22部屋目 女運の悪い男
「――で、俺とヒョードルは出禁を食らったと」
「うん」
「景品は?」
「ちゃんともらえたよ」
現実へ戻ってQ次郎たちと合流した僕は、マナイーターのオーブを見せた。紫色の珠をのぞき込むQ次郎の横で、兵藤くんが鼻を鳴らす。
「フン! あんなチャラチャラした所、もう二度と行かんぞ」
「リーダーはもう入れないよ」
「分かってる!」
肩を怒らせて去る兵藤くん。
「やれやれ……。じゃあまたね、薫くん」
「うん、ありがとう」
慎二くんは、笑いながら兵藤くんのあとを追っていった。
「ケッ。出禁になると踏んでやがったな、あの元カレ」
「そういうこと言ってるからだよ。そもそもQ次郎って、カジノ好きそうなのに。154は知らなかったの?」
「あぁ? 俺が好きなのはポーカーだよ。世界大会の動画とかスッゲーぞ」
「なら、尚更だよ。カードゲームの卓もあったじゃん。興味なかったの?」
「ガキ相手にお遊戯する部屋だと思ってた」
「まあ、そうだね。実際、水遊びして出禁になったし」
「うるせえ、水鉄砲」
「あー、言ったね」
「へっへっへ」
笑ったQ次郎は、手の中のオーブを眺めた。
「来いよ、【勿忘草】。食えるか?」
「ぴゅい!」
現れた紫の精霊が、オーブへと顔を寄せた。チュッと口付けした途端、紫色の光が弾ける。
「――あっ」
光は精霊の姿を包んで膨らみ、やがて人の形を取り始めた。足が床につき、服の裾がふわりと落ちる。
「お……おいおい」
そこに立っていたのは、小さな女の子だった。
青紫色の髪に、ぶかぶかの黒い服。袖から指先をのぞかせている姿は、ジニーより少し大きいくらいだ。
「こりゃまた、ちっこいのが出てきたなあ」
「んー、魔力が少ないからねえ」
ナックラヴィーもそうだった。使役精霊は魔導士の魔力に依存するから、オーブがあるからといって、誰もがあの姿で喚べるわけじゃない。
「いっや〜、別に悪かねえけどよ。俺が予習したブラジルのマナイーターなんか、カーニバルに似合うボンキュッボンって体型がなあ……」
Q次郎の手が宙に描く曲線を、少女の目が追った。そのまま自分の胸元を見下ろす。
「……ムカッ」
「お、なんだ? 怒ったか? そりゃすまねえ。マナイーターだけに、俎板に似てるなあとか、思想の自由を行使しちまったダケだぜ」
少女は答えず、Q次郎の腕へぺたりと手を置いた。
「あ?」
ズズズズズッ!
「うおおおおっ!? コ、コイツ!」
Q次郎の顔から血の気が引いていく。振り払おうとした腕に、少女がしがみつく。
「ちょっ、待て! 吸ってやがるぞコイツ!」
「Q次郎!?」
「俺の魔力を、強制的に……! 止めろ止めろ止め……あへ」
あえなく床へ倒れたQ次郎。そこへ少女が馬乗りになるや、手足が伸び始めた。ぶかぶかだった黒い服に体が沿っていき、いつしか妖艶な美女になる。
「ど〜う、ご主人サマ〜? アチキ、こんなことも出来るんだけどぉ?」
美女は長くなった髪をかき上げた。直後、ポンと元の少女姿へ戻る。
「ア〜ラ、ご主人だらしない。もうヘバっちゃったのぉ? ――じゃ、もう一回」
「Q次郎ー!」
◆ ◆ ◆
翌日。
猪尾さん立ち会いのもとで、改めてマナイーターの能力を確かめることにした。
「つまりマナイーターちゃんは、吸った魔力量で姿まで変わるのね」
「ええ!」
マナイーターは元気よくうなずいた。
ズボンにしがみつかれているQ次郎は、沈痛な面持ちでこちらを向く。
「俺を人間だと思ってねえぞ、コイツ……」
「まあまあ」
マナイーターと目が合うと、にこっと笑いかけられた。昨日Q次郎にしていたことを思い出し、僕は自分の腕をさする。
大きな魔力に引き寄せられ、人間から魔力を吸い取る精霊。今はQ次郎が使役しているが、吸われるとキツいのは変わらないらしい。
「へっ、そんじゃあマナイーター、薫から吸え。ただし、俺が止めろっつったら止めろ」
「はぁい」
「大丈夫かなあ……」
とはいえ、このためにオーブを手に入れたんだ。
僕はマナイーターの前に座った。
「お願いするね」
「はぁい」
近づいてきた小さな手が、僕の肩に触れる。
「うっ……!」
体の内側をごっそり引っ張られ、息が詰まる。
「ぐぅっ……。か、かなりキツい……!」
651で襲われた千桜さんも、これを食らっていたのか。
恐ろしい勢いで魔力が減り、背筋を伸ばしているのがつらくなる。僕は片手を床につき、残っている魔力へ意識を向けた。
魔力は、減らせば回復する。そのさい、しっかり減らせば、上限がちょっと増えるらしい。
『俺の経験則だ』
――兄貴は、最前線でずっと活動してたもんね。修行を意識しなくても、魔力を使う機会は大量にあったのだろう。
指先に力を込めてみる。まだ動く。呼吸も苦しいけど、乱れてはいない。
「ふうっ……。Q次郎、あともう少しいこう……あれ?」
「まっ、待て、相棒……」
Q次郎は、なぜだか四つん這いの汗だくになっていた。
「どうなってンだよ、マナイタ……! 薫の魔力を吸ったハズだろ……? なんで、俺も吸われてンだ……!」
「えー? だってアチキの【魔力吸収】って、魔法だものぉ」
キョトンとするマナイーター。
「アチキは、ご主人様に喚ばれた僕よぉ? 魔力を吸うのに、アチキ自身の魔力を使ってどうするのよぉ」
「な、なんつう神経してんだ、テメェ……!」
「はぁ~あ。アチキだって、早く大きな体を維持したいのよぉ」
んー、精霊は主に似るのかも。
「うふふ。大丈夫よ〜、滑川く~ん?」
聖女モードの猪尾さんが、指揮棒をちょんとQに当てた。
「は~い、【魔力譲渡】〜」
「おお……。お前の胡散臭ぇ笑顔が、初めて天使に見えたぜ……」
「うふふ」
猪尾さんは、変わらず笑顔だった。
「さっ、滑川く~ん? 回復したから、菊知くんの魔力消費につきあってあげて~?」
「え」
「あぁ、私は間に合ってるから、お構いなく~。【魔力譲渡】で、いくらでも調節できるものね~」
「――大悪魔じゃねえか、テメェ」
◆ ◆ ◆
その日の午後。
「ふぅ〜、ようやく悪魔から解放されたぜ」
「あはは……」
特訓を終えた僕とQ次郎は、組合長のウニッコさんと、射撃練習のできる部屋へ来ていた。
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218 荒野の町
・10回連続で10点を取る
・100回連続で10点を取る
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どちらも、兄貴と来たときに達成済みだ。
「薫クン。今日はワタシにも、少し教えてもらえるかしら?」
「えっ、僕がですか?」
ウニッコさんを見た。
身長は僕より少し上で、体重は58kg。
なめらかな黄色い肌をした爬虫人の女性で、紫のSSランクだ。
昔、マンションの呪いを受けて、今の姿になったらしい。
ミツオさんのあとを継いだ、現組合長さんである。
「丈一クンから聞いていたのよ。昔から、動く相手を狙う練習をさせていたそうね」
「あー……はい。5円玉振り子とかで、かなりやりました」
「813でも見せてもらったわ。【強大防御】を、動き回る丈一クンへ当て続けていたでしょう?」
長い尻尾が、ゆったりと揺れる。
「だから、一度ちゃんと教わってみたかったの」
「僕でよければ、もちろんです」
「ありがとう。楽しみにしていたのよ」
――現役の組合長さんに教えるのかあ。
ちょっと緊張するなか、西部劇みたいな町並みを歩いていった。
酒場に馬の水飲み場。道を転がる枯れ草の塊。
建物の窓や手すりには、空き缶がズラリと並べられている。
「さあさあ! オレ様の射撃場へようこそ!」
樽の陰から、テンガロンハットを被った子供精霊が飛び出してきた。
丸っこい緑の体に、全身から突き出したトゲ。
「あれ、アガベ?」
「ゲゲッ! お前らなんで!?」
「へっ。なんだよサボテン、ここにもいたのか」
Q次郎を見るや、アガベは帽子を押さえて後ずさった。
「おい、デカブツ! お前は出禁だろ!?」
「カジノはな。だが、ここは違ぇよ」
「ぐっ……!」
僕の胸ポケットから、ナックラヴィーが顔を出した。
「わっはははー! サボテン、またあそぶかー?」
「水は使わないからな!」
よっぽど悔しかったらしい。
「薫クン。お知り合い?」
「ええ、ちょっとカジノで……」
たしかにこの部屋って、サボテンの精霊が相手してたけどさ。アガベは初めてだね。
「オレ様は射撃も得意なんだ! 見てろよ〜!?」
アガベは空き缶を放り上げ、片手を向けた。
指先から飛んだ針が、回転する缶の中央を鋭く弾く。
カァンッ!
ホログラムに、大きく『10』と表示された。
「ど真ん中なら10点! 端っこほど点が下がるぞ。どうだ、やってみるか?」
「そうねえ……。出てきて、【勿忘草】」
黄色い爬虫人の指先に紫の光がともったのち、小さな精霊が現れる。
「まずは、薫クンにお願いするわ」
「はい」
缶が投げ上げられるけど、僕はその動きを追わなかった。
上がりきる予定の場所へ、先に指を向ける。
「【アイシクルアロー】」
キンッ!
『10』
「へっ、これが相棒だな」
「薫クン。今、缶を追わなかったわね?」
ウニッコさんは、僕の指先を見ていた。
「それは、なぜ?」
「上昇から下降へと反転する場所で待ちました。そこなら一瞬、動きが止まるので」
「なるほど……。丈一クンが言っていたのは、これね」
「――兄貴が?」
「ええ。動くものを追うんじゃなくて、当てやすい場所を先に見つけて、そこへ来るのを待つって」
「そうでしたか……。はい。あとは、呪文が届くまでのタイムラグ分だけ、少し早めに撃ちます」
アガベは空き缶をつかむと、今度は横へ大きく放り投げた。
「次からは、投げ方も変えるからな!」
「ありがとう、アガベ。――じゃあお次はウニッコさん。あの窓の前です」
僕が指差すと、ウニッコさんはそこへ狙いを定めた。
缶が窓の前を横切る寸前、紫の光が弾ける。
キィンッ!
『10』
「出来たわ」
「すごい。もうですか」
「ふふ。SSですもの。このくらいはね」
ウニッコさんは、満足そうにうなずいた。
「今日、ワタシが来たのはね。この練習法を冒険者みんなに見せたかったからなの」
「僕との練習をですか?」
「ええ。『薫クンだから出来る』で終わったら、参考にならないでしょう?」
ウニッコさんはアガベの方を振り向いた。
「もう一度お願い」
「お、おう!」
空き缶が横へ飛ぶ。
今度は最初から窓の前へ指を向けていたウニッコさんが、紫の光を放った。
カァンッ!
『10』
※:追いエイムじゃないんですね
※:待ち伏せ射撃ですか
※:これなら練習できそう
※:ウニさんが実演してるの強いな
ウニッコさんが、浮かんだコメントを見て笑った。
「ほら。ちゃんと伝わったみたいね」
「……嬉しいです」
「ふふ。なら、教わった甲斐があったわ」
兄貴に言われて、ずっと続けてきた練習。
それを現役の組合長さんが、自分で試して、みんなへと伝えてくれていた。
◆ ◆ ◆
帰還した僕らは、ウニッコさんが見守るなか、再び魔力欠乏の特訓をした。
「アチキが大きくなるのよぉ」
マナイーターは、練習を終えた僕へと、嬉しそうに手を伸ばす。
ほどなく、Q次郎も椅子の上でぐったりし始めた。
「大丈夫、Qクン?」
ウニッコさんが顔をのぞき込むと、Q次郎は首をプルプルと横に振った。
「うぅ……、ダメです……。俺ってば、いたいけな少女に何度も何度も吸われて……。もう、お婿に行けない……」
「まだ余裕あるわね」
ウニッコさんの黄色い手が、Q次郎の肩へ置かれた。
紫の光が弾けると、Q次郎がヨロヨロと起き上がる。
「はい、Qクン。【魔力譲渡】よ。これでまだ続けられるわね?」
「え……?」
「アチキのご主人、また元気になったのねぇ!」
マナイーターが満面の笑みを浮かべた。
「アチキ、薫の魔力をいっぱい吸うのよぉ!」
「ありがとうございます、ウニッコさん。じゃあQ次郎、もう少し」
「お、おい相棒……!」
Q次郎は、自分の肩に置かれた黄色い手を恨みがましく見た。
「なんつう……人でなし……」
「そうねえ。ワタシは爬虫人だから」
ウニッコさんは、にこりと笑った。
「聖女ちゃんからも、甘やかさないよう頼まれてたわ」
「アフターケアばっちりだなあの女!」




