4部屋目 「思いっきり食べていい」の代償
僕は、ジニーと共にエレベーターまで戻ると、現実の1階へのボタンを押した。
「んむんむ。これで戻ると、助かった者たちが待っとるハズじゃ」
「709で死んだ人たちだよね?」
「左様。お主がクリアしたことで、霊界から蘇生魔法で戻れるようになったでの」
「それが『サルベージ』だよね。でも、全滅すると現実との繋がりが切れて、復活できなくなるとか」
「んむ。――お主、もしや緊張しとるか?」
「わかる? 僕、実際に助けた人と会うの初めてだから」
チーンとエレベーターが開くと、そこには赤と黒のミニスカドレスを着た令嬢がいた。
「オ~ッホホホ!」
「――閉めよう」
「あぁーん! 待って菊知くん!」
途端にヘッポコと化した幼なじみ、〈悪役令嬢〉の千桜汐音さんが出迎えてくれた。
「ありがとう菊知くん! 霊界テレビで見てたわ! ナックラヴィーを単独討伐とか、スゴかった!」
「Q次郎とジニー、それに睡蓮がいたおかげだよ」
「厳密にはそうだけど、別ルートとオーブは菊知くんがいたからこそよ! イェイイェイ、イェーイ!」
千桜さんは大ハシャギしていた。
「あ、そうそう! あたしってば、SSランクの桐山さんのガバで“霊界”に行っててね? 今日は、ヒョードルくんのクリア待ちだったのよ〜!」
「あー、じゃあ僕が失敗してもセーフだったんだね」
「ううん、それは違うわ!」
千桜さんは、オーブに抱きつく睡蓮をびしっと指差した。
「オーブの進化を、桐山さんの精霊に使うんでしょ? ナックラヴィーの《モータシーン》は、生き物に効くんだから、赤目玉たちにも効いて813は楽勝クリア! お兄さん復活で万々歳よ〜!」
「あはは……そうだね」
僕は、睡蓮を優しくなでた。
「あとは、桐山さんたちに託すだけで、僕らの役目は終了。だよね、睡蓮?」
「ぴぴ~!」
少年精霊は元気よくうなずくと、大きく口を開け、オーブにカプッと噛み付いた。
「え?」
シュワァァアアア……。
青いオーブが霧状に溶け、睡蓮を包み込んでいく。
「はあああああああっ!?」
え、なんで!? いま噛んだ!? ずっと素直からのイキナリ反抗期!?
みんな絶句。千桜さんにいたっては顔面蒼白だ。
「そ、そんな……。いくらあたしがヘッポコだからって、こんなガバまで発生するとか……」
※:おいー!!?
※:ウッソだろお前!
※:進化キャンセルは!?
※:BBBBBBBB
※:吐け、吐くんだ!
「はは、ははは……」
――お、落ち着け。睡蓮が進化したら、僕が《モータシーン》させればいいんだ。けど、魔力がメチャクチャ少ないぞ。キチンと進化できるのか……?
※:ああ゛ッ! あと一歩が逃げて行くッッ!!
※:令嬢がウキウキでチャート話すから……
※:まままだあわわわわわわてるじかんじゃ
※:ひとまず進化後の確認を!
ヒドい虚脱感に襲われるなか、光が1mほどの大きさになって仕上げに入る。――よかった、ギリギリ魔力が足りた。
しゅわしゅわしゅわしゅわ……しゅぽんっ。
「わっはははははー!」
現れたのは、青い肌に細っこい手足の幼児だった。
「わがはい、しんかしたぞー!」
えぇ……?
待って。僕でも勝てそう。
※:ヒフあるし
※:足2本
※:あかーん!
※:【悲報】ただのショタ
「さー、げぼくよ! まりょくをよこせー……って、なんだ、このカラダはー!?」
あっ……。も、限界。
すでに崖っぷちだった僕の意識は、舌っ足らずな絶叫によって、完膚なきまでに落ちていった。
◆ ◆ ◆
本日2度目の目覚めは、組合のベッドだった。
「気が付いた?」
傍らには、赤黒ドレスのご令嬢が座っている。
「千桜さん……。あれから、どのくらい経った……?」
「30分ってトコね。Qくんと桐山さんがここまで運んでくれたわ」
「ああ……あとでお礼言っとく」
――そうだ、オーブ。
桐山さんに渡せば、兄貴を助けに行けたはずなのに。
「菊知くん」
「ん……?」
「ナックラヴィーへの進化は、ちゃんと成功してるわ」
「えっと……じゃあ、あの子供が?」
「ええ、桐山さんに調べてもらったから確実よ。まずは、そこを伝えたくて」
「そっか……」
肩から、少しだけ力が抜けた。
と、そのとき。
「うぅっ……」
ドアを開けて、蒼ざめた肌の幼児が入ってきた。
「わがはい、とんでもないことをした……」
「睡蓮?」
「いまはナックラヴィーだ、あるじよ……」
全身が寒々しい色だと、落胆ぶりも際立って見える。
「あのオーブ、きりやまにわたすものだったのだな……。じにー様が、シッカリとおしえてくれたのだ……あうぅ」
ジニー様って……。ジニーの躾はスゴイなあ。
「あのさ。ナックラヴィーは、なんでオーブを食べちゃったの?」
「あるじが、『きょうはおもいっきりたべていい』といったからだ」
「え」
その途端、709での光景がフラッシュバックした。
『睡蓮、今日は思いっきり食べていいよ』
『ぴぴ~!』
「――言った!」
僕は、「この戦いでは」のつもりだったけど、睡蓮は「丸一日、食べ放題」と受け取ったらしい。
「今日ってまだ、17時間もあるよね……」
「だよな!? あるじの【聖水】を、きょうはガブのみだぞー!」
小躍りした幼児は、すぐにガックリと肩を落とした。
「いまなら、わかる……。たたかいのときダケ、だったんだな……。わがはい、うかれていた……」
横たわる僕の腕に、悲痛な顔ですがる。
「でもな……? さいごにあるじが、【聖水】をダダダーッとうってただろう? そのあとにできたオーブだぞ? ただでさえオイシイ【聖水】が、ギューッと、スッゴくつまってそうでさあ……。それでもな、わがはい? おやくめ、おわるまでは、たえてたんだけどさあ……!」
「――うん。よーく分かったよ」
食べていいと言われて、おいしそうな物が目の前にあった。
そこへ僕が、終わったよと声をかけちゃったら。
「ごめんね、ナックラヴィー。これは僕の伝え方が悪かった」
「えっ」
「それで、次からだけど」
右手でそっと小さな手を包み込む。
「珍しい物や高価な物を食べるときは、僕に許可を取ってほしいんだ。いい?」
「は、はい……」
「うん、ならいいよ。進化を喜ぼう」
「あ、あるじ……。おとがめ、これダケか?」
「怒られたかった?」
「ううん! だ、だが、わがはいのミスは、ホントにいいのか?」
「伝達をしくじったのは僕の責任だから、怒るのは筋違いだよ。あとは、君をちゃんと召喚できるよう、僕が魔力を増やせばいいダケさ。ね?」
「あ、ああっ……! ありがたき、しあわせ……!」
ぶわっと泣いた幼児は、ごしごしと手の甲でぬぐったあとに頭を下げ、そのまま精霊界へと帰っていった。
手にじんわりと感じた温もりを、ゆっくり握りしめる。
――魔力を増やす。そう言ったからには、何とかしないと……。
「菊知くん」
千桜さんが、僕の手に自分の手を重ねた。
「今日、あなたができたこと、ちゃんと覚えてるからね」
「――え?」
「ナックラヴィーを拘束して、別ルートを開いたでしょう? あの力は、今も菊知くんのものよ」
顔を上げると、千桜さんはまっすぐに僕を見ていた。
「お兄さんに教わって、ずっと練習してきたんでしょう? あんな強い相手を、思いどおりに抑え込めるようになったのよ」
僕は、重ねられた手を見た。
6発の【聖水】を当てたのも、水の膜を維持したのも、この手だ。
「――うん。ありがとう、千桜さん」
「だいたいねぇ、オーブだけが目的なら、『おお、我が弟よ! よろしい、ならば709だ!』って、とっくに放り込んでるわよ」
「兄貴はそんな感じだけど! 早い早い!」
二人して笑ったあと、僕はゆっくりと上半身を起こした。
「今後の作戦は……、考え直さないとね」
「ええ。ご両親の捜索も、お兄さんの救助も、両方続けるんでしょ?」
「うん。それは絶対諦めない」
キュッと、もう片方の手で千桜さんの手を覆った。
「――ありがとう、千桜さん。いつも僕に、力をくれるね」
「オ、オーホホホ! そりゃあ、貴族ですもの! 薫子ちゃんを導くのは当然よ~!」
格好良いことを言って、すぐに照れてしまうヘッポコお嬢様。けれども、実際とても頼りになるし……そして、とても可愛かった。
と、そこに。
「フン。起きたようだな、弟」
「兵藤くん? それに……ジニー?」
黒づくめのオールバック少年が、眠れる幼女兄貴をお姫様だっこして入ってきた。
「案ずるな。ジニーさんは、慣れない体で少し熱が出ただけだ」
「オ~ホホホ、なら不幸中の幸いだわ〜」
千桜さんはサッと立ち上がった。
「あ、菊知くんはまだ横になってて。は~い、ジニーさんをそこに寝かせて〜?」
千桜さんは、兵藤くんに指示したあと、僕の邪魔にならないようにテキパキとジニーへ毛布を被せた。
その様子を見ていた兵藤くんが、呆れたように口を開く。
「令嬢……、お前は弟に甘過ぎるぞ。まったく、こんな奴のどこがいいのか……」
「わー、わー! あ、あぁぁああなた、ソレ言っちゃう!? なら、こっちもヒョードルくんの恋愛に口出すけど!?」
「ハァ!? な、なんでそうなる!」
――うわぁい、元気だね。
二人がぎゃいぎゃい言い合う間に、セーラー服の袖をくいくいと引っ張られた。
(復活じゃな、薫よ)
(ジニー。熱は大丈夫?)
(カゼは仮病じゃ。711へ案内しようとしたが、ボタンが反応せんでの。戻る口実に使ったまでよ。う、ケホケホ)
さすがは風の精霊。
けれども、ジニーの顔はすぐに曇った。
(して、おそらくじゃが……、エレベーターは、今のワシを丈一とは見なしておらんな)
(精霊だから? じゃあ、兄貴としては、まだ死んだまま?)
(んむ。ゆえに、救出の猶予も霊界と同じじゃ。あと3日あまり、5日目の正午までにやられた部屋をクリアせねば、強制リタイアとなる。――済まぬな)
(ううん。僕こそ、オーブの件はゴメン)
(次の作戦は如何にする?)
(まずは、有識者さんたちと話し合いだね)
ちょうど言い合いを終えた兵藤くんが、僕に向き直った。
「そうだ、弟。令嬢と桐山さんをサルベージしてもらったな。マンダンの代理として礼を言おう」
「どういたしまして」
靴を履いた僕が立ち上がると、兵藤くんは眉をひそめた。
「貴様、ずっとセーラー服のつもりか? 新ルームの初探索は、公式に映像が残るぞ」
「あはは……。まあ、撃破の時点でいまさらだし。兄貴が幼女の姿をやめるまでは続けるよ」
枕元のウィッグネットを装着し、長髪を被る。
「ところで兵藤くんも、朝早かったんだね」
「サルベージは朝がいいからな。しかし、貴様が先んじて救出したことで、課長はとんだ赤っ恥だ」
兵藤くんはそっぽを向いた。
「それだけではない。711へ最初に案内できるのは、709を生きてクリアした者だけだ。ジニーさんがボタンを押せない現状だと、今は貴様一人だろう」
「あ、そっか……。僕が次の探索者をつれていくまで、動かないんだ」
「そうだ。早くそいつらも案内できるようにしてくれ」
「兄貴のことばっかり考えてたよ」
「やれやれ……貴様はアクシデントに弱すぎる。俺なら冷静にこなせるというのに」
「え、ホント?」
「フン。当然だ」
ドアを開けたまま催促する彼に、僕はほほ笑んだ。
「じゃあ、兵藤くんに探索権を譲るよ」
「はあっ!?」
彼はハデに面食らった。




