんな嘘ついて何の得がって言われて確かにって思ったんだ……それにラウルスさんと2人きりになった時の甘えん坊で照れ屋なティーリャの様子を物凄く詳細に聞いたら、そうかティーリャにはそんな一面が……ならあり得るなって……」
「あの糞変態野郎……」
ティーリャからとてつもない怒気を感じたネレイは怯える。
「や、やっぱり、全部嘘?」
「当り前だ……」
「で、でも、嘘だとしたら彼は何でこんな嘘を?」
ネレイは全く理解が出来ないと混乱する。
「変態だからだ」
「んー変態……」
いまいちピンと来ていないので詳しく説明してやる。
「あいつは女が落ちぶれる姿が好きなんだ。好きな女の処女が他の男に奪われる事に大喜びする男だ」
「え、え、それは何とも特殊な性癖をお持ちな……あんなイケメンが……人は見かけによらないな~……というかティーリャ処女なんだ……」
「あ゛?」
ぶつぶつと呟くネレイだったが、睨まれて黙る。
「ま、まー、とにかく、嘘なんだね。うん、そりゃそっか。ティーリャが僕の事好きなんて、あり得ないよねーイケメンが傍にいるのに地味な僕を好きになるとか、あり得ないあり得ない」
特に否定も肯定もせずにいたティーリャだが次の言葉で思考が停止する。
「本当だとしたら嬉しかったけどね~。髪ぼさぼさだし、ダルそうな表情と雰囲気でわかりにくいけどティーリャすごく可愛いし」
可愛い、以前ラウルにも言われた事があるが、主に反応についてだった。神殿で魔力低いが見た目だけは良いとの嫌味は全く嬉しくなかったし、ストレートに容姿について可愛いと言われたのは初めてかもしれない。
「あれ、どうしたのティーリャ」
無言で俯く彼女の顔を覗き込もうとする。
「ポーション渡したし帰る」
ネレイに背を向けティーリャは出て行こうとする。
「ティーリャー、ポーションありがとねー」
少々、不思議に思いつつ彼は手を振って見送った。
「変態糞野郎!死ね!」
帰宅して第一声がそれだった。居間で読書をしていたラウルは動じずに笑みで応じる。
「その様子ではまだ処女ですか、残念です」
ソファに置いてあるクッションを手にとると、ティーリャは彼目掛けて投げつけた。彼はあえて避けずに受け止める。
「おやおや、家庭内暴力はお止めください」
「死ね!」
「めでたく非処女になった貴方を祝おうと用意した菓子がありますから、それを食べて落ち着きましょう、ね?」
ティーリャの怒りは収まらない。
「他人を変態の性癖に付き合わせるな!」
「つまり貴方だけなら付き合わせても構わないと」
「死ね!」
もうひとつクッションを投げる。
「ティーリャさん落ち着いてください。そういえば人の心音を聞くと落ち着くと聞いた事がありますね。という訳で、さ、私の胸に」
顔面にクッションが当たり、ラウルの言葉が遮られる。
「変態なんて嫌いだ!」
「はあ、どうしたのですか。ここまで気が立っているのは不思議ですね。私への怒りだけでは無いように感じますが」
その通りだった。ラウルへの怒りだけでなく、ネレイに可愛いと言われて動揺している。それを誤魔化そうと怒りに変換しているのだ。
何も反論しないティーリャに彼は察する。
「ネレイさんとかありましたか」
「……何も無い」
「嘘ですね。貴方が嘘を吐くときはわかりやすい」
ラウルの顔から笑みが消えた。
「まさか本当に彼が好きだと」
「それは無い」
ティーリャは即答したが、彼は信じない。
「貴方が他の男に抱かれるのは興奮しますが、本当に他の男に好意を向けるのは困りますね」
ラウルはティーリャに近づこうとするが、唸るキトに阻まれる。
「ウゥゥ……」
「本当に邪魔だな、この犬」
いつもと同じくラウルとキトの間に険悪な雰囲気が漂い始めた時、玄関で音がした。
「……来客ですか、私が出ます」
ラウルが去ったのでキトの頭をワシャワシャして褒めてやっていると、二度と聞きたくなかった声がした。
「まあ、本当にラウルス様が居るなんて……!」
聖女ミネデアだった。




