第10話:【義務配信】境界線のルールと、泥沼の初心者エリア
「クソが! 1層には絶対にいない! 保証してやる!」
「あいつ、Fランクのくせにまさか……『境界線』を超えて下におりやがったのか!?」
新宿ダンジョンの1層エントランス。100万円の懸賞金を狙って集まったD〜Cランクの中堅冒険者たちは、泥まみれの装備を投げ出し、酒場のテーブルを叩いて苛立っていた。
この世界において、ダンジョンの階層と出現するモンスターの強さには、人類が20年かけて検証した絶対的な「ルール」が存在する。
ソロでの適正はFランクなら5層まで、Eランクなら10層まで。そしてその適正層の最後には、必ず「それ以上進めば死の危険性が跳ね上がる」というサインとして、強力なボスが門番のように鎮座しているのだ。
第5層には、冒険者になって3日目の初心者がパーティーを組んで挑む『チュートリアルボス』。
第10層には、一般的に冒険者になって1週間ほどで超える壁とされる『チュートリアルボス(強化版)』。
この二つの壁を超えて初めて、一人前の冒険者として認められる。以後、第25層からは25層ごとに通常の階層ボスが配置され、下2桁に「50」がつく層(50層、150層……)には強力な『中ボス』、そして100層ごとにはエリアそのものを支配する『大ボス』が君臨する仕組みだ。
「おいおい、ターゲットは15年間一度も更新してないFランクの未更新おっさんだぞ!?」
「5層のチュートリアルボスすら超えられるわけがない! 1週間潜り続けたガキでも勝てる相手だぞ!?」
「ってことは、あのおっさん……1層で見つからないってことは、2層から4層の間の、初心者用セーフティーエリアのどこかにテントでも張って隠れてやがるんだ!」
Cランク(適正75層まで)の戦士が、自信満々に推理を吠えた。
彼らの常識では、Fランクのおっさんが5層のボス部屋を突破してさらに下へ行くなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。これ以上の深追いは不要。1層で見つからないなら、2層〜4層の初心者エリアを泥臭くしらみつぶしにするだけだ。
「よし、野郎ども! 2層のゴブリンの巣から4層のネズミの穴まで、徹底的に燻り出すぞ!」
「100万円は俺たちの żeby(獲物)だ!!」
中堅冒険者たちは再び息を吹き返し、1層の奥にある階段へと一斉になだれ込んでいった。彼らがこれから、全く見当違いの「初心者エリア」で何日も無駄な泥沼の捜索を続けることになることなど、言うまでもない。
【新宿ダンジョン・地下400層・大ボス部屋】
「ふぅ、やっぱり24時間リポップのハティは、骨がしっかりしてて良い資材になるなぁ」
同じ頃、川野誠(38)は、先ほどミスリル針金でワンパンした400層の通常ボス『蒼炎の獄狼・ハティ』が遺した骨を、日曜大工用のノコギリでギコギコと切断していた。
おっさんが優雅にクラフトを楽しんでいるこの場所は、100層ごとのルールに従って配置された、エリア最強の『大ボス』が鎮座する400層の最深部。
地上の中堅たちが必死に捜索している「第5層のチュートリアルボス」など、誠にとっては15年前の初日に「なんか通路に変な動くカカシが置いてあるな」と、歩きながら素手でへし折った遠い記憶でしかなかった。
「あー、そういえば、昔は5層とか10層のあたりにも、たまに人が歩いてた気がするなぁ。最近は本当に誰も来ない。新宿ダンジョンって、本当に人気がないんだな」
誠はボソボソと独り言をこぼしながら、獄狼の骨を綺麗なレンガの土台へと加工していく。 [3]
おっさんの頭上では、国給のドローンがその平和なクラフト風景を淡々と生配信しており、平均視聴者数【205人】の画面には、いつも通りのんきなコメントが流れていた。
『おじさん、今日も安定の過疎ダンジョン暮らし助かる』
『骨をノコギリで切る音、ASMRとして最高だわ』
『新宿ってそんなに人気ないっけ? まぁおじさんの3Dゲームの中の話かww』
地上の冒険者たちが「5層までの初心者エリア」の泥にまみれて絶望しているその遥か地球の底で、
世界1位の未登録者は、今日も「超不人気ダンジョン」の静寂を満喫しているのだった。
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