2部屋目 水を当てると凶暴化する怪物を倒しにいく
帰るとき、事務のミツオさんに機材を返した。
「いやあ、薫くん。業界大手の課長さんにカミ技を使うなんて、心臓に毛が生えてるねえ」
「あはは……」
「ワイバーンも倒したそうだし、ジョニーくんも安心かな?」
フードを被った幼女兄貴は、僕の背中でスヤスヤ眠っている。
「かなり疲れてたんですね。手続きを色々してたって聞きました」
「うん。もし彼の休息中に何かあったら、力になるよ」
「お忙しい中、ありがとうございます」
◆ ◆ ◆
住宅街を歩くなか、背中でモゾモゾ動きがあった。
「んぅ……薫」
「あ、起きちゃった? もうじき家だからね」
「――大きくなったな」
「兄貴が小さくなったんだよ」
「ハハハ」
頭をよしよしと撫でられた。
「これはもう、精霊を教えるに足る人物となったな」
「え、本当?」
「ああ。すっかり立派になった」
「――ありがとう、兄貴」
お世辞でも嬉しかった。
ミツオさんたち数人だけが知る、ヒミツの精霊である。探索が順調なら、おくびにも出さなかったハズだ。
「それにしても僕、ビックリしちゃったよ。兄貴が再起不能って聞いたからさ」
「フム。リタイアは覚悟していたぞ」
「え?」
ドキリとした。
〈リタイア〉。
マンション探索を永久に諦める代わりに、受けた異常を解除して、入り口へと帰還する最後の手段だ。
今使えば、兄貴の幼女化も解けて、すぐに21歳の姿へと戻れる。普通に暮らす分には万々歳だ。
「だが、それでは親父とお袋を探せなくなる」
「兄貴……」
胸元を、小さな手がぽんぽんと叩いた。
「これからは、薫がメインだ。813まで頼んだぞ」
「うん」
僕はその手を優しく覆った。
「大丈夫だよ、兄貴。今はゆっくり休んでて」
「そうだな、しばし眠りに就くとしよう。――ああ、次に起きたときは仰天させるからな?」
「えー、精霊関係?」
「フフフ。では、目覚めるまで、頼むぞ……」
「まかせて」
今まで苦労をかけ通しだったもんね。出来うるかぎり肩代わりしなくっちゃ。
幼女兄貴は、すぐにカワイイ寝息を立て始めた。サプライズを自白しちゃうほどだし、よっぽど疲れてたらしい。
「――ん。女装で尻込みしてちゃダメだよね」
青い屋根の一軒家が近付いてきた。兄貴と2人暮らしの自宅である。
「何でもやるよ、僕」
(ほお)
突如、脳内に声が響いた。
(今、何でもやると言ったかのお?)
ん?
小さな女の子の声に、あたりを見回す。
(くふっ。ワシの美声も、話し手が変わると別人かのお)
「え」
(お主に、おんぶされとるんじゃが)
「――ま」
まさか!?
咄嗟に首を向けると。
(初めましてじゃな、丈一の弟や)
さっきまで兄貴だったハズの幼女は、瞳を紫にしてほほ笑んでいた。
(ワシの名はジニー。風の精霊をやっておる)
「あ……兄貴の、使役精霊……!」
(いかにも。お布施で稼ぐとは、実にクールじゃのお。さすがは「薫子様」じゃ)
チュッと、ほほに湿り気を覚える。
「え、えぇっ!?」
(くふっ。お礼じゃよ)
幼女ジニーは舌なめずりをした。
(丈一は冬眠状態に入ったでの。代わりにワシが、お主をみっちり鍛えてやるぞえ)
「あ……!」
兄貴のサプライズ、効きすぎー!
◆ ◆ ◆
『そうだよ、薫くん。ジニーは丈一くんの使役精霊なんだ』
「――伏せてたんですね、ミツオさん」
『ゴメンゴメン、彼から口止めされててさ』
兄貴ってば、とことん僕を驚かせるのが好きだよね。
電話を終えると、両手で頬杖をつく幼女がニンマリしていた。
「納得したかの、弟や?」
「うん。だけど、どうやって兄貴を助けたの?」
「赤目玉の呪文は、体を分解させるシロモノでのお。消えきる前にワシが実体化して、丈一の意識をこの体へ逃がしたんじゃ」
「じゃあ、今も兄貴が?」
「んむ。中で眠っておるぞい」
「そっか……。ありがとう、ジニー」
「なんの、朝飯前よ。――お主のようにのお」
ジニーは、天井の的を指差した。
「精密射撃の練習か? ちと見せてくれぬか」
「いいよ」
スッと指を向けて、【聖水】を放つ。的に当たって跳ね返った水玉を、今度は逆呪文で消す。
「んむ。お主が使う魔力は最小限か。キチンと丈一の言いつけを守っとるようじゃの」
「まだまだ、兄貴の努力には及ばないけどさ」
「くふ、安心せい。頑張り屋の弟については、よ~く丈一から聞いておったぞえ」
ジニーは眩しそうに目を細めた。
「して、助けるプランじゃが、如何にする?」
「明日は709へ行くよ。ナックラヴィーのオーブがあれば、赤目玉に対抗できるハズだからね」
「真水で体が溶けるが、当てると凶暴化する奴じゃのお」
「うん。それでも、あのオーブが必要なんだ」
「んむんむ……。そこまで考えとったか」
ジニーは僕の頭をなでてきた。
「ほんに薫は、大きくなったのお」
「コラ」
ジニーのおでこをつつく。
「そんな僕のイジリ方って、兄貴に聞いたの?」
「くふ、丈一との旅は長かったからの。いくばくかは影響を受けたやもしれぬ」
「今までの傾向を見てると、染まりきってる気もするけどね」
呆れたように息を吐いてみせるも、すぐにお互い笑い合う。
「ジニー。明日は頼むね」
「まかせよ、薫。ワシらは一心同体じゃ」
◆ ◆ ◆
翌朝。
組合の窓口で探索届を書いていると、Q次郎がスマホを差し出してきた。
「よぉ、薫子様。見たぜ、今朝の配信」
「おはよう、Q」
画面には、制服姿の僕と、水色のスモックを着たジニーが映っていた。
『ヤッホー! ワシは“リアルのじゃロリ精霊ADVENTUBE兄貴”こと、幼女精霊のジニーちゃんじゃよ~!』
『兄貴……。また、ずいぶんと設定盛ったね』
『ジ・ニ・イ』
『え?』
『ワシを呼ぶときはジニーじゃ、薫』
※:やべぇ、ジョニキが自分の破壊力に気付いたw
※:あれ? 今後はNOジョニー?
『くふ。小さな「よ」は、「幼児」の後ろにくっついて「ようじょ」になったわ』
『そんなムチャな』
「へっへへ」
Q次郎が再生を止めた。
「丈一さんが、精霊キャラを演じてるコトにしたのか」
「うん。この口調で、兄貴のフリを続けるのは難しいからね」
兄貴がずっと秘密にしてきた精霊だ。その正体を、僕が勝手に公表するわけにはいかない。
「へっ。バレる前に自らバラすとか、裏技っぽくて好きだぜ?」
「くふっ。ウソはついとらんしのお」
探索届を書き終えて窓口を離れる。
「あ、ジョニーさん!」
マンションへ向かう生徒たちが、ジニーに気付いて声を上げた。
「昨日の配信、見ましたよ!」
「おお! 今朝もアップしたので、あとで見るのじゃ~!」
大きく手を振る園児の姿に、Q次郎も苦笑する。
「負けてられンねえなあ、薫子様も」
「うん」
Q次郎もジニーも、一生懸命だ。
「僕も、2人の足を引っ張らないよう頑張るよ」
「フン。寝言を抜かすな、ジョニーさんのオマケが」
え?
見ると、黒マントを羽織った、小柄なオールバックの少年が腕組みをしていた。
『うわ、ヒョードルだ……』
『学年1位が、弟とナメクジに絡んでったぞ……』
生徒が遠巻きに見守るなか、黒づくめの兵藤琉架くんが悠然と歩いてきた。
「喜べ、弟。マンダンの新プロジェクトが始動だ。俺が709に挑むぞ」
「えっ? そこは今、僕らが……」
「ハッ! ジョニーさん以外は誰も安定しなかった強敵だぞ? 貴様の水で凶暴化させて、どうするつもりだ」
「へっ、おいおい」
Q次郎が割って入った。
「ならよお、ヒョードル。そういうテメーはどうなんだ?」
「俺は黒魔法だ。死ぬ前に相手を殺す」
『お~っ……』
大勢のギャラリーが沸いた。誰かが指笛も吹いている。
「フン、真の強者はうろたえん。ジョニーさんのようにな」
「――のお」
ジニーが、くいくいと黒マントの裾を引っ張った。
「その『ジョニー』とは、もしやワシのことかのお?」
「は?」
兵藤くんは、怪訝な顔をしたのちに大笑いした。
「面白い冗談だ。幼児にしてはな」
黄色の園児帽をペシペシ叩くと、たちまちギャラリーがざわつく。
『お、おい。ヤベェよ……』
『ああ……ヒョードル死んだな……』
兵藤くんも、不穏な空気を感じたらしい。
「む……。なんだ、一体?」
「おいおい、配信見てねえのかよ。その幼女、菊知丈一さんだぜ?」
Q次郎がスマホを向けた。画面とジニーの顔を見比べるや、園児帽を叩く手がピタリと止まる。
「――へ?」
「ヤッホー」
「あ、あぁぁ……! すみません! ジョニーさん!」
兵藤くんが、ズザザッとその場で土下座した。
「変化をつゆ知らず、とんでもないご無礼を!」
「ドンマイ。あ、この姿の時はジニーちゃんな」
「は、はい! ジニーちゃん!」
ジニーはしゃがんで手を伸ばすと、オールバックのおでこをペシペシ叩いた。
「精進せいよ」
「ははあーっ!」
顔を真っ赤にした兵藤くんは、恐るべき速さで去っていった。
「よしよし。さて、薫や。次はいよいよナックラヴィーじゃが」
「うん。でも、倒すだけじゃダメなんだ。新しいクリア方法を見つけないと、オーブは手に入らない」
「くふっ。何か考えておるようじゃな?」
「兄貴と考えた攻略法があるんだ。今日は、それを試すよ」
ジニーが、ニヤリと笑った。
「くふっ。――今から楽しみじゃのお」




