12部屋目 新しき英雄は言質を取られる
490がクリアされたあと、緑魔道士さんの【黄泉がえり】で一足早く復活した僕らは、戻ってきた千桜さんとジニーに盛大な拍手をした。
「おめでとう、千桜さん!」
「うぇへへ……。あ、ううん。菊知くんこそありがとう。今のあたしってね、駅伝で1人だけ胴上げされてるアンカーの気分なの。だからこれは、みんなの力。想いを繋いだ結果ってわけ」
「そうよねぇ、シィポン。あなたは想い人のために、重い人になったんですものね」
「んも~、クーニャンってば~」
「ほらほら、パンチも重いわ」
ポカポカ叩いた千桜さんは、「あ、菊知くん」と振り向いた。
「あたしたちこれから、先月490でお世話になったパイロットさんにお礼行ってくるわね」
「うん。とても助かりましたって言っておいて」
「OK」
お嬢様と聖女ちゃんとジニーの3人を見送った僕とQ次郎は、復活させてくれた緑魔道士さんに再び頭を下げた。
「柳先輩。改めて、ありがとうございます」
「なぁに薫くん、ナックラヴィー退治のお礼だよ」
深緑のローブを着た柳一宗先輩は、アンダーリムのメガネを親指と人差し指で押し上げた。
「嬉しいねえ。709では全滅を避けるため、千桜さんと桐山さんを“霊界”に残して帰った私が、『新しき英雄さん』の復活に携われるなんてさ」
「え?」
「ふふっ、ご覧よ」
空中に妖精型の精霊【杏】を喚ぶと、彼女は「かしこまりました」と一礼したのち、壁にネット掲示板のまとめを投影した。
【新たな扉を】薫子様伝説その5【開けし者】
※:490も完全クリアー!
※:あのオシリスに勝ったのかよ・・(驚愕
※:しかもアルファベット縛りでなァ!
※:叡智すぎますねぇ、くぉれは……
※:えっ!? トートが認めたの!?
※:せやで
※:知ってるかぎり初めて
※:ほえー……
※:さす薫
※:アチコチの界隈がまーた大騒ぎよ
※:ご令嬢のチョコから、薫子様がお酢に辿り着いたやで
※:ラストショットは時が止まったわ
※:甘い少女と甘くない男の娘ってわけやな
※:薫子様でかいけつ!
※:でも《自爆》からの復活はどうすっべ?
※:2323が封鎖()してた件か
※:不毛なお達しで草も生えん
※:ジニキのつてでアトシ松ネキに【復活】使ってもらうか?
※:今日は711の調査中やろ >ネキ
※:いや~蘇らせてくれるさ、厄満メガネのパイセンが
「ん? 厄満メガネ……?」
「おっと、これはお目汚し」
柳先輩はそそくさと【杏】を還した。
「ともあれ君は、すっかり注目の的なんだよ」
「応援は感謝ですけど、クリアはみんなの力ですよ?」
「その謙遜は、君の立場ゆえと捉えておこうか」
うんうんと頷いた柳先輩は、エメラルドのブローチをそっとなでた。
「それと、私も訂正しておくかな。いま君をサルベージしたら、私の知名度がグンと上がるだろう? だからコレは、ただのワガママ。自分本位なダケだよ」
「――本当に、ありがとうございます」
柳先輩は、メガネを2本指で直して少しカッコつけたのち、パーティーメンバーに呼ばれて去っていった。
「へっ。Sラン未満なら、放置がド安定だろっての」
「Qの言いようは流石に口幅ったいけど……、分かるよ。ミツオさん経由で【黄泉がえり】を頼んだアトシ松さんも、しっかりSSだもんね。Aランク以下で会社に逆らうのは、メチャクチャ怖いハズだよ」
しかも今日は、新発見された711へ挑戦者が殺到している。
兵藤くんは探索権を独占せず、パイロットさえいれば誰でも挑めるようにしていた。
つまり、僕らの復活を断りたい人の場合。
『ごめんね~、今日は711に昇るんだ~。帰る時間? ちょっと予想つかないんだ~』
これ以上ない理由がある。
「ったくよォ、とんだ皮肉だぜ。俺らが開放した部屋が、拒否する言い訳になるなんてよぉ」
「ん~。僕は逆に、気が楽かな」
助ける側には高いハードルがある。
そのうえ、角の立たない断り方まで用意されているなら、無理をさせずに済む。
「――けど、それでも柳先輩は助けてくれた」
このもらった時間は、しっかり活かさなくちゃ。
ちょうど、福生課長からも連絡が来ている。
『先日は申し訳なかった。薫くんの実力は素晴らしいものだと認めよう。ついては、君へのバックアップを表明したいので、一緒に動画に出て欲しい』
「僕は承諾しようと思う」
「ワナ臭ぇな。あのフサフサ、手の平返ししすぎて腱鞘炎になってねえか?」
「でも、受けるべき提案だからね」
兄貴は言っていた。
自分たちを助けてくれる人が苦境に陥りそうなら、できる限り救う選択をせよと。
「ここで課長の支持を取り付ければ、柳先輩へのペナルティもなくせるでしょ?」
「へっ。『パイセンは命令違反じゃありません~。俺らへの手助けを、一足早く始めてただけです~』ってか?」
「うん」
「おいお~い、主人公ムーブじゃ~ん」
惜しむらくは、マンダンが正式に僕らを支援したとき、先輩が危険を承知で手を貸してくれた事実が、きっと埋もれてしまうことだ。
でも。
「この恩義を、僕が忘れず、次でキチンと返せばいいよね」
「――マジでそういうトコだよ、お前」
「え?」
「うんにゃ。そんじゃま俺は、高ランクの奴らとコラボ配信しとくわ。今後のためにな」
「ん、頼んだ」
課長との動画がうまくいけば、千桜さんたちを始め、いま僕を助けてくれてる人たちも動きやすくなるからね。
劇的な変化を望むときこそ、一歩一歩進むべし。
その積み重ねが、事態を大きく動かすのだから。
Q次郎と別れた僕は、すでに復活した旨をアトシ松さんにメール送信したのち、組合本部で着替えてから新宿へと向かった。
◆ ◆ ◆
「いや~、みんな! 今日のゲストはスゴイぞ!? 未だに5人編成ではクリアがゼロだった、“490:オシリスの謎”!! それを先ほど、見事に突破したパーティーの要、菊知薫くんだ! 709に続いて連日の完全制覇とは、恐るべきポテンシャルだな。おめでとう!」
「ありがとうございます、福生課長」
「君がマンダンから離れて心配だったが、華々しい活躍じゃないか! むしろ、金銭面で折り合いをつけられなかったマンダンは、大きなミスをしたな」
「いえ、今までが兄貴ありきの特別待遇でしたから。通常扱いに戻されただけですよね?」
「そう言ってくれると救われるな。――ああ、今後ももちろん、マンダンは協力しよう。君らのパーティーで“霊界”送りになった人が出たら、復活させるよう尽力するさ。それが我が社の、『安心・プロジェクト!』だからね」
「あはは……。恐縮です」
「いやー、ハハハ。ところで話は変わるんだが。――ああ。私の立場からも、ここはハッキリさせておこうか」
ぐっとテンションを落とした課長は、襟を正した。
「こちらは、前途ある有望な若者が多数在籍しているマンション・ダンジョン株式会社だ。現在の最前線は818。そこに近づくほど挑戦者は少なくなり、未知なる危険は加速度的に増す。ここまではいいかな?」
「はい」
「うん、それでだ。君のお兄さんが挑み、子供になった部屋は813だったね? 強制リタイアは、丈一くんだからこそ免れたと聞くが、ならば、パーティーの戦力不足は痛感したことだろう」
「それは、SSSが兄貴ダケだったからですか?」
「ああ。『もし全員が最高ランクなら、攻撃と防御の魔力が足りたのでは?』と分析がなされているのだよ」
「なら対策は……、世界規模によるSSSさんの招集ですね」
「あるいは、各冒険者のランクを底上げするプランもあるかな。堅実にね」
前者は、各国間でスグに話がまとまるものでもないし、後者にいたっては超長期で迂遠すぎる。
「福生課長。兄貴のリミットは明後日です。どういったサルベージ作戦のご予定ですか?」
「うむ、菊知丈一くんか……。果敢に挑戦を続けるSSSの冒険者だったと、惜しみない賛辞を送ろう」
「――それは、『助けない』という意味ですか?」
「『助けたくても助けられない』のさ」
課長は真っ直ぐに見返してきた。
「我が身の恥をさらすがね。5年前、君と同様にナックラヴィーを使役した人が、罠部屋に引っ掛かって“霊界”送りになったときの話だ。世間も私も、当時はまだ甘く見ていたよ。なにせ部屋番号が197だったしね。1階ならラクに救えるだろうと。――そこから50人以上もリタイアさせるなんて、本当に悲惨な指示を出してしまった」
課長は目頭を押さえた。
「その後、マンダンは方針を大転換させたんだよ。解法が不明なルームは、残らず難易度Sに引き上げたのさ。そこに挑むのは自己責任だとね。――分不相応なチャレンジは勇気じゃない。無謀だよ」
「つまり、御社所属の冒険者は、兄貴の救助に一切招集できないと?」
「ああ。絶対にね」
まともなダンジョン会社であれば、同じ判断を下すだろう。冒険者をより多く救いたいからこそ、危険な二次災害は徹底して避ける。納得できてしまう理屈だった。
――けど、それじゃあ兄貴は救えない。
「では福生課長、お願いがあります」
「なにかな」
「僕たちのパーティーに、課長ご自身の参加は叶いませんか?」
課長は大きく目を見開くや、大声で笑った。
「なるほど! たしかに私なら、所属の冒険者ではないのか! 課長という役職は冒険者ではない……。いろんなことを考えるなあ、君は!」
「いかがでしょう」
「アイデアとしては面白いが、勝算がなさ過ぎるな。丁重にお断りしよう」
「なぜです? 兄貴も挑みますし……」
「ミツオたちが挑まないね」
課長は手の平を向けて拒絶してきた。
「賢い君は承知しているだろうが、丈一くんのリミット当日には、ここ新宿で世界パンデモニウム会議があってね。各国の名だたる組合員が一堂に会し、異世界マンションの踏破状況を公的に報告し合うんだ。ミツオたちSSランクの事務員も、当日は朝から準備に入り、そのまま会議に出席する。――まさか、そちらを放り出せとは言わないよな?」
「うっ……」
「ああ、とても残念だよ。会議が終わるのは『夜』。つまり、丈一くんを救うリミットの『正午』は、確実に過ぎている。他の日ならば、ミツオたち組合員にも頼めて、まだしも可能性があったのにな」
大袈裟に頭を振ると、天然パーマ風の髪もフワフワと揺れた。
「とはいえ、薫くんも諦めきれんだろう。大学生の桐山太蔵くんは招集しているな? 彼を加えたパーティーで、813に心ゆくまで挑んでくれ。そして、丈一くんが無念のリタイアを迎えたら、ムカつく天パに妨害されたと恨んでくれたまえ」
「いえ、そんな……。安心プロジェクトによるバックアップはもちろん、シビアな現状認識までありがとうございます」
「お役に立てたのなら光栄だ」
最後はお互い、しっかりと握手を交わした。
◆ ◆ ◆
組合の事務室にて。
ミツオさんは深々とため息をついた。
「やっちゃったねえ、薫くん」
「はい」
ジニーのスマホを【完全修復】してもらった僕は、そのまま、マンダンチャンネルでのやりとりも視聴してもらった。
「見事なまでに、言質を取られちゃいました」
「うん。――福生課長がね」
一転して含み笑いをするミツオさんに、僕も得意顔で返した。
「課長さんは僕に、パンデモニウム会議の日はミツオさんに頼めないと仰いました。会議は2日後です。つまり、明日であれば、確実に同行できます」
「実はキワどかったからね、108の裏モードは」
「ええ、クリアしたメンバーがいると発動しないとか。兄貴はもう、ボスを退治済みでしたからね」
福生課長は、最終日のメンバーを絞るという正攻法で僕に対応してくれた。その他までは手を回してこないのも予想通り。
「僕を絶対に妨害するなら、108でした」
「いやいや、普通は813さえ拒否したら、ムリだと思うからね?」
ミツオさんは苦笑した。
「ともあれ、108は丈一くんが不参加。代わりのメンバーだけど、裏モードを生存クリアしていなくて、かつ、廊下側から入れる冒険者……」
「加えて、安定感抜群のSSランク。――僕には、ミツオさんしか思いつきませんでした」
深々と頭を下げる。
「お願いします、目黒充雄さん!」
「コラコラ、頭を上げて。――大丈夫、僕にできることなら何でもするよ」
「え、本当ですか!?」
キラキラした目ですがった。
「じゃあ、久々に日本刀でお願いします! 二刀流の無双スタイルで!」
「えーっと……。薫くん、それって必須?」
「僕が見たいんです!」
「うぅん。アレは、あちこちへの御挨拶がねぇ……」
「え~っ? 見たいなぁ~。僕、ミツオさんの格好いいトコ、と~っても見たいなぁ~」
「――やっぱり薫くん、お兄さんに似てきたよ」
「本当ですか!? えへへ……」
「うーん、お手柔らかにねー」
兄貴の頑強な肉体は真似られないけど、精神ならば近付ける。
もはや、嬉しさは隠さなかった。
コラボ配信中のQ「見なよ、俺の薫を……」
不憫な桐山「本当になんなの、この展開!?」




