【間話①】(第四話と第五話の間):大賢者の戦い
新宿ダンジョン第百六十層――通称『常闇の墓所』。
それは人類の到達限界点すら遥かに超えた、光の届かぬ極限の深淵。その暗黒の領域で、日本最高峰と謳われるトップクラン『銀翼の旅人』は、突発的に発生した最悪のイレギュラーに直面し、猛烈な乱戦の渦中にあった。
「前衛、位置を死守しろ! 聖騎士の障壁をこれ以上削らせるな!」
クランの副リーダーである重戦士・武藤が、大盾の裏で血を吐きながら怒号を上げる。
彼らの前に立ち塞がっているのは、その階層の生態系すら破壊して突如出現した災厄――二つの巨大な頭部から黒い炎を吐き散らす、絶望のイレギュラーボス『ケルベロス・ソルジャー』だった。
一振りで強固な特級装甲を紙切れのように引き裂くその巨体を前に、一般の探索者なら一秒ともたずに全滅する。今まさに、日本のトップクランが総出で、命をかけた綱渡りの防衛戦を展開していた。
「ハヤト! 鑑定はまだか! 弱点属性をくれ!」
神官の少女・ユイが、魔力枯渇に喘ぎながら叫ぶ。
彼ら前衛が血を流し、盾を砕かれながら時間を稼ぐ中、パーティの最後方で静かに魔力を練り上げている男がいた。 神崎隼人(二十八歳)。世界ランキング十二位、名のある登録探索者の中では堂々の日本トップ。 彼の脳裏に刻まれた職業は、上位五十位以内の怪物たちにのみ許された、世界に一つしか存在しない固有のユニーク職業――【大賢者】である。
隼人が眼鏡の奥の瞳を怪しく光らせた瞬間、彼の視界には、激しく動き回るケルベロス・ソルジャーの あらゆるステータス、魔力の流れ、そして「魔核の正確な位置」が、完璧なテキストデータとして浮かび 上がっていた。これこそが、大賢者のみに許された最高峰の特級鑑定スキル。
「――解析完了。弱点は中央の首の付け根、やや右奥の魔力結節点。武藤、そのまま固定。ユイ、俺の魔力付与に合わせて一気に叩くぞ」
隼人がボソリと呟くと同時に、彼の背後に幾何学模様の魔方陣が何重にも展開される。【大賢者】の特性は、鑑定だけではない。常人の数十倍の速度で魔法を構築し、空間の理を書き換えるハズレ値の魔術。
「【深淵の劫火】」 無造作に放たれた一撃は、眩い閃光となってケルベロス・ソルジャーの首元を正確に貫いた。 凄まじい爆音とともに、絶望のイレギュラーボスが悲鳴を上げることすら許されず、一瞬で消し炭となって崩れ落ちていく。
「ふぅ……。よし、素材を回収して撤退するぞ」
隼人は息一つ乱さず、眼鏡の位置を直した。 クランメンバーたちが「さすが日本トップ、大賢者の魔法は次元が違う」と感嘆の息を漏らす。これこそが、地上における『最強』の証明であり、一般人から見れば雲の上の神に等しい圧倒的な戦力だった。
――しかし、この時の隼人はまだ知る由もなかった。 自分が命をかけて、クラン総出でようやく倒した『ソルジャー(兵卒)』の階級など前座にもならない、その遥か上位に座す究極の王『ケルベロス・ロード』が。 この六十五層のさらに何倍も深い、地下四百層の底で、ジャージ姿のおっさんによって「ポチ」と呼ばれ、サンダルの足先でツンツンと突っつかれている未来が、すぐそこまで迫っていることを。
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