19部屋目 魔力を食らうもの
昼過ぎ。
「柳先輩、先日はどうも」
「やあ、薫くん。世界最高ルームを開けた英雄様から、直々のご指名とは嬉しいね」
「いやあ……あれは、僕よりも兄貴が」
「ふふふ。その謙遜も、動画を見たあとでは通じないよ」
「あはは……」
アンダーリムのメガネを押し上げる柳先輩に、照れ笑いで返した。
僕らがエレベーターに乗ってやってきたのは、猛毒の沼地を擁する部屋である。
――――――――――――――――――――
651 魔力を食らうもの
・マナイーター30体をアストラルに送る
――――――――――――――――――――
「うへぇ〜……ヤバそうな沼ね~」
千桜さんが顔をしかめた。
エレベーターの外に広がっているのは、紫色に濁った沼地である。
「ん〜む、ゴポゴポ言うとるのお」
今日はジニーがスマホ係だ。映し出された水面からは、いかにも体に悪そうな煙が漂っている。
※:おお、むごいむごい
※:パープルなヘイズやでー(対策ナシやと4ぬ
柳先輩が、葉っぱをまとった妖精型の精霊をなでた。
「薫くん。ここを最初に訪れたパーティーは、【蕺】がいなかったんだ」
「危うく、毒で全滅の危機だったんでしたよね」
「うん。ただの毒沼ならセーフと侮っていたら、猛毒でね。1人以外はみな霊界へ行ったのさ」
基本チェックの大事さを教えてくれた事故だった。
「今日は、【蕺】が2体で万全だ。――聖女さん、お願いするよ」
「わかりました。【蕺】ちゃん、出てきて」
指揮棒の先に白い光を集めた猪尾さんも、同種の精霊を喚び出す。
「んーむ、同じ精霊が2人か」
「ええ、ジニーちゃん。色は違っても、やることは同じね。2体がかりで毒を抑えるわ」
「くふ。頼もしいの」
※:《毒軽減》、さらに倍!
※:これで毒はバイバイやなって
※:↑言いたいことは言えたか? じゃあのノシ
僕は、大きく息を吸った。
「猪尾さんと柳先輩のおかげで、大丈夫そうですね」
「ああ。ただし、毒を完全に消したわけじゃない。長居は禁物だよ」
「了解です」
僕らは沼地へと踏み出した。しばらく行った先の沼から、薄紫の人影がゆらりと立ち上がる。
「オホホ、出たわね~?」
人間に似ているけど、顔には目も鼻もない。
そんな女性型マネキンのようなマナイーターが、1体、また1体。
「えぇっと、10体以上いるね」
「オーホホホ! ならば、大チャンス! 一気に吹き飛ばすわよ~!」
「千桜さん、待っ……」
「【火球】!」
ドウンッ!
巨大な炎が直撃し、群れていたマナイーターが次々と光の粒子に変わった。
「オーッホッホッホ! まずは団体さんを撃破よ〜!」
――ざばぁっ!
「ふぇっ?」
※:おいおいおい
※:4んだわ悪役令嬢
ざばっ、ざばぁっ!
ざばざばざばざばっ!
「――あ、あら?」
沼のあちこちから、一斉にマナイーターが顔を出す。
その全員が、ぐるんと千桜さんを向いた。
「ヒェッ……。ちょ、ちょっとー!?」
千桜さんは、あてどもなく走り始めた。
マナイーターも追い縋る。
ずざざざざざっ!!
「ぎゃー、速い!? やめてやめてやめて!」
※:飛んで火に入るヘッポコ令嬢
※:マナイーター「エサやー」
※:どうして悪役令嬢はポンコツになってしまうのか、コレガワカラナイ
「シィポン、あなたねぇ……」
マナイーターに捕まった千桜さんに、猪尾さんが冷めた視線を向けた。
「大きな魔力を使ったら、襲われるに決まってるじゃない」
「反省するからー! たす、助け、助けて……ふにゃぁぁぁぁ……」
みるみる千桜さんの顔から生気が消えていった。
マナイーターに魔力を吸われるだけなら、しんどいだけで済む。
怖いのは、動けなくなったまま毒に削られることだ。
※:マナイタの下の汐音で草
※:これは魔力欠乏キマってますわ
※:しおしお〜ん
「はぁ……シィポンったら。ほれぼれするほどのハマりっぷりね」
「んーむ、見事に吸われとるのお」
「感心してる場合じゃないよ、2人とも」
なんとか助けないと。だけど、その助け方が難しい。
「ええ、そうね……。私が【天罰】を使えば、シィポンの周りは蹴散らせるけど」
猪尾さんが指揮棒を構えたまま止まる。
「今度は、私に全部集まるのよね。――正直、イヤ」
「あはは……」
※:クーニャン、カメラ回ってるでw
※:今日は聖女モードじゃないからセーフ
強い魔力に惹かれるのがマナイーターだ。
倒すために大技を使えば、当然、その大技を使った本人へと集まってしまう。
「ふふふ。では、私に任せてもらおうか」
柳先輩が指先を緑に光らせるや、全身に深緑のツタをまとった女性型の精霊が現れた。
「頼んだよ、【蔦】」
一礼したアイビーは、しずしずとマナイーターの群れに近付いていった。
※:パイセンの、ちょっといいトコ見てみたい!
※:搦め手の緑キタ!
※:やっぱツタ伸ばしてるんやなって
見ると、元いた場所には、アイビーの体から伸びたツタがあった。柳先輩がそのツタをそっと握ると、緩やかに膨れ上がる。
「踊ってみせてくれ、アイビー」
すると、千桜さんに群がっていたマナイーターの一体に向かって、アイビーが腕を一振り。
バシーン!
軽やかにマナイーターが吹っ飛んだ。
※:葬らん!
※:おーっ、次々ぶっ飛ばしてる
※:令嬢まで飛ばさんようにねw
千桜さんは、地面を這いながらよろよろと手を振り、親指を立ててみせた。あの分なら、少し休めば回復するだろう。
「でも、柳先輩。失礼ですけど、アイビーってあんなに強くなかったハズじゃ……」
「ふふふ。今も、少しずつ魔力を供給しているからね」
柳先輩が、握っているツタを僕らに見せた。
「魔力譲渡は接触が条件だ。すなわち、私の精霊がツタを伸ばせばいいのさ」
柳先輩は、一気に魔力を流さない。
ゆっくりとツタは収縮している。
「――あれ?」
柳先輩が流している魔力は、ずっと同じ量じゃない。
マナイーターが反応しかければ落とし、落ち着けば少し増やしている。
「柳先輩。もしかして……魔力を絞ってます?」
「さすが薫くん、よく分かったね。もっとも、君ほど上手くはいかないけれど」
「いえ、そんな……。それに、ランクを上げてから制御するのって、めちゃくちゃ大変って聞きましたよ」
「ふふっ、いいところを見せたかったのさ、後輩くんの前で」
柳先輩は、静かにツタを離した。
「さ、これで完成。あとは、マナイーターと彼女の舞踏会だね」
アイビーが魔力によってツタを広げると、人型の怪物たちが一斉に殺到した。
するとアイビーは、その場でクルリと回転。
ぶおんっ!
全身から伸びた何本ものツタが、鞭のようにしなる。
バシバシバシバシィッ!
円周上にいたマナイーターが、次々となぎ倒された。
「一ヶ所に集まってくれれば、まとめて叩ける」
※:パイセン、それ舞踏会ちゃう。武道会やw
※:仕上がった緑やっぱツエー
※:これは厄満メガネですわ
――すごい。敵の習性を、そのまま利用してる。
「菊知くん!」
猪尾さんの声に振り向く。
群れから外れた一体が、沼をかき分けて僕らへ迫っていた。
「マナイーターが!」
「ん、大丈夫。【アイシクルアロー】」
鋭い氷の矢が、狙い過たずマナイーターの核を撃ち抜いた。
※:当然のようにクリティカルw
※:こないだ真似したら、核に当たらんで4んだわ
※:↑成仏して、どうぞ
「やっぱり後輩くんの精度は違うね」
「魔力は少ないですから。無駄撃ちできないんですよ」
「ふふふ、流石」
その間にも、アイビーのツタが次々とマナイーターを薙ぎ倒していく。
そして30体目が粒子になって消失すると、空から眩しい光が降り注いだ。
※:クリアおめ!
※:次の部屋は652か
※:88888888
「アイビー、ありがとう」
蔦の精霊は、柳先輩へスカートの裾を摘まむような仕草で一礼すると、そのまま緑の光になってアストラルへと還っていった。
◆ ◆ ◆
無事に現実へと戻り、柳先輩にお礼を言って別れたのち。
「ねえ、菊知くん」
猪尾さんが少し真面目な顔になった。
「まさかとは思うけど。651で魔力欠乏を繰り返して、魔力を伸ばすつもり? それは反対するわ」
「クーニャンの言うとおりよ~!」
千桜さんがお手上げのポーズを取った。
「身をもって体験したから! あれメチャクチャきついわよ!?」
「うん。流石にマナイーター部屋で修行は厳しいと思うよ」
僕は手で否定した。
「狙いは別にあるんだ」
「ほえ。別?」
「ん。この部屋をクリアしたから、マナイーターのオーブがカジノの景品に並ぶんだよ」
猪尾さんが目を瞬いた。
「あ。もしかして……」
「そう」
僕は微笑んだ。
「カジノに行くつもり」
「じゃあ、元カレにでも頼むの?」
「ぶっ!?」
思いきりむせた。
「な、なんで元カレ!?」
「慎二くん。昔は一緒に潜ってたんでしょう?」
「親友だよ! 昔からの!」
「ふうん……。元親友ね」
「なんで関係まで終わらせるかなあ!?」
「くふっ。なるほどのお」
「ジニーまで納得しないで!」
もう、好き勝手言って……。
――まあ、カジノのことなら慎二くんが一番詳しいけどさ。
僕は小さく息を吐いた。
「連絡してみるよ、慎二くんに」




