25部屋目 思い出の小道
「薫ー。朝ごはん冷めるぞー」
「今行くー!」
二階から駆け下りると、味噌汁の匂いがした。
木目調の広いテーブルで、お父さんは配膳をしていて、お母さんは台所にいる。兄貴はもう座っていて、焼き魚から小骨を取っていた。
「ほら、座れ」
「うん、お父さん」
いつもの席に腰を下ろす。
お母さんが、僕の前へご飯を置いてくれた。
「いただきます」
「はい、どうぞ。薫ちゃんは今日、丈一ちゃんとマンション?」
「うん」
「なら、帰りに牛乳お願いしていい?」
「いいよ」
「む? お袋、俺も行くのだが」
兄貴が、箸を持ったまま言った。
「牛乳ひとつなら、俺が」
「あら、丈一ちゃんは他の日用品を買えないでしょ?」
「む? いやーハッハッハ、たしかに。なら俺は荷物持ちで行こう」
「おー、そういえば、薫」
お父さんが、四つ折りにした新聞から顔を上げた。
「魔力がCになったんだってな」
「うん。昨日、測ってみたらね」
「よかったな」
「頑張ってたものねえ」
お母さんも労ってくれる。
お父さんは黒のSS、お母さんは白のSSだ。茶のSSSランクの兄貴もいるから、青のCなんて、ウチではまだまだだけど。
それでも、長かったDから一つ上がったのは嬉しい。
「僕ね、ナックラヴィーを倒さずに石板を取れるようにもなったし、これからは魔力を増やしていくんだ」
「ふうむ」
兄貴は味噌汁を飲んでから、首を傾げた。
「しかし薫、なんで今まで魔力を鍛えなかったんだ?」
「えー? それは兄貴が言ったんじゃん。少ない方が精度を鍛えやすいって」
「むぅ……。そんなこと言ったかー?」
「うわー、都合のいい」
「まあまあ、お前たち。ちゃんと上手くなったんだろう? なら、いいじゃないか」
「あら、でも教えた本人が忘れちゃ駄目でしょ?」
お母さんがクスクスと笑った。
「丈一ちゃんは、いろんなこと言うものねえ」
「お袋まで。ま、今日見せてもらえば分かるな」
兄貴は焼き魚をひと口食べ、ご飯と一緒に飲み込んだ。
「さて、誰をパーティーに呼ぼうか。桐山は呼ぶとして、薫も誰か呼ぶといい」
「うん。じゃあ慎二くんを……あれ?」
箸が止まった。
「どうした、薫?」
「――4人だ」
「なんだ。定員は5人だが、男だと4人だろ。当たり前じゃないか」
「ううん」
兄貴は85kg。
僕と慎二くんが、それぞれ55kg。
桐山さんが58kg。
合計、253kg。
エレベーターの積載量は、250kgだ。
――乗れない。
「兄貴、その4人じゃ乗れないよ」
「む?」
「250kgを超えてる」
お父さんが、新聞を置いた。
「んー? まあ、成長期だからなあ。重くなっててもおかしくないだろう」
「そうねえ。背も伸びてるものね」
お母さんが、僕の頭のあたりへ手をかざした。
そうかもしれない。
体重が増えれば、乗れる組み合わせだって変わる。
でも……、何かが違う。
これを聞いたら終わりな気がする。なのに、スグ思いついてしまった。
「ねえ兄貴……。今日はどこへ行く? 711?」
「うむ、そうだな。しかし、軽いメンバーに変えても、4人だと厳しいか……」
「――5人、だよ」
口にした途端、鼻の奥がツンとした。
映像で見た711では、兵藤くんと慎二くん、ミツオさんと桐山さんが、一つずつ箱を運んでいた。
途中で置けば最初からやり直しだから、4人とも箱を手放せない。
その間を、一人だけ手ぶらの兄貴が駆け回っていた。
15kgの、小さな体で。
「薫?」
兄貴が、箸を置いた。
僕よりずっと大きな兄貴。
広い肩に、太い腕。食卓を挟んで座る、その姿。
お父さんがいて、お母さんがいる朝なら、兄貴はこの姿のままだったのかもしれない。
僕は顔を伏せた。
ああ……。
なんで、なんで気付いちゃったんだ……。
いつものように、人数と体重を確かめただけ。
ただ、それだけだったのに……。
――もう少し、浸っていたかったのに……!
「大丈夫か?」
「うん……。うん」
手の甲で頬を拭うと、お母さんがティッシュの箱を寄せてくれた。
「ありがとう、お母さん……」
一枚抜いて、目元に押し当てる。
「薫ちゃん。ご飯、もういい?」
「う……ううん。食べるよ」
僕は茶碗を持ち直した。
焼き魚の小骨をよけて、ご飯と一緒に口へ運ぶ。残っていた味噌汁も飲んだ。
お母さんは僕の空いた器を見て、手を差し出してくる。
「おかわりは?」
空になった茶碗を見た。
「――少しだけ」
「はい」
お母さんが、ご飯をよそってくれる。
「これくらい?」
「うん」
受け取った茶碗は、底の方まで温かかった。
「お袋、俺も頼む」
「丈一ちゃんは大盛りね?」
「うむ!」
兄貴が、空になった茶碗を差し出した。
お母さんは、もう一度しゃもじを持ち、その茶碗にもご飯をよそっていく。
僕は、さっきより小さなひと口で、ご飯を食べた。
兄貴の箸が皿に当たる音がする。
お父さんが新聞をめくる。
やがて、僕の茶碗も空になった。
「ごちそうさま」
「はい」
お父さんがいて、お母さんがいて、兄貴がいる。
まだ、見ていたかったけれど、僕は食器を流しへ運び、茶碗に水を張った。
「じゃあ……、先にいってるね」
玄関で靴を履く。
かかとを入れるのに少し手間取って、いつもより長くしゃがんでいた。
立ち上がり、扉に手をかけたところで。
「いってらっしゃい」
「気をつけろよー」
お母さんとお父さんの声がした。
喉の奥を一度、飲み込む。
「――ん。いってくるよ」
僕は扉を開けた。
◆ ◆ ◆
小道を戻った先に、看板があった。
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797 思い出の小道
・行って、戻る。
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そのそばで、幼女兄貴が優しく笑っていた。
「ワシの方は、薫が女装してなかったぞ」
言われて思い出したけど、今日はミニスカートにハイソックスだった。
「薫に聞いたら、『絶対しない』と言っていたから、こりゃ違うなと分かった」
「ひどい。何その判別方法」
「じゃあ薫は、どう判別した?」
「――兄貴が幼女じゃなかった」
「ハッハッハ」
幼女兄貴は、小さな手で僕の背中を叩いた。
「行こう。本物に会うためにな」
「――うん」




