2 神殿とおさらば
クラルスでは聖魔法の適性が発覚した者は神殿へ所属する義務がある。そして、追放されない限り、神殿から離脱する事は許されない。
アレティリヤは6歳の頃に適性が発覚し、それからは神殿暮らしだった。親の顔はすぐに忘れた。当初は面会も来てくれていたし手紙のやり取りもしていたが、弟が生まれたと連絡が来ると、いつの間にか音信不通になっていたからだ。
落ち込みはしたが、様々な所から神殿に集められた同じ境遇の子供達と暮らしている内に何とも思わなくなった。立派な聖女になるという目標に向けて勉学に励むのに忙しかったというのもある。
神殿では見習いから女性は准聖女、男性は准神官になる者が殆どで、聖女、神官になれる者は一握りだ。彼女は向上心が強かった為、准聖女止まりでいたくなかった。
この頃はまだ明るい普通の子供だった。
彼女が一人前の聖女になり、地方の神殿から中央の神殿へと異動になった頃から、彼女の人生が翳り始める。
中央の神殿に配属となり、やる気に満ちていた彼女を待ち受けていたのは“魔力量絶対主義”。魔力量が多い者が幅を利かせる世界だった。それに加え、神殿内政治――つまりは醜い派閥の争いが酷い。
彼女は魔力量が平均より少なかった為、どの派閥にも受け入れられず陰口を叩かれたが、魔力量で差別するのは間違っていると言う者達もおり、彼女を受け入れてくれた。
しかし、いざという時その者達は魔力量の多い者に付き従う為、彼女を大いに失望させた。
それでも、自分は中央に呼ばれた聖女なのだと、魔力量が少ないなりに努力した。
毎日の聖女の仕事――傷病者の治療や魔法薬作りをしながら、少ない魔力消費で効率よく治癒魔法を使用する為に医学を学び、魔力を上手く扱う訓練として沢山の種類の聖属性魔法道具を作製した。
そうしている内に、なんと大聖女に魔力のコントロールが優れていると褒められ、次代の大聖女候補の一人に指名された。
だが、魔力のコントロールが上手くとも、魔力量の多さは絶対的だった。多少、効率よく仕事出来ていても、魔力量の多い者の仕事量には到底及ばないからだ。
大聖女様に媚びを売って候補者になったと謂れ無き中傷と陰湿な苛めを受け続けた結果。
アレティリヤはやさぐれた。
翌日の朝。
アレティリヤは聖女服を脱ぎ、寝間着にしていた中古のぶかぶかな男性用シャツの上に外套を羽織る。数年前から見た目など全く気にしなくなった彼女はまともな私服を持っていない。
荷物を纏め、中央の神殿に来てから7年間過ごした部屋と別れを告げた。
門へと向かう途中、すれ違う人々の視線を感じたが無視する。
中庭に足を踏み入れた時、神官数人が大きな声で話していた。リカルドとその友人達だ。
「いやあ、本当に婚約破棄になって良かった」
「リカルドには釣り合わない女だったからな。魔力少ないくせに候補者になりやがって」
「昔、見た目だけは良いと思ってたが、最近では身嗜みも整えない女になったのは笑ったな」
「唯一の取り柄無くしてどうすんだよ、なあ」
「俺が我慢してやってたのによ。しかし、後任にミネデア様を指名してくれたのは感謝だな」
「かー羨ましい。ミネデア様と婚約出来るなんてな」
「ミネデア様は人気者で、可愛くて性格も良い上に優秀だ。アレティリヤと正反対だ」
「改めて思うがアレティリヤは良い所が一つもないな。いや、大聖女様に媚びを売るのだけは一流だったな」
「「ハハハハハッ」」
通行するアレティリヤに気づいて聞こえるように話している。しかし、彼女は気にならない。好きなだけ陰口を叩くが良いと思っている。
アレティリヤの心は数年ぶりに晴れ晴れしているのだ。
大聖女候補から外されるのは分かっていた。その後は中央の神殿で大人しくしていろと言われるか、地方の神殿に戻されるか、どちらにせよ神殿からは逃れられないと思っていた。だが、一縷の望みもあった、追放してくれるのでは、と。
望んだ通り追放となったのだ。嬉しくないはずがない。
追放してくれるなら、国内の田舎で静かに暮らそうと考えていた。だが後任の候補者選ばなければならないといわれた時、選んだ後任が大聖女となったら何となく気分が悪く、その気持ちを抱えたまま過ごすのも嫌だと思った。
それならばいっそ外国に行こうと決めたのだ。遠くに行けばこの国の大聖女が誰かなど気にしてもしょうがなくなるに違いない。自分にそう言い聞かせた。
そんな事を考えている内に門についた。街へと続く階段を降りようとしたその時。
「アレティリヤ!」
息を切らし、話しかける者がいた。ミネデアだった。後ろに取り巻きが数人いる。
「国を出るって、父さ……じゃなくて大神官様から聞いて、これ、役に立つかなって考えて選んだ物。是非持って行って」
ミネデアは手に持っている箱を差し出した。
「いらね」
アレティリヤは一瞥もくれず言った。
魔力量で差別するのは良くないとのたまいながら、魔力量の多い者へ付く者、その代表がミネデアだ。この餞別が善意ではなく後ろにいる取り巻きたちへのアピールだと知っていた。良い子を演出しているのだ。
自分が善良な美しい心を持った優れた人物と思われたい事ばかり考える女め、実際は真逆だ、とアレティリヤは心の中で毒づいた。
「善意は素直に受け取ったらどうです」
「そんなだから、追放されるのよ」
「ミネデアさん。やはりこんな人放っておきましょう」
取り巻き達が口々に言う。アレティリヤ本人もそれに同調する。
「そーそー。ほっといてください。じゃあな」
「待って!アレティリヤ……!」
アレティリヤはミネデアの声を無視し、門をくぐって階段を降り始めた。
後ろの方から取り巻き達がミネデアを慰める声が聞こえてくる。
「けっ。やっぱアイツ後任に指名すんじゃなかったな。大神官はケチだし」
大神官はミネデアを指名するなら、元聖女だと吹聴しない事を条件に隣国まで護衛付きの馬車で送る、金貨20枚を渡す、これ以上は出せないと言った。
候補になったからといって確実に大聖女になれるわけではない。まぁこんなものかと妥協したが、最後にミネデアの顔を見て不快になり、少し後悔した。だが、もう考えても仕方ない。
長い階段を降り、街へと足を踏み入れた。
アレティリヤは一度も神殿を振り返らなかった。




