第九話 魔導楽器工房『ガルドノイズ』
僕はおそるおそる《ガルドノイズ》の扉に手をかけた。
重そうに見えたわりに、扉は静かに簡単にゆっくりと開く。
――コン、コン、コン。
店の奥から心地いいリズムが流れてくる。
金属でも木でもない、不思議な音。
規則正しくて…でも少し遊びがある。
まるで誰かが歌う代わりに手で音を刻んでいるみたいだった。
僕はなぜか足音を殺しながら、そっと中に入る。
……すごい。
思わず息をのむ。
店内の壁という壁、天井近くまで、ぎっしりと楽器が飾られている。
ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス。リュートにブズーキ。
ヴィオラ・ダ・ガンバ…、アコースティックギターにウクレレ…
金属製の弦楽器は鈍く光っていて、普通の楽器とは明らかに違う存在感があった。
ハープは数が少ないけど一本一本が丁寧に作られているのが分かる。
ディスプレイ棚にはオカリナやカリンバなどが飾られている。
管楽器もあるにはあるけれど数は控えめだ。
……なるほど。
ここはきっと、弦楽器が主役の工房なんだ。
音を「張る」ことを何よりも大切にしている人のお店。
僕は一番近くにあったアコースティックギターのボディの中を少しだけ覗き込む。
――あ。
中には紫色に淡く光る丸い球が、金属の装具に固定されていた。
楽器の内部に溶け込むように設計され取り付けられている魔導楽器の核。
魔石装置だ。
「……この魔石、すごく大きい……」
思わず声が漏れる。僕のしっぽが勝手に揺れている。
僕がこれまで見てきた魔導楽器の魔石よりもひと回り……いや、ふた回りは大きい。
唯一、師匠のアコースティックギターの魔石よりかは少し小さい感じがした。
そう思いながら別の楽器へ、また別の楽器へと目を向けていると――
……あれ?
気づいたときには、さっきまで店内に響いていたリズミカルな音がぴたりと止んでいた。
僕ははっとして顔を上げる。
奥の作業部屋から、どすん、どすんと重たい足音。
そして姿を現したのは――
背は160センチほどの大きさ。
でも、とにかく横にでかい。
樽みたいに分厚い胴体に、岩のように太い腕。
長年ハンマーや重たい道具を使い続けてきたのが一目で分かる、圧倒的な上半身の存在感だった。
灰がかった鉄色の髪は短くまとめられ、
同じ色合いの髭は丁寧に編み込まれている。
年季の入った顔には深い皺が刻まれているけど――
その奥にある茶色の瞳は、意外なほど柔らかくて優しい。
……ドワーフだ。
その人は僕をじっと見てから、にっと大きく笑った。
「おぉ?珍しい!獣人族のお客か!」
声も大きい。
でも不思議と威圧感はない。
うるさいけど嫌じゃない。
むしろ……ちょっと安心する感じ。
僕は思わず背筋を伸ばした。
「え、えっと……はじめまして。このお店『ガルドノイズ』ですよね?」
「おうとも!」
胸を張るようにしてドワーフは親指で自分を指す。
「魔導楽器工房『ガルドノイズ』の店主にして魔導楽器職人、ブロム・アイアンフィールドだ!」
……この人が。
師匠から名前だけ聞いていた、“変わり者だけど腕は確か”なドワーフ。
想像してたより――
ずっと陽気で、ずっと騒がしい。
それに。
店中に並ぶ楽器たちを見回してからブロムさんの分厚い手を見る。
この人、ただの職人じゃない。
音の本質を知ってる人の手だ。
そんな僕の視線に気づいたのか、ブロムさんはふっと目を細めて言った。
「……楽器の心が見えそうな目してるな、嬢ちゃん。ただの観光客じゃねぇだろ?」
僕は心の中を覗かれた!?と感じながら胸の奥が少しだけ高鳴った。




