20部屋目 元カレはギャンブラー
翌日の昼休み。
「薫くん。これが昨日のボクらだよ」
「う、うん」
僕は、なぜか伊藤慎二くんと並んで、スマホの配信画面を視聴していた。
制服の胸ポケットからは、ナックラヴィーも青い顔だけ出して画面を覗いている。
「薫くん、その子ずっと出してるんだ?」
「ん。召喚を維持してるだけでも魔力を使うからね。少しでも鍛えておこうと思って」
「わっははー! わがはい、しゅぎょうちゅうだぞー!」
「胸ポケットに入ってるダケだけどね」
「しゅぎょうだぞー!」
「あはは……、普段は静かにね」
「りょ、りょーかいだぞぉ」
映っているのは“711:4つの箱”の攻略風景だった。
サファリルックの幼女兄貴だけ手ぶらで、兵藤くんと慎二くん、そしてミツオさんと桐山さんが、それぞれ1個ずつ大きな箱を運んでいる。途中で箱を置いてしまうと始めからのようで、他のパーティーは悪魔の妨害に手こずっていた。
――と、兵藤くんの【シャドウ】が倒される。
『ジョニーさん! 右から来ます!』
『うむ、ワシの出番だな』
虚空から現れた犬顔の悪魔――カニャッツォが襲い掛かってきた瞬間、幼女兄貴は巧みに懐をかいくぐり、両手で犬耳を掴む。
『大地球・頭突きィ!』
ズガアアァァン!
体重を乗せ、カニャッツォに脳天逆落としを決める。犬悪魔は舌を出して消滅していくが、兄貴は首をコキコキさせていた。
『ふぅむ。今のワシの姿だと、接近戦が弱いな』
――うわぁ。
「薫くんのお兄さん、これで弱いの? 幼女でも強すぎるんだけど」
「中身はSSSだからねえ」
僕は苦笑した。
「7階の悪魔も、地獄部屋の外ならフツーに倒せるみたい」
「マレブランケか。758が本拠地の連中だねえ」
「うん」
「まあ、ジョニーさん相手じゃ、こうもなるか」
画面では、長い牙を持つ猪顔の悪魔――チリアットが兵藤くんへと襲い掛かる。
『フゴッフゴッ! 死ねぇい!』
すかさず、横から銀の球体がカットインしてきた。
ガツッ!
『フゴォッ!?』
チリアットの頭へ直撃させ、地面に手をつかせる。
さらに、跳ね返った球が近くに現れた真っ赤な悪魔――ルビカンテの足元をさらった。
『う、うおっ?』
赤悪魔も転倒する。
ミツオさんは、その横を通り過ぎざま、二体を軽く蹴った。
『【磁石】』
ガキイイィンッ!
『フ、フゴォ……!』
『うお、おっ』
チリアットとルビカンテの体が、勢いよく引っ付く。
接触が必要とはいえ、【磁石】は強力だ。
『今だよ』
『ありがとうございます!』
兵藤くんは再び【シャドウ】を出すや、攻撃力を高めたのち、悪魔2体を瞬く間に倒していた。
「ふうん……。やっぱり上手いね、ミツオさん」
「うん」
「薫くんは、前衛のミッチーを見たがってたけどさ。後衛と比べて、どっちが強いの?」
「イヤなこと聞くなあ」
「どっち?」
「――後衛」
「だよねえ。前衛の動きなら、ボクも似たようなことはできるもの。まあ、流石にあの【リターンウェポン】の精度は無理だけど」
「銀でSSだもんね」
「……」
慎二くんは画面を見たまま黙った。
「慎二くん?」
「ああ……、今日のジョニーさんは?」
「743。次々湧いてくるマレブランケと、陣地を取り合う部屋」
「ふうん」
「千桜さんと猪尾さんも行ったし、ジニーも事故防止でついてるよ」
「そっか」
また動画を見る。
無事に運び終えて、“次の部屋は713”というクリア時の案内に、5人が喜んでいた頃。
「薫くん」
「ん?」
「最近さあ……。なんでボクと、一緒に昇ってくれなくなったのかなあって」
「あはは……」
来た。
めちゃくちゃ来そうな気はしていた。
「ええっと、別に慎二くんを避けてるわけじゃないよ?」
「ふーん……。親友のボクを捨てて、ミツオさんを取るんだねえ」
「人聞き悪いなあ」
「いいよ。ボクはキミ以外の人と昇るから」
「それは普通に昇ってよ」
「銀SSの人と、仲良くすればいいんじゃない?」
「やっぱミツオさんを意識してるじゃん」
「誰が?」
「慎二くんが」
ようやく彼はこっちを見た。
「薫くんはさぁ、だって仕方ないよ。ボクは銀Aだもの。同じ銀なら、SSを選ぶでしょ」
「いや、状況によるって」
「そうかなあ。ボクに用事がある人って、みんなカジノのことばっかり。なら、それ以外でお呼ばれしたら、ボクも認められたって思えるかもしれない」
うぐっ……。
絶対分かってるよね、僕がここへ来た理由。
「それで」
慎二くんは、わざとらしく小首を傾げた。
「今日は何の用かな? 薫くん」
僕は観念した。
「カジノへの案内を頼みに」
「ほーらね」
「ごめんって」
「親友を都合のいい男として使うんだ」
「言い方」
「昨日は柳先輩。最近はミツオさん。そして今日はボク」
「人聞きがどんどん悪くなってる!」
「あぁ、天然の人誑し……。薫くんは、魔性の男の娘だねえ」
「やめてよ!」
クスクス笑った慎二くんは、僕の肩をぽんぽんと叩いた。
「――それで」
「ん?」
「行きたいんでしょ、カジノ」
「あ……うん」
「目的は?」
「マナイーターのオーブが欲しい」
「なるほどね」
慎二くんは顎へ手を当てた。
その顔から、さっきまでの拗ねた雰囲気が消える。
「種銭は考えてる?」
「百々目鬼のオーブが、813だけあの強さって解析されたから、それを換金しようと思う。でも、カジノの仕組みには詳しくなくて」
「だからボクか」
慎二くんは、わざと大きくため息をついた。
「しょうがないなあ…….。行くよ」
「ありがとう」
「いえいえ」
部屋を出ると、Qが壁にもたれて待っていた。
「へっ、話し合いは終わったか、元カレさんよ?」
「そうだね、快く引き受けることにしたよ。今カレさん」
え、待って待って。
「あのさあ。なんでその呼び方? 妙にケンがあるし」
「へっへへ……。さあ、なんでだろうなあ?」
「そうだねえ。ま、別に間違ってないんじゃない?」
「慎二くんまで!」
この二人ってば、なんで相性が悪いんだ。
「おう、そうだ薫。あとでヒョードルも合流するぜ」
「兵藤くんも?」
「うん、そうだよ薫くん」
慎二くんもうなずいた。
「人数のいた方が都合もいいからね。――それより、薫くんさあ」
「なに?」
「カジノに、その格好で行くの?」
制服姿の僕を上から下まで見る。
「え、ダメ?」
「ダメじゃあないけど……、折角だしねえ」
「へっ。正装ってやつか?」
「そうそう。燕尾服なんかいいんじゃない?」
「ほーお、いいじゃねえか。俺もそれでいくぜ」
「ヒョードルくんにも着てもらおうか」
え、え?
「ちょっと待って。今度はなんで、仲良くなってるの?」
2人は顔を見合わせたのち、僕を見て悪い顔で笑った。
「薫くん」
「なに?」
慎二くんは、僕にスマホの裏面を見せたまま振ってみせる。
「君には、こんな格好がいいかなあって」
「だな。薫に似合いそうだぜ」
「――いま、何を見せたの?」
「ふふっ……。着るまでのお楽しみ」
絶対イヤなやつだよね、それ。
◆ ◆ ◆
そして、放課後。
僕は配信画面に映った姿を見て、言葉を失っていた。
青いロングヘアに黒いバニー耳。
蝶ネクタイのある胸元は、ご丁寧に詰め物までされている。
「あのさあ……なんで僕だけバニースーツなの?」
「へっ、似合ってるぜ、薫子様」
「うんうん。――あ、薫くん? ボクはバニーコートって呼び方が好きだから」
「知らないよ!?」
※:薫子様ァ!!
※:オレたちの男の娘が帰ってきたwww
※:元カレと今カレ、ろくなことしねえで草(だがアリガトウ
そのとき。
「フン。俺にもドレスコードを要求するとはな」
燕尾服姿の兵藤くんがやってきた。
「おい、伊藤。711のクリアは良かったが、また手配で大忙しなんだぞ? お前も手伝えよ」
「いえいえ、リーダー。ボクは伊藤慎二。リーダーを差し置いて出しゃばりません。慎み深い二番手と書いて慎二ですから」
「二番手なら補佐しろよ」
苛立たしげにオールバックの頭をかいた兵藤くんは、辺りを見回した。
「おい、ナメクジ。弟はどこだ」
「はあ? 俺に弟はいねえな」
「ジョニーさんの弟だよ! 分かれよ!」
「あの……兵藤くん」
「ハァ?」
振り返った兵藤くんが、僕を見る。
ウサギ耳と、そして詰め込まれた胸元を。
「お、お……」
みるみるうちに顔が真っ赤になった。
「お前、なんだそのハレンチな格好は!?」
「僕も好きで着たわけじゃないよ」
けれども、激しく狼狽える兵藤くんを見ていると、ちょっとだけ面白くなってきた。
「兵藤くん」
「な、なんだ!」
少し首を傾げる。
「似合う?」
「――っ!?」
※:やめたれ薫子様w
※:せんせー、ピュアなヒヨドリちゃんが茹で上がってまーす!
※:敵を56すのは得意なデコペチも、感情を56すのは苦手やから……(震え声
「クスッ……。兵藤くん、かわいい」
「はあっ!? だ、誰がだ!」
思わず笑ってしまった。
横では、慎二くんとQ次郎がヒソヒソ話をしている。
「薫くんってば、あれで結構ノリノリなんだよねえ」
「ああ。覚悟を決めると強ぇんだ」
「聞こえてるよ、2人ともー」
元カレと今カレ。
この2人、絶対に組ませちゃダメなやつだ。




