8. 増える異変
港に着いた。
とても大きい。港の敷地全部使って国を作れるんじゃないかっていうぐらいに、広い。
大陸の中でもかなりの強国、ドルソパリス王国の中にあるパリス港。昔の日本でいう『天下の台所』のようなものだろうか。こちら側にある他の大陸からの物資や、旅行客、漁師などが多く利用している。
実はこの港で船に乗る際、銀貨数枚程度を払うだけで乗れる。しかし、それがそう容易いことではない。
手続きに時間がかかる。
安いので客が多く、すぐに満席になる。
一番キツいのが、船に入る前に荷物を預ける必要があること。厳密に言えば、冒険目的の冒険者と、護衛騎士以外が対象である。
多分今の俺ならその対象にはならないはず。
最悪の場合も考えられる。ゲームでも使っていた裏道から船に乗ることも、想定しておこう。
リウラースは恐らく、船に乗るのが初めてなのだろう。目をキョロキョロさせながら、たまに上を見上げて口をかっぴらいている。少し驚きすぎではないだろうか。
まあ仕方ない。それほどまでに船がデカすぎる。
俺も生で見るのは初めてだったから、歴史の授業でお馴染みの黒船ぐらいの大きさだろうと思っていた。多分五倍はある。
「リウラース、いつまで見上げてるんだよ。早く手続きしないと今日中に乗れないかもしれないから、行くぞ」
「そんなに混んでるんですか!? すごいっすね」
だよなぁ。俺もそう思う。
一般的な客船の速さは約二十二ノットらしいのだが、この船は基本四十ノットで走るそうだ。
技術が発展しすぎているようにも思えるが、意外とそんなことなかった。魔物が多いことが一番の原因だろうな。
俺達は足早に受付へ行き、手続きを済ませた。
リウラースは終始何を言っているのかわからないという様子でこちらを見てきていたので、俺はそれを気にせずに二人分やっておいた。よほど離れた大陸か、種族が違わないと、言語が理解できなくなるほどの変化をすることはないんだがなぁ。
思っていたよりも早く手続きを済ませることができて嬉しい。長い時だと二時間かかることだってあるのに。
冒険者の証明書が必要だったらしいのだが、いつ作ったかわからない証明書がポケットに入っていた。
もしかしたら国を出る時に作ったのかもしれないが、記憶がどっかに行ってしまったようだ。
時間も時間なので、すぐに船内に乗り込めた。
この時間帯はどうやら観光目的の人が減るっぽく、周りを見てもそれらしい人は見当たらなかった。いかにも冒険者って感じのパーティや強そうな騎士団が固まっていたり、早く船に乗りたくてしょうがない観光客がいたりと、皆様々だ。
俺達は取り敢えず甲板に出た。ずっと室内にいても楽しくないし、まだ出発すらしていないのだから、もう少し外の空気を吸っておこう。
二十分ぐらいだろうか、リウラースと二人で色々な話をしながら景色を眺めていると、突然地震のような低いおとともに、船が動き出した。ついに出発だ。
右を見てみると、小学生のように目を輝かせながらこっちを見ている二十歳ほどの男が飛び跳ねていた。
「気をつけろよ? 跳びすぎて落っこちたりするなよ?」
「そんときは助けてください!」
参ったね。
「そんなに興奮しないで下さい」
「なんすかそれぇ!」
流石に伝わらんよな。このネタは。
もう元の世界でも聞かなくなった気がする。
食い気味になんですかと聞かれると説明しずらくなるからやめてくれ。
とにかく俺はこいつに元の世界の文化を教えるつもりはさらさらない。
うん、本当に気にしないでくれ。
「気にすんな。なんでもない」
言い終わる頃には、もう目の前から姿を消していた。
確かにあの国は海に面していないし、海を見るのも初めてなのかもな。
目的地の港に着くまでに体力が持つかどうかはわからないけど、好きにさせてあげよう。あと数時間すれば疲れて客室で寝てるだろうし。
子供のように無邪気にはしゃぐエントウラスを眺めているうちに、陸が見えなくなった。結構離れたな。
俺はそろそろ客室に戻ろうかな。
リウラースの大はしゃぎはあれから一週間ぐらい続いた。流石に夜には寝ているはずだが、というかそうじゃないと怖すぎるんですけどね、一週間も乗っていたら普通慣れるだろ。
時間が巻き戻されたかのように何度も同じことを繰り返している。そろそろ見るの飽きたわ。
あとあいつは何回か大海原で吐いている。船酔いである。
俺はもう保護者のような気分であいつを見るようになった。よく人前であんなにはしゃげるよなぁなんて思いながら、海とあいつを交互に見ている。
俺だって高校生だし、まだ体力は衰えていないはずなのに。それどころか一番体力ついてるんだけどなぁ。しかし、俺は圧倒的インドアである。
お腹空いたし部屋に戻ろうかな。
客室に入る直前、船の下の方から音が聞こえた。かなり小さかったけど、金属に固いものが当たるような音だった。まあ船にものが当たるにしてもよくあるだろうし、あんまり気にしなくていいと思ったのだが、そのちょっと前に流れていた船内放送が頭をよぎった。
最初は普通の内容だったのだが、この世界だからなのか、少し耳を疑うものもあった。
それは、航海中稀に魔物に襲われることがあるから、注意しろという内容だった。
確かに海洋に住む魔物はとても強い。鯨なんかよりもさらに大きい魔物が群を成していることもあるらしい。
でもいくら危険といえど、この船なら大丈夫なはず。
そんなことはなかった。
少し座って眠ろうかと思ったとき、部屋の外が騒がしくなった。
悲鳴が聞こえた後、ドサッという音がした。同じ悲鳴はもう聞こえなくなった。
流石に怖くなった。外で何かがあったのか。
俺が刀を手に取り外に出ようとしたとき、客室の扉が勢いよく開き、肩に傷を負ったリウラースが倒れ込んできた。
まずい。こんなにも早く魔物に襲われたのか?
怪我の治療を……
「俺は大丈夫っす!!!! それより何が起きたのか説明させてくださいっ!!!!」
うわうるせえ!!! なんで怪我負ってる時の方が声でかいんだよ!!
「魔物か?」
冷静に冷静に……
「そうです。海魔牛の群れに襲われました。ただ、少し変なことがあって……」
「変なこと?」
「はい、数は普通なんですけど、大きさが異常なんです。本来は人間と同じぐらいの大きさなんですけど、二倍ぐらいの大きさなんです。強化個体はそれぐらいあるっぽいんですが、群全体がそれぐらい大きいんです」
海魔牛。海の中でも生活できるが、基本的に小さな島を住処にしていることが多い。群れで狩りに行くことも多いのだが、普通人間を襲うことはない。そもそも温厚な種族でありながら、人間の方が圧倒的に強いからだ。
「なんで? 温厚な種族なはずじゃ……」
「温厚? そんなはずないでしょ!」
そうなのか? ゲームと違うところがあるってことか。
「そうなのか。俺らで倒せるか?」
「恐らく」
「なら行こう。ここでぐだぐだしてるだけじゃ意味ないしな。どうせ死ぬなら戦った方がいい」
「そうっすね!」
部屋を出て甲板の方に向かう。一番開けていて戦いやすいし、周りを見渡せる。
「そうだ、今から戦うんだから回復薬持っておけよ」
「ありがとうございます!」
走りながらだが、回復薬を数個渡しておく。万が一のことを考えて、沢山持ってきておいた。
廊下を走っていると、返り血のようなものが見られた。
まだ操舵室まで入っていないのだろう。船は変わらず動いたままだ。
甲板に近づくにつれて、飛び散った血の量が多くなり、倒れている人も何人か見るようになった。多分もう、死んでいるんだろう。
甲板に着いたはいいものの、敵が多すぎる。しかも大きさが半端ない。
倒すことはできるかもしれないが、このまま目的地の港まで辿り着くことができるのだろうか。
あんまり考えない方がいいな。
ぶちのめしてやろうじゃねえか。
「戦うんすね、本当に」
「それ以外の選択肢がないからな。無理せずに、戦おう」
「了解!」
大きくなった海馬牛は、思ったよりも弱かった。
正確には俺が強くなりすぎたのかもしれないが、この刀が思ったよりも体に馴染んでいた。とても振りやすい。
でも、下位の魔物にしてはかなり強くなっている気がする。動きは単調で避けやすいものばかりだが、パワーが大幅に上がっている気がする。連携されたらきついかもしれない。
「こいつら力が強いな。当たったらひとたまりもない」
「そうっすねぇ。これほどまでとは聞いていなかったです。まあ何とかなるでしょう!」
それもそうだな。俺はお前のそのポジティブな感情が羨ましいよ。
一時間ぐらいずっと戦っていたが、疲れはあまりない。この世界だと重力が若干弱いのもあるし、武器の重さが魔法で少し軽くなっているから、ずっと動いていても疲れにくくなっているのかもしれない。
しぶといんだよなぁ、この類の魔物達って。全体的な強さで見るとかなり下位の方だが、しぶとさだけはかなり上位だ。この世界を作ったやつは頭がとち狂っとるんか。
「他の人たちを助けに行った方がいいですよね!」
「ああ! でもまずこいつらを片付けよう! その方が効率がいい」
「わかりました! あと5体、余裕余裕!」
ポジティブだったり戦闘狂だったり、こいつは羨ましいぜ。ほんとに。
この少しの戦いが終わったら、何か奢ってやりたいな。そういえばこいつって何歳なんだろう。
いけないいけない、余計なことを考えている時が一番死ぬんだよな。
あと少しの辛抱だ。頑張ろう。
ドシャッ……
最後の一体の首が地面に落ちた。俺らの勝ちだ。
「よし。船内を見に行くぞ」
戦っている途中船内から何体か出てきていたし、いないと信じておこう。
このまま船が目的地についてくれればいいんだけど、そう都合よく物事は進まないよな。まだ出航してから一週間しか経っていない。あと二週間は覚悟した方がいいかも。
船内は思ったより被害が少なかった。というより平和だった。
これなら大丈夫そうだ。
「大丈夫そうっすね」
「ああ。でもなんで外と中でこんなに差があるんだ?」
「多分、あそこの騎士達がやっつけたんだと思いますよ。入り口を守るように立っている者たちだと思います」
そういうことか。船内はもう大丈夫そうだな。
あれ?俺等の方が荷が重くないか?騎士って百人ぐらいいるよな、しかも船内の方が魔物少なかっただろ。
ちょこっと腹が立ったが、まあいいか。終わったことだしな。
なんか見覚えのある男がいるなと持ったら、俺のこと侮辱したかもしれない奴じゃないか?もうよく覚えてないけど、結構すごいこと言っていた気がする。
目が合った。少し驚いたような顔をしている。
どうするか。俺から近づくか?でも面倒だしなぁ。
そう思っている間に、相手側から既に来ていた。
「お前、こんなところで会うなんて奇遇だな。それにしてもその装備……」
「なんですか? ケチをつけるなら早いうちがいいと思いますよ?」
「自分で買ったのか?」
「そうですけど。当たり前じゃないですか。要件はこれだけですね。ありがとうございました。こんなところで再開するとは思わなかったですよ。じゃあまたいつか会えるといいですね。じゃあ、僕は別の用事があるので、さようなら」
こいつにあまりいい印象がないというのもあるが、空腹が限界突破して腹と背がつながりそうなので早くこの場から離れたいというのが一番の理由だ。ちょっと可哀想だがまあいいだろう。前に罵られた気がするし。
俺は足早にその場を離れ、部屋に戻ろうとした。
「おい! 待て待て待て待て!」
なんだよ、めんどくさ。
「なんすか? “ボロを売るようなクソ“にまだ何か用ですか?」
前に言われた言葉を引用してみた。
「あー、わかったから、あんときはすまなかった」
「別に気にしてないですよ。あなたの存在ごと忘れてましたし」
「ひでえなそりゃ。そうじゃなくてな、てめえに聞きたかったのは、その防具のことだ」
「いやそ――」
「いやそれはさっき聞いただろ? ……まあそう焦るな。俺が聞きたかったのは、てめえ、それ着てて苦しくないのか?」
そんなわけないだろ。首元空いてるし、別に臭くないし。まあ強いていうなら船酔いで苦しいかな。
「そんなことないっすけど……」
「は? それはすげえな。偽物じゃないしな」
偽物なわけねえだろ!! 頑張って貯金したのに……いいえ、してません。
「すげえなぁ。でも気をつけろよ。その防具、近づくだけで体調崩す輩がたまにいるからな。」
「はぁい。気をつけますね」
それ店員からも聞いたよ?そんなにやばい服を売るなと言いたいところなんだけどね。
まあなんやかんやあって、二週間がたった。
二週間の間にたくさんの人に絡まれた。騎士団の奴とかその仲間とか、冒険者パーティのリーダーとか、スリとか、酔っ払ったおっさんとか、商人とか。面白いぐらいに女性から話しかけられることはなかった。いや、笑えねえから! なんで男しか寄り付かねえんだよ。
そんな感じで俺が絶望している間にも目的地は近づき、ついに陸地が見えてきた。
ここもまた大きな大きな港で、大きな船や不思議な見た目をした人間が沢山だ。
「着きましたね」
「長かったな」
本当に長かった。元いた世界よりも一日が六時間ぐらい長いから余計に。
これからは陸路だ。疲れるなぁ。
魔王はこの大陸にいる。
征こうか。




