16 脱無職
ティーリャは辻馬車を乗り継ぎ、職業斡旋所に来ていた。キトと猫はお留守番している。
カムプスの職業斡旋所と違い、掲示板が沢山並んでいる。掲示板に求人の紙が貼られている。
職業相談したい場合は受付に行き、順番を待って相談員に対応して貰うらしい。
掲示板は職業別に分かれていて、ティーリャは医療関係の掲示板を眺める。殆どが看護師の募集で、その次に多いのが施療院の事務仕事だ。
やはり、光魔法の使い手の仕事は冒険者ギルドで募集するのか、見当たらない。
「むぅ……」
医師の募集は少しあるが、ティーリャは少しだけ独学で医学を学んだだけで、医師では無い。
200年前に光魔法が与えられた当初、それまでの医学と薬学は必要なくなるとされていたそうだが、実際は光魔法の使い手の少なさから、人々が築いてきた医学と薬学がこの世から消える事は無かった。
そうだ、清掃業の掲示板を見に行こうと振り返ると、人にぶつかった。
「あ、すみません」
「いえ、こちらこそ不注意で」
謝って横を通り過ぎようとした時、その者が持つ紙に目が吸い寄せられる。
『急募、治癒術師!助けて! 詳しくはスキヌム診療所まで』と書かれている。
振り返り、その者を見ると掲示板にその紙を貼ろうとしていた。
「あの、それ、治癒術師の募集……」
ティーリャが話しかける。
「ん?ああ、とにかく急いでるから冒険者ギルドだけでなく職業斡旋所にも貼っておこうと思ってね」
光魔法の使い手の募集は冒険者ギルドでするべきだ、と注意されたと思ったのか理由を述べた。
「えーと、わたし、治癒術師で、その、詳しく話聞いても良いですか」
「え!本当か!?有難い!診療所は東区にあるんだけど今すぐ来れるかな?そこで話そう!」
スキヌム診療所は東区1番街にあった。東区1番街は中央区の近くなので、職業斡旋所を出て割とすぐに着いた
掲示板に治癒術師募集の紙を貼ろうとしていた者は、紺の髪と瞳を持つ中肉中背の眠そうな顔をしている男で、ニェイレイと名乗った。
「名前は母方の祖父の出身地の言葉でさ、とにかく発音しにくいよねー。皆からはネレイと呼ばれてるんだ」
「へー」
訪れた診療所は小さな建物だったが、見たことの無い魔導機械が沢山並んでおり、ティーリャそちらに夢中だ。
「全部、医療用魔導機械だよ。他国の人には珍しいかな」
ティーリャは最初に西から来たと自己紹介していた。
「うん……じゃなくて、はい、珍しいです」
「あ、無理に丁寧な言葉遣いしなくて良いよ。堅苦しいのは僕も苦手でさー、子供の頃は今よりも畏まった場が無理で、よくやらかしたよ。幼年学校の卒業式では……おっと脱線したね」
聞いたところで何も得る物が無さそうな話を始めようとするので、ティーリャが真顔になると本来の目的を思い出してくれた。
ネレイは薬師で、治癒術師の祖父と2人で診療所をやっていたが、祖父が突然死した為、困っていたと言う。基本的には薬を処方し、必要に応じて祖父が治癒魔法を使用するという体制でやってきたので「診療所」だったが、治癒術師が居ないなら只の薬屋になってしまう。そうなると収入減で借金が払えず大変な事になるらしい。
「だから、給金はあまり高くないと言うか……あ、でもそのかわり魔導機は最新式が多いよ!検診機とかもあるし、一々光魔法で患者を検診しなくて済むから必要な時に治癒魔法使って貰うだけ!他の施療院で働くよりは楽だよ!受付も事務もしなくていいし、基本的には奥で本でも読んでていいし!」
「……つまりは光魔法使う以外の時はだらだらしてて良い……?」
「そうそう!」
治癒魔法の使い手が勤める施療院には基本的に検診機は無い。光魔法で検診できるのだから、わざわざ高い検診機など買わなくて良いという考えだ。検診機は大学の医学部にある位で、このような小さい診療所にあるのは珍しい。と、ネレイは付け加えて説明した。
「給料安くても楽な職場……」
「そうそう!」
「でも、安いのは困るんだよな」
「安いと言っても施療院よりは安いと言うだけだよ!具体的にはこれくらいかな」
ネレイは棚から紙を取り出し、ティーリャに渡す。そこに記載されている金額に彼女は驚く。神殿にいた頃では考えられない額だ。
「え、こんなに」
今住んでいる物件の家賃が払える。
「そうだな……じゃあ、是非雇って欲しい」
「本当!?ありがとう!明日から来れる!?」
「うん」
大喜びするネレイに伝えてない事があるのに気付いた。
「働けるの冬の間だけなんだが」
「えっ!」
アシオーに来たのは越冬する為で、春になったら旅立つと説明した。
「そんな……いやでも、今すぐ働いてくれるのはありがたいし……まあ、君は採用して、治癒術師募集も続けて春までに長く働いてくれる治癒術師探せば良いのか」
もしかして雇ってもらえないかと不安になったが、大丈夫なようでティーリャは胸をなでおろす。
「明日から、よろしく」
「うん、よろしくね!」
ティーリャはニコニコで帰宅した。
「ただいまーキト、猫ー」
キトをワシャワシャしてから猫も撫でる。猫の腹に顔を埋めて吸おうとしたら足でけりけりされたので諦める。
「職が決まったぞ」
「オンッ!」
キトは嬉しそうに鳴いた。以前、カムプスでエマも何故かこんな風に喜んでいたなと思い出す。エマにはたまに手紙を出している。そういえば冬の間はここに居るのだから手紙に「返事をくれてもいいぞ」と書ける。
「エマに手紙書かないとなー」
自分の部屋から紙と筆記用具を取ってきて、リビングにある机で手紙を書いた。
手紙が書き終わって、だらだら過ごしているとラウルが帰って来た。
ティーリャは立ち上がり仁王立ちをしてラウルを迎える。
「職が決まったぞ」
「それはそれは、おめでとうございます」
「これからは、わたしがここの家賃を払う。という訳でお前は出ていけ」
「はあ、で給金はおいくらで?」
用意していた雇用契約書をラウルに突き出す。
「まあ、家賃は払えますね」
ティーリャは得意げに鼻を鳴らす。
「しかし、生活費などはどうするおつもりで?」
「ん?」
そう言われてティーリャはラウルを追い出す為に家賃を稼ぐという事に固執し、他の細かい事を考えていない事に気づいた。
「そうだ、大神官からもらった金貨20枚がある。それが生活費だ」
「貴方だけなら問題ないですが、犬の食費は?」
キトの食事は魔物の肉だ。ラウルに討伐した魔物を持って帰ってきて貰っている。
「え、お前が用意……」
「追い出されるなら知りませんよ」
「まあ、店で肉買えば良いだけだ」
「犬が食事量すごいですよ。お金足ります?」
「むぅ……」
金貨20枚で自分の生活費とキトの食費を賄うのはほぼ不可能だ。
「そろそろ私という存在の有難さを分かって欲しいものです」
「くそ、反論できない……」
「感謝して体を差し出すべきでは?」
「気持ち悪い」
「また気持ち悪いなどと……襲いますよ」
ティーリャは素早くキトの傍へ移動し、ラウルは嘆息する。
「はあ、またティーリャさんと同じ髪の色の娼婦に慰めて貰おう」
「気持ちわ……るくない……」
ラウルにこの家を出ていかれると困るのは自分だと気づいたティーリャはなるべく彼を怒らせないようにしなければと、発言を途中で変える。
彼はそんな彼女を見て、とても優しい表情を作る。
「夫婦なんですから、貴方を見捨てる事はしませんよ」
「ぐぬぬ……」
ティーリャは何も言えなくなった。




