1部屋目 幼女になったSSS兄貴を、今度は僕が813号室まで連れていく
兄貴が幼女だった。
「よおっ、薫!」
口調や態度は兄貴そのものだが、体格は極めて縮んでいる。
――は?
バタン。
開けた扉を、入らず閉めた。
なにが……どうして、幼女に?
両目をギュッと瞑った僕は、パニックに陥りそうななか、ここへ来るまでを必死に思い返していた。
◆ ◆ ◆
「お疲れ様だね、菊知薫くん。明日から来なくていいよ」
「え?」
「ははは、クビだ」
異世界マンションから戻ってきた僕は、豊かな毛髪の福生課長から爽やかに肩を叩かれた。
「ウチの会社、『マンション・ダンジョン株式会社』との契約終了だよ。君、弱いから」
「なっ……!」
「待てや、おっさん!」
相棒のQ次郎が詰め寄った。
「薫はフレイムワイバーンを、水魔法だけで倒したんだぜ!?」
「水鉄砲じゃ動画は伸びんね、滑川久次郎くん」
「何ィ!?」
「ビジネスだよ、冒険者稼業は」
手櫛で前髪を整える課長。
「君らの動画で伸びたのは、SSSランクのジョニーくんが出た回だけだろう」
「ならよお、ジョニーさんと一緒の回を増やせば……!」
「そしてそのお兄さんだが」
課長は人差し指を立てた。
「再起不能になったと連絡が入った」
「――え?」
不意に視界がグラつき、思わず壁へともたれかかる。
「あ、兄貴が、再起不能……?」
「一命こそ取り留めたが、もはや探索は不可能とのことでね」
課長は、ため息まじりに僕を見た。
「つまり、お兄さんの消えた君はゴミだ」
「!」
「ま、こんな正論は酷だから伏せていたんだがね……」
「おっさん!」
Q次郎がつかみ掛かった。
「じゃあ、俺も辞めるわ! ヒデェ会社って分かったからよ!」
「は? ナメクジ君は論外だね」
「クソヒデェ!」
「いいや、貴重な助言だよ。そうだろう? 弱小精霊使いの、クソザコナメクジ君」
「――テメェ」
見下ろしたQ次郎は、やおら不敵に笑った。
「なら、こっちも愛称で呼ぶぜ、フサフサ課長?」
課長の笑みが、スッと消えた。
「――口に気を付けろ、ナメクジ」
「いや~、職務にハゲむ、ハゲしいビジネスマンに脱帽だぜ! 稼ぎの薄い案件からは、即撤退! 髪の毛1本も残さねえときた!」
「貴様……」
「なにせ、フサフサさんには……モウ、ケがないから!」
「出てけー!」
「ありがとう、Q」
「へっ。それより薫、早くジョニーさんを見舞ってやれ」
「うん」
僕は冒険者組合に連絡を入れた。
◆ ◆ ◆
行き先は、代々木のマンション組合本部だった。
事務員さんの、「ケガは皆無だが、活動はムリ」という説明に首をひねるも、一目で合点がいく。
――アレって、そういうことだよね。
意を決し、再び応接室の扉を開けると。
「おお、ショックから戻ってきたか、薫」
「――本当に、兄貴なの?」
「おう!」
幼女だった。
丈一兄貴は、黄色いフード付き上着を着た、四歳ほどの園児になっていた。
「いや~、真っ赤な大目玉みたいな敵の光線を食らったら、体が縮んでしまったぞ。ついでに性別も変わった。ハッハッハ」
「えぇっと……それ、大丈夫なの?」
「ああ。俺がやられた813号室をクリアすれば、元に戻るぞ」
「兄貴が倒れた部屋を……」
「うむ。そのためには、しっかりとプランを立てねばな」
幼女化した探索者など初耳だが、兄貴はソファに体を沈め、紫に変わった髪を豪快にかいていた。
「それより薫。俺の仕事が全部止まった」
「あー……やっぱり?」
「この姿では任せられんそうでな。契約も終了だ」
両親が行方不明になってから、ずっと兄貴が家計を支えてきた。
そうだ……。いつまでも頼ってちゃいけない。
今度は僕が助ける番だ!
「あのさ、兄貴」
◆ ◆ ◆
「フム。つまり薫よ、画面に向かって、ただ話せばいいのだな?」
「うん」
兄貴は契約上、これまで個人配信で稼げなかった。
だけど、それが終わった今ならイケる。
「どうも、菊知丈一だ。体が縮んでからは初めましてだな。――なあ薫。これで本当に稼げるのか?」
「大丈夫だよ、ほら」
事務員さんから借りた機材を使い、AdvenTubeで生配信を始めた。
「僕らを見てる人たちが、ここでお布施をくれてるんだ」
「ほお。スゴい仕組みだな」
「アハハ……そうだね」
5ケタの数字が次々と表示されていく。
「みな、ありがとう」
兄貴は深々とおじぎをした。はずみで、フードが紫の髪にかかる。
※:ぅゎょぅι゛ょヵヮィィ
※:そのパーカー、言い値で買おう!
「しかし薫。急に始めたが、どんどん人が増えるな」
「相棒に広めてもらったからね。けど、その後の伸びは兄貴の実力だよ。幼女になったギャップも込みでね」
「なんと! ううむ、攻撃の被弾を恥じていたぞ。姿が戻るまで隠れておこうかとな」
※:そりゃないよ、幼ジョニーさん!
※:幼女を見せぬは世界の損失
「フム。ならば、薫をホメてやってくれ。生配信は薫のアイディアなのだ」
「兄貴……」
※:よくやった!
※:神幼女の弟=神!
「な、何かコソばゆいね。弱い僕がホメられると」
「ん? 薫は強いぞ。いま腕相撲をしたら負ける自信がある」
「あはは……。でも、さっき『マンダン』の人には、戦力外って言われちゃったしさ」
「フム」
兄貴は居住まいを正した。
「薫よ。フツーの幼女は弱いよな」
「そうだね」
「今の俺は、弱そうに見えるか?」
自信に満ち溢れている。
「見えない」
「だろう?」
小さな両手が、僕の両肩を叩いた。
「もう少し堂々としてみろ。俺に憧れているんだったな? なら、形から入ってみるといい」
「え? でも、僕が肉体派の兄貴をマネたって……」
「違う違う。今の俺のマネだ」
――んんっ?
「幼児になれってこと!?」
「む、ハードルが高いか。ならば女装だ。薫は華奢だし、これなら楽だろう」
「それでも恥ずかしいよ!」
「ほお、俺はこの姿で配信に出たぞ?」
「うっ……」
「お前も一度、やってみろ」
※:出たよ悪乗りジョニーw
※:セーラー服でおなしゃす!
※:いいや! 「悪役令嬢」だッ! 推すね!
「に、似合わなかったら、すぐ着替えるからね?」
「ふむ、それでいいぞ。まずは挑戦だ!」
あぁ……言っちゃった。
だけど、隠れていようと思っていた兄貴を、配信へ誘ったのは僕だもんね。
自分だけ恥ずかしいとか……逃げてちゃダメだ!
◆ ◆ ◆
衣装室で予備の女子制服に着替え、手にした青髪ウィッグを見つめた。
ぐ、むぅ……。
「薫よ、まだか?」
「今行く!」
ええい、笑いたきゃ笑え!
ウィッグを被り、ついたてから勢いよく出ると。
※:――ヤベェ、似合ってる
※:アレ! 妹!?
※:ようこそ………『男の娘の世界』へ……………
「え? こ、これ、僕へのコメント……?」
「うむ」
※:ボクっ娘キター!
※:こんな可愛い子が女の子のはずがない
※:さっ更に興奮…して…………きた
「えぇっと……。なんか、みんなの食いつきがスゴイね」
「どうだ薫、自信がついたか」
「うん、少しは。――ん?」
スマホに着信がきた。相手は……。
「福生課長!?」
※:漫談のフサフサ、キター!
※:あれ、さっきクビ切られてたよな?
※:出ちゃえよ、男の娘!
ひとまず出た。
「福生さんですか?」
『あ、あぁ。素晴らしい生配信だな』
「どうも。このやりとりも、流していいですか?」
『い、いいぞ』
すぐさまスピーカーに切り替えた。
『いやぁ、菊知薫くん! 大盛況じゃないか』
「恐縮です。先ほどゴミと仰った僕にも、温かいお声を掛けて下さるんですね」
『うぐっ……! あー、いや! 先刻の発言は忘れてくれ! また明日から、来てくれていいぞ!』
※:手の平クルーかよw
※:課長「やべぇ、ジョニーさん生きてた……弟クビにしちゃったよ……せや!」
僕は、努めて冷静に尋ねた。
「Q次郎はどうなりますか?」
『え、彼? あー、君にはもっと高ランクの相棒をつけるよ! だから、安心して明日からも来てほしい』
「そうですか」
僕は、とびっきりの笑顔を浮かべてみせた。
「お断りします」
ゆっくり、深々とおじぎした。
弾みで、青髪ウィッグが地面に落ちる。
※:ヅ ラ 逝 っ た あ ー ッ !
※:髪ングOUT!!ww
※:華麗なるフォールに草生える(髪が生えるとは言ってないw
僕は丁寧にウィッグを回収した。
「あ、すみません。お見苦しい所を」
『貴様! ワザとだろー!』
「いえ、決して」
※:薫クンじゃないわ、この子! 薫子様よ!
※:神様「悪いな2323、チャンスは前髪だけなんだw」
※:いやー、しっかし、ジョニーさんのケガなくて良かった! ケがなくて!
「それでは福生さん。失礼致します」
通話を切ると、兄貴が大笑いしていた。
「お布施が倍増したぞ、薫!」
「えへへ」
生配信は大成功だった。
◆ ◆ ◆
配信を終え、僕は兄貴へ向き直った。
「これで、仕事の方はなんとかなりそうだね」
「うむ。助かったぞ、薫」
「あとは、兄貴を元に戻さなくちゃだけど」
兄貴が倒れた813号室。
今の姿のまま、一人で向かわせるわけにはいかない。
「まずは、709へ行こうと思うんだ」
「ほう。水を当てると凶暴化する、あいつか」
「うん、試したいことがある」
僕は指先に【聖水】を出し、シャボン玉を留めてみせた。
兄貴は、指でちょんとつついて割った。
「何するのさ」
飛び散った水を指先へ戻し、もう一度、丸い膜にする。
「んもう」
「そう言いつつ、飛び散った水を全部戻せるんだよな。普通はそこで制御が切れるぞ? しかも、また薄い膜にするなど、神業だ」
「――そうかなあ」
「うむ。お前が十年やってきたことだからな」
小さな手で、僕の肩を叩く兄貴。
神業だと言ってくれた、この水魔法で。
「行こう、兄貴。僕がそこまで連れていくよ」
「おう」
僕たちは、しっかりとグータッチした。




