7. 旅に出る
俺が防具屋を出ようとしたとき、後ろから声をかけられた。
「おい、お前その防具買ったのかよ。すげえな」
随分と馴れ馴れしいなと思ったが、口には出さない。
「はい、買いました。お金貯めて買ったんです」
別に剥ぎ取られるとか、そう思っているわけではない。もしそうなっても斬り付けてやるだけ。
お金貯めたと言えるほど時間かかってないんだけどさ、まあ言わない方が良いじゃん?特に一円玉があるのは結構危ない。
「そんなに身構えないでくれよ、盗もうなんざ思っちゃいないよ」
「そうでしょうね。でも一応警戒しないとなと思って」
「まあそうだな! 流石、龍霊を買う目があるわ。しかも神位を!」
「皮肉ですか?」
「ちげえよ。羨ましいなとは思ったけどよ、早いもん勝ちだろ?というかこんな高い装備貴族ぐらいしか買わねえよ」
言われてみればそうだな。俺がこれを買えたのは五百円玉とそれを買い取ってくれたおっちゃんのおかげなんだけどさ。
「お前は冒険者か?」
「まあ、そんなところです」
「そうか。まあ冒険者以外で防具買う奴なんてなかなかいねえしな」
さっきの貴族の話はどこ行った。
「ついて行っていいか?」
うーん。正直に言うと一人がいい。のびのびと冒険できるっていうのが一番の理由なんだけど、他の人にあんまり迷惑かけたくない。
そもそもこの人って結構長く冒険者やってるんじゃないの?そうじゃなかったらなんでこんなに自信満々なんだ。
「いいっすけど、結構長いんじゃないっすか?」
「そんなことねえよ? なんなら昨日冒険者になったばっかりだが」
なんでそんなに先輩面できるんだよ!
「お前さっきから俺のこと熟練の冒険者だと思ってただろ?」
御名答!
「はい」
「そんなわけないでしょう! 俺は新米中の新米! あなたは先輩っすよ!」
先輩だと思ってるならお前呼びすんのやめたらどうだ?
こいつの中ではそういう感性は普通じゃないのか。そんなもんだよな。人間て。
「じゃあ早速行きますか。あ、その前に荷物まとめてきてもいいですか? まだ宿に置いてあるんで」
「先輩! そんな畏まらないでください!」
「お、おう……」
敬意は払ってるんだね。ちょっと変な感じするけど、臨機応変に対応していこう。
「宿まで付いて来るか?」
「勿論!」
友達みたいな感覚でいればいいのかな。敬語も変だし。
気にしない気にしない!
二人並んで店を出る。
ゆっくり話しながらでもネタが尽きるぐらい、宿まで距離がある。でも何を話せばいいんだろうか。
「そうだ、名前を聞いていいか?」
やっぱり最初の会話と言ったらこれだよな!
「俺は、リウラース・エントウラス。エントウラス家の長男っす! 先輩の名前は?」
「俺は、いち……」
一条天馬。そう口にしようとしたのだが、何かが突っかかって最後まで口にできなかった。名前を忘れてしまったわけではない。
なんだか、本名では駄目な気がした。
そんなことないんだろうけど、駄目というよりかは、嫌だった。
本名を隠したいわけではない。この世界じゃ珍しいタイプの名前だからというのもあるかもしれないけど、それはどうでもいい。
この世界で今冒険をしようと張り切っている俺は、もう前の自分じゃないのではないか。そんなことを考えると、どうしても「一条天馬」という名前を口にすることはできない。
考えすぎだろうか?
――い!……先輩!
「ん……?」
「先輩? 大丈夫っすか? すっごい汗かいてますけど」
「ああ、ちょっと考え事をしてて……」
「何考えたらそんなに汗出るんですか!?」
そうだよな。考えすぎなのかもしれない。
ただやっぱり、本名を出すことに抵抗がある。
自分でも何故そう思ってしまうのか、よくわからない。
何かが心の中で、引っかかっている。
何かが――
「先輩!!」
「ぁぁ……」
「大丈夫っすか?本当に」
大丈夫じゃないのに、そう聞かれると大丈夫と答えてしまう。
「大丈夫だよ」
「ほんとに、大丈夫なんですね? 俺が来てからそうなってるじゃないですか」
本当に、お前の所為ではない。ただ俺が考えすぎているだけだ。
「名前…」
「あ、そうだな。まだ言ってなかった」
「言いたくないなら無理しなくていいんすよ?」
言いたくない。
そうなのかもしれない。
「ルビアス・ブラッド」
ゲームで使用していた名前だ。
俺は一条天馬であり、ルビアス・ブラッドである。ということかな。
「名前が言いたくないのかと思って、失礼なこと聞いちゃったかなと思ったんですけど、そういう訳じゃないっすよね?」
「ああ。そんなことはないから、安心して」
「よかったっす」
心配かけてすまんね。
気を取り直して歩き続ける。
それにしてもエントウラス家の長男か。この家名自体は一度だけ聞いたことがある。
商人の家系で、冒険者になるような人はいなかったが、まあ今の俺と前の俺では見る目が少し違うのかもしれないし、ちょっとぐらいの差は生まれるだろう。
リウラースからも教えてもらった。教えるというよりかは自分の家の自慢話をしていたのだが、あまり細かいことを気にしているとさっきみたいにボーっと立ちすくしてしまうかもしれないし、先ず話を聞こう。
「エントウラス家は代々商人として店を継いできてるんです。最近は売り上げが少し落ちてきているそうですが、時期も時期で仕方がないらしいです。俺はそんなことどうでもいいから冒険をしたいんですけどね」
これは前も聞いた。ゲームで。
「その店っていうのがド田舎の村にあるんです。田舎といっても役場とかがあるような、中心部なんですけど。そうすると周辺に住んでいる人達は皆、うちで買い物をしていくんです。大きい道が近くを通っているので、隣国と接した村なんで、依頼に向かう途中の上級冒険者なんかもよく買い物をしてくれていたんです」
土地がよかったってわけだ。
自慢話だと思っていたが、リウラースの目はあまり輝いていない。
「僕が生まれてすぐか、生まれる前かはよくわかっていないんですけど、多分そのぐらいの時期ですかね。火事があったらしいんです。偶々通りかかった水属性魔術師が鎮火してくれたおかげで、被害は少なかったんですけど、それ以降客が減ってしまったんです。長年利用してきた人は何も変わらず使い続けてくれていました。それでも売り上げは少しづつ落ちてしまって……」
火事か。すぐに鎮火されなかったら、なんて考えるのはやめよう。
店が続けられているんだから、いい方じゃないか。
「その火事の原因は、店の者じゃないんです」
そういうことか。ずっと重い雰囲気だなと思っていたけど、事故というより事件に近いのかもしれない。
「とあるパーティに属していた魔術師の男が、火を着けたそうなんです」
八つ当たりとかだろうか。困ったやつもいるもんだな。
「その男が言っていたそうなんです」
――お前らの粗悪な品の所為で仲間が死んだ! どう責任取ってくれるんだ! あいつがいなきゃもうパーティは解散なんだ! 俺の人生だったんだぞ! どうしてくれるんだ!!――
「俺は直接聞いたわけではなく、親父から聞いたんですけど」
何を売っていたのだろうか。
「確かに、商売をするには責任を持たないといけませんし、確かにうちでは戦いに直接でなくとも大きく影響する品を出していることもありました。あの事があってからは、直接的なものは売らないと決めたそうです」
「その品っていうのはどんなものだ?」
「俺はそれを聞かされていなんですよね。人に言えないようなものなのか、俺があまり考えすぎないようにっていう配慮なのかはわかりませんがね」
俺が思うに、商品が悪かったのではなく、使い方が悪かっただけだと。
でも売る側としては自分が売った商品で事故があったとき、責任を取らざるを得ないのかも。
「この話はやめましょうか。これ以上話すと重くなりすぎます」
「まあ、そうだな。話したくなったら気兼ねなく話してくれ。聞いてやるから」
「ありがとっす」
お悩み相談をされる側は頻繁にやっていたし、慣れてる。この世界の人々が果たしてどれほどの重さの悩みを抱えているのかはまだわかんないけど、役に立てるなら立ちたい。
リウラースの話を聞いていたらもう宿の前まで来ていた。
「ここだ。ちょっと待っててくれ」
「了解っす」
荷物を纏めるとは言ったけど、防具屋に行く前からもうまとめてある。取りに行くだけだ。
「お待たせ」
「いえ、今来たところっす」
「やかましいわ」
なんでお前は一回どっか行ったことになってんだよ。
この世界にもこのノリが存在したとは思わなかった。
「出発するか」
「行きましょう」
*
都心から少し離れた防具屋。国で最も大きく、騎士団員や貴族、熟練の冒険者までも利用する防具屋である。二階建てで、天井の高さは十メートル近くあり、一段一段が低く広い階段は、一キロ以上あると言われている。
二階に置いてある防具は基本、騎士団の防具の倉庫として使われるか、高価な防具を集めているため、一般人は好んで入ろうとしない。疲れるからでもある。
一階の中心部には、特に高価な防具が置かれている。
ちょうど、一人の青年がその商品を買った。
重魔法防具 ー 龍霊気鎧服・神
この世界で五番目に強いとされている、龍の霊気を纏った防具である。
この防具は常人は買うことができない。
それは値段が理由ではない。着用することはおろか、手に触れることすらできない。人によっては近づくことすらできない。霊気が強すぎるからだ。
あいつは常人じゃない。
そんな声が店内の至る所から聞こえる。どうやら本人には聞こえていないようだが。
そんな青年に一人の男が近づき、声をかけた。
この辺りで有名なエントウラス家の長男だった。彼なら大丈夫だろうと人々は確信していたのだが、少しすると彼の態度が柔らかくなり、二人一緒に笑いながら、店を後にした。
羨ましそうにその男を見る新米の冒険者もいたのだが、その対象は二人共新米である。
しかし、誰も彼等の目的が、人間相手に一度も負けたことの無い魔王、炎魔大帝ディモスガーの討伐とは、誰も知らない。
魔王本人はもう、既に知っているのかもしれないが。
信用していた人間が、果たして本当に味方なのか。それを見極めることなんて、できやしない。
*
俺達が向かう先はただ一つ。ラスボス、炎魔大帝ディモスガーの住む、獄炎城である。
一番近い港から蒸気船を使って数週間かけて着く大陸の、ど真ん中に佇んでいる。
「近くの港に向かうぞ。そこから数十日かかるけど、耐えられるか?」
「もちろん! 余裕です!」
なら早速行こう。時間は結構あるけど、できるだけ早く着きたい。
「行くか」
そう言って俺とリウラースは大門を抜け、港に向かって歩き出した。
訊かれると
答えてしまう
”大丈夫”
確か中学の友達がこんなことを言っていた気がします。
学校では泣けませんよね。




