24部屋目 尊敬できる人たち
「看板、ねえ」
翌日の昼休み。
慎二くんに例の映像を見せると、少し考えたのちにうなずいた。
「そうだね、薫くん。カジノでも光ってたよ。ルミノさんが、看板を変更してたときに」
「変更?」
「うん。書き換えるには儀式がいるんだって。ただ、すぐに済むものもあるらしいよ」
慎二くんは、人差し指を立てた。
「『お客様のご要望にお応えした変更なら簡単です。例えば、勝つごとにクリアの光が出るのは煩わしいので、消してほしい。――このような内容なら』って」
「あ。490で、千桜さんがトート様に『盤石』をお願いしてたのも……」
「それもだね。効力のないフレイバーなら、すぐなんだろう」
「へっ。クリアはそのままで、光だけ消すってか。そりゃ反対する理由もねえな」
Q次郎の言葉にうなずきつつ、スマホへと目を戻した。
――けど、758は違う。
黒い沼のそばで、黄色い看板が光っている。
そこの文言は、「マラコーダがいる限り、マレブランケの力は3倍」。攻略の難しさが激変する条件だ。
「当然、僕らが認めるわけない」
「うん。だから儀式をしてるんだろうね」
画面の看板が、また光った。
「ほんじゃあ元カレさんよ。奴らは今も、何か変えようとしてるってことか?」
慎二くんはQを一瞥したのち、僕に目を向けた。
「その可能性はあると思うよ、薫くん」
「えーっと……ありがとう、慎二くん。兄貴にも伝えておく」
「うん。何か分かったら、ボクにも教えてね」
うなずくと、慎二くんは少し笑った。
「そうそう。今回は、カジノへのお誘いじゃなかったね」
「――そのチェック、いる?」
◆ ◆ ◆
放課後。
「菊知先輩! 今日も、お願いしていいッスか!」
「ぼ、僕もお願いします!」
声をかけてきたのは、ノッポの高橋くんと、チビッコの那須野くんという、新学期の登校中に握手を求めてきた、中等部の新入生たちだ。
2人とも、魔法の狙い方を教わりたいらしい。
「ん、いいよ。Q次郎も行ける?」
「へっ、カメラ係だろ? 2体目バッチリだぜ」
218での練習では、2人とも、的を追いかけて杖を動かしすぎていた。(ちなみにアガベはあれ以来見てない)
当てる場所を決めて、そこで待つ。まずはそれを、何度も試してもらう。
「うん、今のは良かったよ、高橋くん」
「マジッスか!」
「じゃあ、次も同じ場所を狙ってみようか、那須野くん」
「はい!」
高橋くんが白で、那須野くんは緑。
Q次郎は、それを聞いて「おっ」と顔を上げた。
「お前ら、【魔力譲渡】は?」
「使えるッス!」
「僕もです!」
「へっへへ、そいつぁ好都合だ。――いや、本当にな」
僕もうなずいた。マナイーターで魔力を減らすのは効率が良かったが、Q次郎の負担も大きそうだったので、なるべく回数を分けたいと思っていた。【魔力譲渡】の使い手が増えれば、分散して行える。
「じゃあ、現実に戻ってから、僕らの修行にも付き合ってもらっていいかな」
「もちろんッス!」
「教えていただいたお礼です!」
「へっへへ。だがその前に、寄る部屋があるぜ〜?」
Q次郎はエレベーターで102を押した。
「部屋名、『素質を計る』! おう、相棒。魔力の伸びを計ってもらおうぜ!」
「Qは毎日チェックしてるよね」
「薫はしなさすぎなンだよ〜」
部屋につくと、台座の上にオーブが乗っている。
「はーあ、マジでストイックだもんな。なぁ後輩、信じられるか? 薫は測定するときよお、『ちょっとだけ魔力を流すから』っつーんで、大事を取って最初の一回きりで行ってねえの」
「マジっスか!」
「おう。そんで、ン年ぶりだかに計ったっつー相棒の魔力な? マ・ジ・で、Dだったんだぜ」
「し、絞ってたッスね……」
「恐ろしい鍛錬です……」
いや、そんな仰々しく考えなくても。――あれ、これも僕が変なのかな?
「さーて、俺の魔力。そろそろ伸びててくれよ〜……?」
まずはQ次郎がオーブを触った。空から光が差し、魔力Eと出る。
「うおおっ! やった!」
「Q次郎、おめでとう」
「やったぜ薫! お、俺……、また、地獄に耐えられる!」
「あはは……うん、良かった」
続いて、僕も触ってみた。
「あ!」
魔力C。
「うおー!」
三人はやんやの大喝采をしてくれた。さすがに「いや、まだCだよ?」と気恥ずかしかったけど、「でも……ありがとう」とお礼を言った。
そして、意気揚々と帰った僕らは、マナイーターによる魔力修行・放課後編を始めたのだった。
「アチキ、薫の魔力をいっぱい吸うのよぉ」
「うん。ぐ、ぐぅっ……」
「お、俺もだろ……。吸え……。でも、優しくして……」
緑と白の後輩たちも、自分たちの魔力が使い切れると大喜びだった。
「なあ、相棒……。弟子が増えるたびに、俺の仕事も増えてねえか……?」
「助かるよ、Q次郎」
「そうか? うーん、そうかあ……」
◆ ◆ ◆
「はぁ、生き返るッス……」
「です……」
ファミレスの席で、高橋くんと那須野くんが仲良く息を吐いた。
僕とQ次郎は、窓を背にして並んで座っていた。
「二人とも、ありがとう。無理してない?」
「大丈夫ッス!」
「少し休んだら、戻ってきました!」
「そっか。今日はもう、しっかり休んでね」
料理を待ちながら話していると、高橋くんが身を乗り出してきた。
「あのぉ、菊知先輩?」
「何かな」
「今度は、俺らからインタビューしてもいいッスか?」
「インタビュー?」
「はい。先輩に聞いてみたいことが、いろいろあったッス」
「です」
那須野くんもうなずくと、Q次郎がスマホを持ち直した。
「へっ、いいじゃねえか。そんじゃ、お前らがインタビュアーな」
二人の襟に小さなマイクを留め、音を確かめている。
「おっし、声も入ってる。相棒、いいか?」
「うん。お手柔らかにね」
◆ ◆ ◆
『えー、それではインタビュー動画を始めるッス!』
『菊知先輩に、お話を伺いたいと思います!』
『よろしくお願いします』
向かい合った三人が、互いに頭を下げる。
『さっそくなんスけど、先輩の尊敬してる人は誰ッスか?』
少し間を置いて、薫が口を開いた。
『やっぱり、兄貴かな』
『丈一さんッスね!』
『うん。いろんなことを教わったし。今日、二人に教えた狙い方も、もとは兄貴に教わったものだからね』
高橋と那須野が、感嘆の声を上げる。
『あとは、ミツオさんもだね』
『あー、組合の銀SSの人ッスね!』
『そう。単に強いだけじゃなくて、一緒にいる人が戦いやすいよう、サポートしてくれるんだ。僕も何度も……いや、もうずっとだね。助けてもらってる』
今度は那須野が、少し身を乗り出した。
『では、ですね。同級生だとどなたですか?』
『同級生? んっと、千桜さんで分かる?』
『千桜汐音先輩ですか?』
『うん。490で、自分から天秤に乗ってくれたんだよ』
薫は、テーブルに置いた自分の手へ目を落とした。
『強制リタイアの危険があるのにね。それでも、誰かのために先に動けるのは、本当にすごいよ』
『へえ……』
『813にも、最後まで付き合ってくれたしね。僕が無茶を言っても、一緒に来てくれる。すごく頼りにしてるよ』
那須野が、感心したように何度もうなずく。
『尊敬できる方たちなんですね……』
『うん、本当にそうだよ』
そのとき、高橋の視線が窓の外へそれた。
『――あれ? 千桜先輩じゃないッスか?』
カメラが窓へ向く。
歩道を歩いているのは、赤黒コーデの千桜汐音だった。
彼女は、誰かの腕を抱き、楽しそうに顔を寄せている。
『――あっ』
その相手は、銀のSSランク、目黒充雄。
画面がテーブルへ戻る。
那須野の手が、グラスを持ったまま止まっていた。
『どうしたの?』
薫が尋ねると、二人は同時に顔を戻した。
『な、なんでもないッス!』
『はい! 何も! ないです!』
入口のドアが開く音がした。
『ねえ、パパ〜。ここで待ってればいいんでしょ〜?』
二人の背筋が、びんっと伸びた。
『ぱ……パパ?』
那須野が、高橋の耳元へ顔を寄せる。
『ほ、本物のパパかもですよ?』
『でも、ミツオさんは目黒充雄さんッスよ? 千桜先輩とは姓が違うッス……!』
『あっ……!』
二人の声は小さくなっていたが、襟元のマイクには入っていた。
『ど、どうするッスか? 菊知先輩は今、二人とも尊敬してるって……』
『ですよね、あんなに嬉しそうに、話してたんですよ……』
『――見せちゃ駄目ッスね』
『はい。ここは、僕たちが……!』
薫が首を傾げた。
『ん? 後ろに誰かいるの?』
振り向こうとした途端、高橋が立ち上がる。
『駄目ッスー!』
那須野もブンブンと両手を広げた。
『先輩! こっちを見てください!』
『えっ、なに?』
『あ、あの、ええと、魔法! 魔法の話を!』
『さっきまでしてたけど……』
画面の外で、Q次郎が小さく吹き出した。
『おう、薫。〈尊敬できる人たち〉が来たぜ』
『駄目ッスってばー!』
『おや? 薫くん。ここにいたんだね』
テーブルのそばに、ミツオと汐音が立っていた。
『あ、どうも、ミツオさん。それと……千桜さん』
汐音が、ぱっと顔を上げる。
『えっと……き、菊知くん。名前で呼んでくれても……』
『あ、うん……。で、でも、慣れてるから……』
汐音は自分の髪へ触れた。
ミツオは苦笑する。
『薫くん。今日は、みんなで練習かい?』
『はい。二人にも付き合ってもらってました』
ミツオは新入生たちを見て、穏やかに会釈した。今日はねずみ色の、毛糸の指ぬき手袋をしている。
『そうか。娘もいつも、薫くんにお世話になっているからね』
『む、娘……?』
高橋のかすれた声に、ミツオがうなずく。
汐音も、きょとんとした顔で彼を見た。
『うん。あたしのパパだけど?』
『で、でも、お名前が……』
『ああ、僕の〈目黒〉は冒険者名なんだ。本名は千桜充雄だよ』
二人の新入生が、ゆっくりと顔を見合わせた。
『お待たせ。――あら、どうしたの、みんな立って?』
『ママ、こっち〜』
汐音が手を振る。
近づいてきた女性は、薫たちに軽く会釈したのち、ミツオの隣へ並んだ。
『あなた、席は?』
『これからだよ。ちょうど薫くんたちに会ってね』
『あら~。魔力修行頑張ってるって聞いたわよ? でも、ちゃんと休息も取ってね』
『あ、ハイ。ありがとうございます』
高橋が椅子へ沈み込む。
那須野も、その隣でふにゃりと肩を落とした。
『よかったッス……』
『です……』
◆ ◆ ◆
「ハッハッハ! この二人、必死じゃないか!」
「巻き込まれ事故だよ……」
家へ帰ると、幼女兄貴がテーブルで「インタビュー動画こと事故動画」を見ていた。
小さな手でスマホを支え、肩を揺らして笑っている。
「いや~。しかしそうか! 知らぬ新入生が入ってくる時代かー」
「こういう動画ばっかりバズる……」
「ハッハッハ、いいじゃないか。薫が慕われてる様子も分かるし、千桜さんご一家の3ショットも映せた。また当分は、誤解する人も消えるだろう」
「それは嬉しいけどさ。――ええっと、今日の攻略の首尾は?」
幼女兄貴は不敵に親指を立てた。
「フッ、一発クリアよ」
「おーっ、さすが」
「ワシのクリア数が、いよいよ69になったな」
「それじゃあ、あと一つだね」
「ああ。回れる部屋は回りきった。ということで、明日はあの部屋へ行ってくる」
「それって、一人で?」
「む……むう」
兄貴が珍しく口ごもる。
僕は立ち上がると、小さな幼女兄貴の肩を叩いた。
「僕も行くよ」
「薫よ……いいんだな?」
「うん。兄貴と一緒に行く」
「そうか」
兄貴はしばらく僕を見上げていたが、やがて小さく笑った。
「分かった。なら、2人で行くぞ」
「うん」
「明日、朝飯を食ったら出発だ」




