9 アホ犬(アホ魔獣)
街の広場の一角にあるキャラバン隊の天幕の隣に案内される。
そこには大きな囲いと簡素な天幕があった。中に人より大きい、狼のような魔獣達が居る。魔獣はこの世界に元からある魔素に影響された動物の事である。異次元から現れた魔物と違い、光魔法での治療が可能だ。
複数いる魔獣のうち1匹が横たわっており、他の魔獣が心配そうに周りを囲んでいる。
「2日前から、体調がかなり悪いと言っている」
ティーリャを連れてきた男が言った。魔獣の言葉がわかるという事は、この男は魔獣使いだろう。
「さっきも言ったが、さらに悪化しても責任は取れない。それでもいいんだな」
「ああ、頼む」
ティーリャは魔獣に触れ、光魔法で検診する。
「何だこれ。魔力の流れが滅茶苦茶だ。呪いの一種か……?」
「2日前に呪いをかけれる程の高位の魔物は倒していないが」
「じゃあ、他に理由があんのか……」
集中すると腸に何か妙な魔力を感知する。
「んん?これは何だ?魔鉱石……?」
その言葉を聞き男は考える、そしてハッとした。
「そいつは道具を盗んで噛むのが好きで、この前それで魔導具にヒビが入っていた」
「魔鉱石部分にヒビが?」
「ああ」
「誤飲だ……アホ犬……」
魔獣が弱々しく鳴いた。
「アホじゃないし、犬でもない、と言っている」
「知るか……摘出する大掛かりな手術はできない。便と一緒に出てくるのを待つしかない」
「だが、こんなに苦しんでいる」
溜息を吐き、魔獣に光魔法を使用する。
「魔力の流れを正常にした。応急処置だ。魔鉱石が出てこない限り、すぐまた同じ症状になるが」
「そうか……」
男は魔獣の頭を撫でながら言った。
「まだ、数日はこの街に居る。明日も来て魔力の流れを戻してやってくれないか」
「別に良いが、その分金は払え」
治療ではなく魔力を正常に戻すだけなら、これ以上悪化もせず責任も発生しないだろうと思い、金を要求する事にした。
「ああ、言い値を払う。よろしく頼む」
そう言って男はティーリャに頭を下げた。
次の日、ティーリャは一緒に行きたいというエマを連れて広場にやってきた。
キャラバン隊に近づくと昨日の魔獣使いの男が現れ、ティーリャに来てくれた礼を言った。
「わー本当にもふもふー。おっきいけど可愛いー」
魔獣を見たことが無いと言ったエマは嬉しそうにはしゃいでいる。
ティーリャは魔鉱石を誤飲した魔獣を指さし言った。
「あいつがアホ犬だ」
魔獣がクゥーンと鳴く。男が通訳した。
「アホじゃないし、犬でもない、と言っている」
「昨日も聞いたぞ、それ」
呆れながら魔獣に近づいて、その体に触れ光魔法を使う。
するとティーリャの手を魔獣が舐めた。
「う、生暖かい……」
「調子が良くなった、感謝すると言っている」
「あーそー」
そっけない返事をしたティーリャを他の魔獣達が囲み、きらきらした目で見詰めてくる。
仲間を助けてくれてありがとうだろうか、どちらかといえば猫派の彼女だが動物に感謝されるのは素直に嬉しい。彼女は手を伸ばして魔獣の毛にそっと触れる。魔獣は嬉しそうに尻尾を振っている。他の魔獣も撫でていいぞ、とぐいぐい体を押し付けてくる。
その様子を見て、男が少し驚いている。
エマは羨ましそうにしている。
「あいつに魔獣を触らせてやってくれ」
「ああ、イファ、来い」
誤飲犬ではなく、他の魔獣を呼ぶ。
「こいつなら、いくらでも触っていい」
「ほんと!?わーい、もふもふー」
エマは魔獣をモフり始めた。魔獣は若干嫌そうだが、大人しくモフられている。
これといった用事の無いティーリャはその辺にあった箱に座り、モフり終わるのを待ってやる事にした。
何だか自分は子供に甘い気がする。それはティーリャ自身が地方神殿に居た幼い頃、子供達と過ごした日々の記憶が良いものだったからかもしれないと、エマが魔獣とふれあう光景をぼんやり眺めながら思った。
ひとしきり魔獣をモフったエマの興味は魔獣使いの男に向いていた。
エマの質問攻めに簡潔だが律儀に答える男の話を纏めると、男の名はギギで南方出身、キャラバン隊の護衛をする冒険者で、パーティメンバーに風魔法使いと剣士がいるらしい。
「魔獣使いってどうなるの?」
「俺の場合は師匠に付いて学んだ」
「そっかー、魔獣使いの学校とかあるのかな。入りたいなー」
エマがなかなか帰ると言わないので自分だけでも先に帰ろうかとティーリャが立ち上がった時。
「貴方が魔獣の魔力回路を正常にしたっていう人?」
髪の短い、如何にも魔法使いといった格好の女が現れた。




