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第四話:【義務配信】朝の生卵収穫と、お取り寄せミルク


「……よし、次は裏の小屋だな」


 自家製のトマトソースパスタを静かに平らげ、お気に入りの白い大皿を綺麗に洗い終えた川野誠(三十八歳)は、再び勝手口のサンダルに足を突っ込んだ。 

頭上でホバリングする国給のドローンカメラは、主人の移動に合わせて静かに角度を変える。

画面の隅に表示されたリアルタイム視聴者数は

『八人』。

少しずつだが、おっさんの日常に居着く常連が増えていた。



『おじさん、ごちそうさまー』

『次はどこ行くの?』

『裏の小屋って、まだ敷地ある設定なのか。おじさんの自作マップ広すぎw』 



相変わらず賑やかなコメント欄を一切見ることなく、誠は勝手口から裏庭を抜け、さらに奥にある木造の大きな家畜小屋へと向かう。 

人付き合いが極端に苦手でこの地下の誰もいない場所に引きこもる誠にとって、言葉の通じない動物たちの世話は、精神を落ち着かせるための大切な日課の一つだった。


 誠にとってこの電子の目玉ドローンは、朝の工場で押すタイムカードのような、単なる「手続きの記号」に過ぎなかった。

人付き合いが億劫で奈落の底に引きこもる中年男の生活を、わざわざ時間と電気を使って覗き見する物好きなど、地球上に一人もいるはずがないと思い込んでいる。 

そのため、お仕着せのレンズに向かって解説を挟むようなファンサービス精神は微塵もなく、ただ職人が作業中に漏らすボソボソとした独り言だけが、時折マイクに拾われていた。


「……今日は卵がどれくらいあるかな」


 誠が家畜小屋の頑丈な鉄扉を引くと、中から『コケコッコー』という、どこか地響きを伴うような重低音の鳴き声が響いた。 

薄暗い小屋の奥。藁が敷き詰められた巣に鎮座しているのは、一般的な鶏ではない。

体長三メートルを超え、その羽毛の一枚一枚が鋼鉄の刃のように鋭く研ぎ澄まされた、中層の悪夢と呼ばれる凶悪な魔獣『鋼鉄の怪鳥』だった。



『……え?』

『おい、ちょっと待て。今の鳴き声の音圧おかしくない?』

『なんか画面の奥に、めっちゃデカい鳥の影が見えるんですけど』

『おいおい、インディーズCGの限界突破だろこれ! 翼の質感が完全にガチの魔獣じゃねえか!』 



 突然画面に現れた圧倒的な怪物のビジュアルに、

コメント欄のガヤが一気に加速する。


 だが、誠は慣れた足取りでその怪鳥の巨体に近づくと、「ちょっとどいてくれよ」と低い声でつぶやき、素手でその鋼鉄のように硬い翼をぐいと押し退けた。


「……よし、今日もいいのが獲れたな」 


誠が藁の中から取り出したのは、ダチョウの卵よりもさらにふた回りほど大きい、金色に眩しく輝く卵だった。一般の市場に出せば、それ一つで高級外車が何台も買えるほどの希少素材『金剛の怪鳥卵』である。

誠にとっては「ちょっと殻の硬い、毎朝の貴重な栄養源」に過ぎない。 

誠はさらに、怪鳥の頭を「いつもありがとな」と無造作に撫でた。触れるだけで指が切り落とされるとされる鋼鉄の羽毛だが、レベルがカンストし防御スキルの極致に至っている誠の手のひらには、ただの「少し硬めのタワシ」程度の感触だった。



『撫でてるwwwwww』

『あの鳥、おじさんにめちゃくちゃ懐いてて草』

『てかあの卵、金ピカに光ってるんだけど! どんなエフェクトだよ!』



 ガヤガヤと盛り上がるリスナーたち。 

なお、昨日まで画面に張り付いていた日本トップの探索者・神崎隼人は、この時ちょうど、地上で突発的に発生した高ランクダンジョンの攻略依頼に対応するため、前線へと駆り出されていた。

【大賢者】の鑑定眼を持つ唯一の男が仕事で配信を見ていないその隙に、四百層の家畜小屋ではさらなるデタラメが繰り広げられていく。

「……次はミルクだな。おーい、大人しくしてろよ」 

誠が声をかけた先にいたのは、全身が黒い体毛で覆われ、頭部から禍々しい二本の角を生やした、体長五メートルを超える巨牛――深層の暴君と呼ばれる、一足で大地を割るレベルの災厄『漆黒の魔牛』だった。 


だが、その暴君は今、誠が手にした金属製のバケツを見るなり、情けない顔で『モ〜……』と小さく鳴き、自ら大人しく横を向いて乳搾りの体勢をとった。


「……よしよし、偉いな」


 誠はジャージの膝をつき、慣れた手つきで魔牛の乳を搾り始める。 シャー、シャー、とバケツに注がれていくのは、雪のように白い、だが微かに銀色の粒子が煌めく不思議なミルクだった。



『うわ、牛もデカい!!』

『おじさんの牧場物語、スケール感がバグりすぎてて最高だわ』

『ミルクの色綺麗だなー。飲んでみたい』

『今日の動画、マジで気合い入りすぎだろ。誰かまとめサイトに拡散しろよw』



 じわじわと視聴者が増え、コメントの速度が上がっていく。

 誠はバケツいっぱいに溜まったミルクを満足げに見つめ、「……よし、これで明日の朝のカフェオレは

バッチリだな」と、

今日一番の穏やかな独り言をこぼした。

最後までお読みいただきありがとうございます!


もし少しでも面白いと思っていただけましたら、


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今後とも【義務配信】をよろしくお願いいたします!

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