20 神殿の者、来る
早朝、ラウルと共にスキヌム診療所の前に来た辺りで、その者達は現れた。
「アレティリヤ様、至急神殿にお戻りください」
神殿騎士の制服は来ていないが、ラウルには見覚えがあった。間違いなく神殿騎士達だ。神殿騎士達の中で最も年配の者が前へ出て、ティーリャに頭を下げた。
「わたしは追放されたんだが?」
「追放は取り消されました。よって貴方は神殿に戻る義務があります」
無実の罪を着せ追放しておきながら、必要になったらそれを取り消して『義務』とは、どの面下げて言っているのか。
「わたしは神殿には戻らない」
ティーリャはハッキリ言った。
「貴方の意思に関係なく、連行せよとの命を受けております」
「出来るのなら、どうぞ」
ラウルがティーリャを庇うようにして神殿騎士の前に立つ。キトも唸り始める。
「ラウルス、こちらは5人だ」
「それが何か?」
微笑み、腰に下げている剣に手をやった時、スキヌム診療所の扉からネレイが顔を出した。
「こ、こ、こ、ここは法治国家だ!な、何の権限があってうちの治癒術師を連れていくんだ!?ええ!?裁判!裁判になったら勝てるかぁ!?君達!」
扉に半分隠れ、怯えてどもりながら叫んでいる。
「この方はクラルスの聖女。神殿から離れる事は許されません。それは罪となります」
「ここはアシオーだ!魔導機械帝国アクィラの自由都市だ!クラルスの法は関係ない!彼女を無理矢理連れていく事こそ罪だ!拉致だ!」
神殿騎士達は顔を見合わせる。
「どうする」
「しかし、連れ戻せとの命だ」
「急がねばならないが……」
話し合う彼らにラウルは呆れる。
「神殿の方達は何も考えずに只連れ戻せと命令し、貴方達も何も考えずここまで来たのですか?」
アクィラとクラルスに犯罪者引き渡しなどの条約は無く、ティーリャが逮捕される事は無かった。この件について特別にアクィラとクラルスが話をつけて彼女の身を拘束する事もできたはずだが、その動きは無かった。
つまり何か別の手で彼女を連れ戻そうとするのだろうと考え、いつでも逃げる事が出来るよう彼女の傍に居た。まさか何も考えてないとは。
「余程焦っているとお見受けしますが」
「……」
何か言いたげだが、誰も口を開かなかった。
「今日はもうお帰りください」
「そうそう!帰れ帰れ!」
ラウルの言葉に拳を挙げて同意するネレイだが、相変わらず扉に半分隠れたままだ。
「アレティリヤ様、クラルスの為に自主的にお戻りくださいませんか」
「やだ」
神殿騎士達は落胆し、去っていった。
「いやー受付で朝飯食ってたら、連行とか不穏な言葉聞こえて焦ったよ」
受付に座り、朝食を再開するネレイ。
「しっかし、ティーリャがクラルスの聖女だったとは……」
「元な」
ティーリャは嫌そうに訂正した。
「でも追放取り消しって」
「知るか」
そう言って、受付前の患者が使う椅子にドカッと座った。
「今日は諦めたようですが……また来るでしょうね、彼らは」
今度はクラルスがアクィラに協力を求める可能性があるとラウルは説明する。
「そうなったら、逃げるしかないのか」
「そうですね」
ティーリャは自分を落ち着かせるように猫を抱きしめる。
「……あのさー、ティーリャはクラルスに戻りたくないんだよね?商人ギルドの長で都市参事会員な父親を持つ友人がいるんだけど、ちょっと相談してみよっか。クラルスから守ってくれるかも」
ネレイが提案した。
「確かにティーリャさんの能力を話せば協力してくれるでしょう、しかし、その場合この国に住む事になるでしょうね」
特級ポーションを安定生産できる能力は貴重だ。というか大聖女以外存在しないとされていた。そんな人材が住んでくれるなど、この国も大歓迎だろう。
「アクィラに……?」
ティーリャは思案する。
クラルスから遠く離れる、それが当初の目的だ。だが神殿が自分を連れ戻そうとしている。戻るのは絶対に嫌だ。それから逃れられる方法があるならば、遠くに行くのは諦めてここに定住すべきか。
「うーん……どうせならもう少し遠くが良かったが……」
「私は貴方と逃避行で構いませんよ。何処までもお供します」
「でも、ティーリャを保護してくれるのってアクィラくらいの大国じゃないと無理だよね。小国だとクラルスに逆らえない。ここから東でも南でも北でも大国はすっごく遠いよ」
「そうなのか……」
そもそも越冬の為に、ここに滞在しているのだ。ここに住むという選択肢しか無いように思う。ラウルは冬の移動は厳しいと知りながら、ティーリャの意思を尊重し、いつでも逃げれるようにしていたが。
「仕方ない、この国に住むか」
「じゃー、ティーリャから貰ったポーションと鑑定結果持って、友人というかその父親に相談するね。さっそく話してくる。今日は診療所休みにするよ」
朝食を食べ終え、立ち上がるネレイ。
「商人ギルドに直接話をするので大丈夫ですよ」
ラウルが仲介はしなくていいと断る。
「でもそれだと時間かかるよ。早い方がいいでしょー、まかせて」
いきなり商人ギルドに「特級ポーションを作れるからクラルスに追われている、保護してくれ」などと言えば、まず怪しまれる。取り合ってくれるかどうか。上の者に話を伝えてもらうのに時間はかかりそうだ。
「……なあ、わたしはこの国の商人ギルドに所属する事になるのか?」
「そうだねー」
つまりこの診療所を辞める事になる。治癒術師がいなくなって困るのはネレイだ。
「ここ辞めて迷惑かけるんだから、これ以上世話になるのは……」
ネレイは笑って首を横に振る。
「迷惑じゃないよ!少しの間でも働いてくれたのはありがたいんだ。元々、冬の間だけって決まってたから治癒術師募集も続けてるしね」
「……お前、良い奴だよな」
ネレイはキトと猫を診療所に連れてくるのも許可してくれたし、何かあれば相談してくれとも言ってくれていた。短い付き合いだが、彼が善人であるのはよくわかった。
「そんな事無いよ、普通普通~」
ラウルがティーリャをじっと見詰める。
「ティーリャさん、私は一度も良い人だと言われた事が無いのですが?」
旅に慣れていないティーリャを支えたのも、護衛したのも、この都市に来て家賃と生活費を稼いだのもラウルだ。
「お前、下心ありまくりじゃん」
「そうですが…………自分に好意を持つ男を散々利用し尽すティーリャさん……以前の性格では絶対にあり得ない……あっ、落差……良い……」
噛み締めるように悦に入っているラウルを無視してネレイを見送るティーリャ。
「じゃあ、行ってくるね。ティーリャはここで待ってて」
「ん……ありがとな、ネレイ」
途端に我に返るラウル。
「ティーリャさん、頼んでも私の名を呼ばないのに。流石にこれは酷くないですか」
「面倒くせえやつだな。ラウル、はい、これでいいか」
「もう1度お願いします」
「ラウル」
「ティーリャさん……!」
心底ウザそうに名を呼ばれたが、ラウルは満面の笑みだ。ネレイが羨ましそうにして叫んだ。
「そこの夫婦!イチャつくなら余所でやって!いや、ここで待っててくれないと困るけど!」
「夫婦じゃないしイチャついてない!」




