21 無理
特級ポーションを持って訪れたネレイの話を聞いた商人ギルド長兼都市参事会員は、その日のうちに鑑定士を連れてティーリャに会いに行き、彼女の能力をその目で確かめるとすぐに動いてくれた。
ティーリャは商人ギルド所属となった。現在はアシオーがアクィラにこの件を報告している段階で、諸々の手続きや証明の為にティーリャは帝都に行かねばならない可能性もあるというが、それが終われば、アシオーでの永住権を与えられる予定だ。
ティーリャを連れ戻す事に失敗した神殿騎士から報告を受けたクラルスは、すぐさまティーリャを引き渡すようアクィラに要求したが無視されている。ネレイが都市参事会員と知り合いだったおかげで事がスムーズに進んだ為、クラルスより先にアクィラにティーリャの件を知らせる事が出来た結果だ。
商人ギルドに与えられた工房でティーリャは黙々とポーションを作っていた。薬草を調合し、粉末にする、それを精製水に溶かし、最後は光魔法で仕上げをする。単調で退屈だ。
「早く終われば早く帰れる……」
さっさと家に帰ってだらけたい。
そんな彼女の意思に関係なく、現れた商人ギルド職員が告げる。
「ティーリャさん、ポーションだけじゃなくて他の聖属性アイテムも特級だったので、明日からは忙しくなりますよー」
ティーリャが旅の為に作っていた聖属性アイテムを商人ギルドは回収し、鑑定したのだ。
「はい、明日はこのリストにある聖属性アイテムを各5個作ってもらいますからねー。ティーリャさんの魔力量ならギリギリの数ですが頑張ってください」
護符、魔物除けの香などはいいが小型結界装置はポーションを作るよりも遥かに手間のかかるアイテムでティーリャは顔を引きつらせる。
「今日は帰っていいですよ。明日に備えて魔力を回復してください」
「へい……」
帰れるのは嬉しいのだが、明日からを想像すると素直に喜べなかった。
キトに乗って帰宅する途中、スキヌム診療所に寄る。
「あ、ティーリャ、どうしたの」
今は丁度患者がいないらしく、ネレイは受付で頬杖をついて暇そうにしていた。
「ん、新しい治癒術師みつかったか気になってな」
「まだなんだよねー……」
ネレイは悲しそうに眉を下げる。
「すまん……」
謝るティーリャにネレイは苦笑する。
「謝らなくっていいって言ってるでしょー。それよりキト君モフっていい?」
「ああ、好きなだけモフってくれ」
「いえーい!」
キトの背中に居た猫をティーリャが抱っこすると、ネレイはキトに飛びついて顔を埋める
「クーン……」
詫びとして、キトを好きなだけモフって良いと言っているが、キトは成人男性にモフられるのは好きではないようだ。目でキトに謝るティーリャ。
「なあ、前に作ったポーションはまだあるか?」
「うん、半分くらいは残ってるよ」
「無くなったら言ってくれ、ギルドに言って何本かお前にやる」
キトのお腹から顔を上げてネレイはぶんぶん首を横に振る。
「いやいや、いいって。後でたんまり金を請求されたら困る」
「じゃあ、こっそり家で作って持ってくる」
「それ、君が怒られるよ?」
余力があるならもっとアイテムを作って納めろと言われるだろう。クラルスがティーリャを諦めるまでは、この国に守ってもらうのだから、言う事を聞いたほうが良いに決まっているが。
「別に良い。お前には世話になった」
「まあ、本当は、かなり有難いからお願いしたいけど……やっぱりいいや、気持ちだけ受け取っとくよ」
「そうか……わかった」
無理に渡しても迷惑だろうと頷いた。
帰宅するとラウルが先に帰っていた。
「ティーリャさん、お帰りなさい」
「ん」
ティーリャはソファに体を沈める。
「夕食の準備できてますよ」
「ん」
彼は冒険者稼業を再開したが、以前より依頼を受けるのは少なめにしている。理由を聞くとティーリャとの時間を増やしたいという答えが返って来て彼女は苦々しい顔になった。
ティーリャがテーブルに着くとラウルは夕食を運んできてくれた。さっそく黙々と食べ始める彼女を見ながら、彼は向かいに座り食事には手を付けず、彼女の顔を見続ける。
「何」
「……そろそろ子供が欲しいなーと思いまして」
ティーリャは口に含んでいたスープを吹き出す。短い沈黙の後、ナプキンで口を拭ってから言った。
「死ね」
「ストレートに死ねとは、傷つきます……」
目を伏せて悲しげな表情をする。
「考えれば、もうお前と住む必要が無い。出てけ」
商人ギルドに納品したアイテムの数に応じて報酬を貰っている。全て特級の為、1日に作る数は少なくともかなりの金額だった。これならば家賃も生活費もキトの食費も問題ない。
「言ってませんでしたが、実はこの家、私が買い取りました」
「は?」
この家は人より大きいキトがのびのび過ごせる程の広さで、キトを洗うために浴室も広い、庭もある。豪邸、という程ではないが普通の民家よりは良い家だ。購入金額はかなり高いはずだった。
ラウルは老後に備えての貯金を殆ど使ったらしい。
「貴方が商人ギルドに所属する事になってすぐに手続きしました。共同名義で私達夫婦が所有、となっています」
「はああ?」
ティーリャは絶句する。
「わかった……つまり私が出てけばいいんだ」
「他の物件を探すのですか、確かに探せばあるでしょう。しかし、ここに住めば家賃は必要無いのですよ。それに家事は私がします。犬の餌の魔獣も狩ってきましょう」
「む……」
現在は良いが今後何があるかわからない。無いとは思うがもし特級を作れなくなったら、クラルスからは逃れられるがアクィラにも必要とされなくなる。そうすれば、また旅に出たいと思う。そうでなくともクラルスが自分を諦めたら遠くに行きたい。クラルスのクの字も無い場所に行きたい。その為に出費を抑え、貯金をしておきたいのは確かだ。
「でもここにいたら……」
貞操の危機を感じる。背に腹は代えられない。
「ぐぬ……やっぱり出てく……」
「ティーリャさん、私が嫌いですか?」
当り前だと言おうとするティーリャだが、真面目な顔をするラウルを見て口を噤む。
「…………嫌いでは無い、お前には世話になった」
「どちらかと言うと好きという事ですね」
「好きでは無い」
即答する。
「他に好きな方が?」
「いない」
「ならば私で良いではありませんか。こんなに顔が良くて尽くしてくれる男はそういませんよ」
ラウルは席から立ち上がりティーリャの傍に行こうとするが、キトに阻まれる。
「犬、邪魔をしてくれるな」
「グルゥ……」
唸るキトに近寄り、その首にティーリャは抱き着く。
「モフモフ……」
ラウルとキトの険悪な雰囲気を無視してモフる。
「ティーリャさん、誤魔化さないでください」
「……お前には本当に世話になった。だが、男女の関係になるのは、すまんが無理だ。そういうのは、よくわからないんだ」
ティーリャは今まで人に恋愛感情を抱いたことが無い。中央神殿に来たばかりは多忙だったし、苛められていたし、やさぐれてからは人間不信だからだ。
「わかりました……ですが、まだ私は完全に振られた訳では無いのですね」
席に戻り俯くラウルだが、すぐに顔を上げて微笑む。
「いや、振ったが」
「私が嫌なのではなく、わからないから、なのでしょう?」
確かにそう言ったが、今後この男を好きになる事は無いだろうとも思う。しかし、これ以上言うと、何をされるかわからないので黙る。
「という訳で、これからも共に暮らしましょうね」
「やだ」
「では、出ていかれる前に既成事実でも作りますか」
「グルルルルル……」
キトが今までに無い程唸る。ティーリャは半目になる。
「そういうとこが無理」
「でも嫌いでは無いのですよね」
「……好きな奴いないっって言ったがお前よりはネレイのほうがマシかもな。良い奴だし、うん、好きかも」
「私のほうが尽くしているというのに……嗚呼でも、浮気ですか、良いですね!不倫する妻!是非さっそく肉体関係になって処女を捨ててきてください。他の男に処女を奪われる妻!これも良い!そうすれば私が襲ってもダメージは少ないでしょうし、性の悦びを体に教え込めば私を求めるように……」
興奮して語り出すラウルにティーリャは呆れて何も言わず、夕食の続きを食べ始めた。




