21部屋目 カジノで独り言
代々木のマンション前から配信を始めていた僕ら4人は、エレベーターへ乗り込んだ。
「あ、薫くん?」
慎二くんは【水晶球】を指差した。
「カジノ内では、コメントを出さないからね」
「なんで?」
「通し対策。外から答え教えられたら、賭けにならないでしょ」
「あー」
「悪いことすると、出禁になっちゃうから気をつけてね」
「へっ、慎ちゃんよぉ。そんな間抜けなヤツはいねえぜ」
「フン! そうだな、ナメクジぐらいだろう」
そんな話をしているうちに、目的地の“154:カジノ”へと到着した。
僕は、煌びやかな内装をぐるりと見回す。
「うわあ……」
金色の照明に赤い絨毯。
いくつものゲーム台にいるのは、人間じゃなく、子供サイズの精霊たちだ。
コインや宝石を積み上げて、思い思いに賭け事へと興じている。
「で、薫くん。持ってきた?」
「あっ、うん」
鞄から、百々目鬼のオーブを取り出して渡す。
「はい、慎二くん」
「ありがとう。これは8階産だから、かなり高く買ってくれると思うよ」
慎二くんは、受付にいる大人の女性精霊――胸のネームプレートには「ルミノ」とある――の前へ、オーブを置いた。
「これで遊びたいんだ」
「かしこまりました」
オーブが回収される。
代わりに出てきたのは、袋いっぱいの黄金色の宝石だった。
「幸運を」
「ありがとう」
慎二くんが、その1粒をつまむ。
「これが元手だよ。大袋1つで、100粒だね」
「なるほど。じゃあ、これを増やして……」
「そう。欲しい景品と交換すればいい」
スッと受付奥の棚を指差す。その中には、紫色のオーブがあった。
「ここは不思議な所でね。その人がクリアした部屋で得られるものしか、景品に出てこないんだ」
「――うん、あった。マナイーターのオーブ」
その隣には、小さな座布団だけが置かれていた。
札には、『ナックラヴィーのオーブ 30000粒・在庫切れ』とある。
「あのときも、在庫切れだったんだよね」
「そう。景品カウントHPによると、ナックラヴィーは一度も入ってないってさ」
僕は、マナイーターのオーブへと目を戻した。こちらに必要な宝石は300粒。頑張れば手の届く範囲だ。
「よっしゃ! そんじゃあ増やすか!」
「なんでQ次郎が一番やる気なの?」
「カジノ来て勝負しねえ奴がいるかよ!」
「目的を忘れないでね?」
◆ ◆ ◆
と、意気込んではみたものの。
「また負けた……」
「薫くん。カジノってそういうものだよ」
「慎二くんは慣れてるね?」
「負けることにはね」
慎二くんの流し目から、そっと目を逸らす。
逸らした先には兵藤くんがいた。
「オイ、また外れだと?」
熱くなっているようで、卓についた子供精霊を睨みつける。
「貴様。本当に当たりは入っているんだろうな?」
「も、もちろんです」
「さっきから負け続けだぞ。まさか、客を舐めてるのか?」
兵藤くんの足元から、ぞわりと黒い影が伸びた。
「ちょっと、兵藤くん!? 魔法は……!」
「フン! 甘いな、弟よ。舐めた輩を少し脅しつけるだけだ」
ぽん。
「――あ?」
いつの間にか。
受付のルミノさんが、兵藤くんの肩へ手を置いていた。
「あなた、出禁です」
「はぁ?」
パァンッ!
全身が、黒い粒になって弾け飛ぶ。
「兵藤くーん!?」
一瞬で、跡形もなく消えた。
「い、今、どこに行ったの!?」
「霊界です」
ルミノさんは笑顔のまま答えた。
「このカジノにそぐわない方は、強制退場。以後、当カジノへの入場も禁止です」
「うわ、本当に出禁なんだ……」
たしかに、出禁を言い渡しても、そのまま居座られたら厄介だけどさ……。霊界行きまでセットなんだ。
「へっへへ。ヒョードルの奴、やっちまいやがったなあ」
Q次郎は心底楽しげに笑っている。
「Qも絶対、変なことしないでよ?」
「俺をなんだと思ってんだ」
「――Q次郎」
「おい」
まったく……。カジノって、クリア条件こそ簡単だけど、出禁はマズイからね?
「まあまあ、薫くん」
慎二くんはフロア中央へと顔を向けた。
「……Qくんなら、ああいうの得意そうだけどねえ」
「え?」
「ほら、あれ」
慎二くんが指差した、大きなテーブル台。そこには、子供精霊が見守るなか、テンガロンハットを被ったカウボーイ風の子供精霊がいた。
丸っこい緑の体に、全身から突き出したトゲ。
「――サボテン?」
「アガベだね。名物ギャンブラーだ」
今、テーブルの帽子になみなみと注がれた水へ、対戦相手の子供精霊が、プルプルと宝石を入れようとしている。
「ちょびっとだけ、そーっと……」
ぽちゃん。
宝石が入った。
一瞬、耐えられるかと思ったが、些細な波でも限界を超えてしまったらしい。タラーッと溢れてしまう。ワアッと歓声が上がり、こぼした子は台に突っ伏した。
「とほほ……。みんな、じゃあね〜」
全ての宝石を没収されたその子は、弱々しく手を振って、どこかへ歩いていく。
「慎二くん。あっちには何が?」
「隣部屋の鉱山と繋がってて、掘りに行くんだよ」
「うわあ……」
「へっ。ヤな人間界の縮図だな」
Q次郎は、勝ち誇るサボテンのいる中央テーブルへと歩いていった。
「さあさあ! このアガベ様と戦う者はいないか〜? 勝てば4倍、負ければゼロだぞー!?」
「ほほーお。なら、俺がやるぜ」
Q次郎はドッカリと椅子に腰を下ろした。
「グラスとコインの亜種だろ? スゲー分かりやすさだ」
「おっと、初めての方だね? それなら、ゴージャスな奴にするよ」
アガベが手を叩くと、フロアスタッフの子供精霊がいそいそと王冠型の豪華な器を設置した。別の子が水差しも持ってきて、器に水を全部注ぐ。
「一応、ルールの説明だよ。今から、交互に宝石を入れていくのさ」
アガベが出した袋からは、大粒の宝石がたくさん出てきた。
「で、水をこぼした方が負け。簡単だろ?」
「なるほど。だがよお、それだと入れる順番で勝負決まってねえか? 1粒ずつならよお」
「もちろん、一度に入れるなら何粒でもいいよ。それを見極めるのがコツさ」
「ほほお……面白え」
Q次郎が振り向いた。
「薫、有り金全部出せ」
「えー? Q次郎、ホントに勝てるの?」
「チマチマやってて稼げるわけねーだろ。男なら一発逆転! これよ」
僕はため息を吐きつつ、Q次郎に全ての宝石を託した。
慎二くんが肩をぽんぽんと叩く。
「ヒモに貢ぐ、健気な夜職」
「慎二くん……ぼそっと言うのやめて」
まあ、出禁のやらかしは怖いけどさ。何か思いついたときのQ次郎は、いつもこんな感じだ。
「よっしゃ、賭けるぜ」
どさりと宝石袋を台に乗せたQ次郎は、その中から宝石を2粒つまんだ。
「俺からでいいか。一度に入れるならいいんだろ?」
「どうぞ。一度にならね」
Q次郎は、両手に1つずつ宝石を持ち、水面へと触れさせた。そっと指を離し、2粒が水へ沈む。
ゆら……ゆらぁ……。
波を起こした王冠の水面が、じわりと持ち上がった。
「おぉーし、入れたぜ」
「ふふふ……。じゃあオレ様は、こうだ!」
アガベが両手を広げる。
その手には――6粒!
周りの子どもたちも一気にザワつく。
「おう、アガベ。いっぺんにだぞ? ちょいとでも溢れたらアウトだからな?」
「静かにしろ、デカブツ。慎重に……そおっと、沈めていくんだ……」
アガベは、宝石を持った両手を、ゆっくりと王冠の上へ運び、しばらくじっとしていた。何をしているのかと思ったら、手のひらから細かな針が無数に伸び、宝石が上手いこと間に引っ掛かるようにしている。
「おい、アガベ。それイカサマじゃねえのか?」
「何を言う。これはオレ様の特技だ! やれるならやっていいぞ!」
「出来ねえよ」
6粒の宝石を引っ掛けたアガベは、両手をゆっくりとひっくり返した。
「ふひゅ〜……。そおっと、そおっと……」
宝石が水面へ触れる。
そこからアガベは、全ての針をゆるゆると縮めていった。
「ここは……慎重に……」
ほとんど波を立てず、6粒すべてを水中へ沈めてしまう。
ぶわあっ……と、水面が王冠の縁より高く盛り上がった。
今にも流れ落ちそうなのに、表面張力でギリギリ耐えている。
「うふ、ふふふ……」
アガベが、不敵に笑った。
「さあっ! オレ様は入れたぞ!?」
Q次郎を指差す。
「デカブツ、お前の番だ! 早く入れろ! そして盛大にこぼすがいい!」
「まだ決まってねえだろ」
「いいや……。決まってるのさ」
「――ほーお?」
Q次郎は王冠を見たのち、胸へ手を当てた。
「やれやれ。ここはもう、薫のためにも、水をこぼさず入れるしかねえよなあ。勝ったら、薫はメッチャ喜ぶぜー」
「デカブツめ……、何をブツクサ言っている!」
アガベが両手を叩く。
「は、や、く! は、や、く!」
「うるせぇな。おいスタッフ、これは出禁じゃねえのかよ」
「いいから入れろー!」
「へいへい」
半笑いだったQ次郎の顔が、やにわに真剣になった。
宝石を1粒つまみ、王冠へ近づける。
水面へ、ほんの少し触れた瞬間、スゥッと指を離した。
「ふふふ……」
アガベが堪え切れないかのように笑い出す。
「ふふっ、ははははは! これで終わりだ、デカブツ! 水が溢れて――!」
ゆら……ゆらぁ……。
「……あれ?」
宝石は沈み、水面はさらに大きく盛り上がった。
けれど、一滴も落ちない。
Q次郎が、ふぅーっと長く息を吐いた。
「いやあ、表面張力ってスゲーな」
額をぬぐってみせる。
「落ちそうで落ちねえ。ギリギリで頑張ってるぜ」
「そ、そんな馬鹿な!!」
アガベが王冠を指差した。
「だって、お前が2個! オレ様が6個! 今の1個が9個目だろ!? もう、絶対こぼれるはずなんだ!」
「ほーお? アガベ、てめぇ……。やっぱり何個で溢れるか知ってたな」
「うっ」
「ほれ、次はお前の番だぜ?」
「ぐ、ぐぐぐ……」
アガベの顔が引きつるなか、Q次郎は両手を叩いた。
「は、や、く! は、や、く!」
「く、くそぉ……!」
さっきまでの仕返しに煽られ、アガベは泣きそうな顔で宝石を1粒つまんだ。
「なんでだ……。絶対、9個だったのに……」
水分を絞り出したかのようにゲッソリとしたサボテンのアガベ。
そおっと、そおっと、水面へ宝石を乗せるや。
だばああああっ!
「ああああああああっ!?」
王冠から水が盛大に溢れた。
「ハッハー! 勝ったぞオラオラー!」
「勝ったぞー、あるじー!」
――へ?
見ると、Q次郎の胸ポケットから、青い顔がひょこっと出てきた。
「わっははー! 見たか、あるじー!?」
「ええっと……ナックラヴィー?」
「どーだ! わがはいのジツリョク、すごいだろー!」
僕は、自慢げなナックラヴィーの登場に目を丸くしたのち、水の溢れた王冠へと視線を移した。
――あっ!
「ま、まさか、あの『表面張力』は……!」
「えっへん!」
「Q次郎! ナックラヴィーに何か頼んだ!?」
「うんにゃ。ただ俺は、『こぼさなかったら、薫がメッチャ喜ぶだろうなー』って、独り言を言っただけだぜ?」
うーわー……。
青の上級精霊、ナックラヴィー。表面張力をもう少し頑張らせるぐらい、朝飯前だろう。
「ぐぅっ、ぐぬぬぬぬ……!」
アガベは涙目で震えていたが、勝負は勝負らしい。大量の宝石が払い出された。
「よっしゃ、薫! 良かったな、これでオーブが取れるぞ。俺様の手腕を見たか!」
ぽん。
「あん?」
Q次郎が振り返る。
そこには、ルミノさんが立っていた。
「あなた、出禁です」
「オイ、待」
パァンッ!
Qが紫の粒になって弾け飛ぶ。
「Q次郎!?」
宝石だけがその場に残り、ナックラヴィーはぴょんと僕の頭に飛び乗った。
僕と慎二くんは、Qが消えた場所を見つめる。
「対戦者以外の精霊による、ゲームへの干渉を確認しました」
ルミノさんは、何事もなかったように告げる。
「彼は以後、当カジノへの入場が禁止となります」
「やっぱりダメだったんじゃん!」
「なお、勝負そのものは成立しております」
「あ、そこは成立するんだ……」
「はい」
ルミノさんは、残された宝石を回収すると、そのまま受付へ案内してくれた。
「慎二様のお連れの方。ご希望の景品はございますか?」
「あ、えっと……マナイーターのオーブをお願いします」
「かしこまりました」
宝石の数を確認し、透明なケースから紫色のオーブを取り出す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
――まあ、なんとか目的は達成か。
僕は両手でオーブを受け取った。
「わっははー! このオーブは、あるじのだからなー!? みんな、たべちゃダメだぞー!」
うーん、言葉の重みがすごい。
慎二くんもニッコリほほえんだ。
「良かったね、薫くん」
「うん。――ん?」
『……Qくんなら、ああいうの得意そうだけどねえ』
ふと、さっきの独り言が頭をよぎる。
「慎二くん」
「なに?」
「Q次郎は、ルールの穴を探すのが得意って知ってたよね」
「知ってたね」
「Q次郎が勝ったから、僕はオーブを手に入れた」
「うん」
「だけど、Qは出禁になった」
「そうだね」
慎二くんが、にこっと笑った。
「また来るときは、ボクが案内するよ」
「うわあ……」
「どうしたの、薫くん?」
「うわあ……」
「なんで2回言ったのかな」




