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風の歌を紡ぐ猫耳の吟遊詩人  作者: Jick Jasper


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第十話 (下)ブロムさんと僕

ブロムさんはしばらく黙っていた。

さっきまであんなに大きな声で笑っていたのに、今は腕を組んだまま僕を見ている。

……というより。

僕の“音”を見ている気がした。


「嬢ちゃん」


不意に呼ばれて僕は背筋を伸ばす。


「楽器を探しに来たんだな?」


「……うん」


それだけ答えるとブロムさんは、ふん、と鼻を鳴らした。


「だがな。ここに並んでるもんは “選ばせる”ための楽器じゃねぇ」


そう言って店内をぐるりと見回す。

壁に掛けられた弦楽器たち。

それぞれが違う音を秘めていて、それぞれが自身にあったパートナーを待っている。


「楽器ってのはな“出会う“もんだ」


……出会う?


その言葉が胸の奥で小さく鳴った。

ブロムさんはカウンターの横を通り過ぎ、奥の部屋にある布をかけられた机の前で立ち止まる。


「嬢ちゃん、こっちこい。手使って歌ってみろ」


「え?手を使いながら?」


「あぁ…すまねぇ、わかりにくかったな。歌声はいらねぇ。指だけでいい。机でも弦でも…ただ演奏しているふりでもいい。リズムを刻んでみろ」


「えっと…こんな感じかな?」


少し戸惑ったけど僕は深呼吸し、指先で机を軽く叩いて音を鳴らした。


――トン、トン、トン、トン。


まずは安定したリズムを数小節分。

そして少しずつ一定のリズムを崩していく。

今心地良く感じるリズムを探すように。


風を待つみたいにゆっくりと確かめるかのように叩く音。


トントン、ットトン。トントントントン。トーン、トントン。ントトン、ントトト。


僕はいつもの癖を無意識に混ぜながら、ほんの少しだけ時間を空けてリズムを刻み続けた。


……その瞬間だった。


「……ほう」


(やっぱこの獣人の嬢ちゃんがエルフィナの弟子だな。あいつが言っていた嬢ちゃんの癖そのままだ)


ブロムさんが低く笑った。




無骨な外見の楽器職人は布をばさりと外す。

そこにあったのは、まだ弦を張られていない未完成に見えるアコースティックギター。


きめ細かな木目の表板。色は…おそらく板を保護するために無色のオイルが塗られているのかな?

撫でるとさらさらとした心地よい肌触りがしそうな印象を受ける。

そして木本来の色だろう…綺麗な肌色をしている。


ボディの内側からはかすかに――

本当にかすかに。

風が囁いている気配がした。


「まだ名がねぇギターだ。だが相棒を待ってる」


ブロムさんは僕を見て言う。


「おそらく…嬢ちゃんをな」


「この子が僕を?」


胸がぎゅっと締めつけられた。


「がははは!!ギターの事をこの子って呼ぶのか!?気に入った!だがな…まだ調整が必要だ」


そう言ってブロムさんは背を向けた。


「あとは弾き手の力を最大限引き出せるように微調整をして、魔石を装着させれば完成なんだが…弦を張るのはもう少し先だな。その前に…」


ブロムさんは僕の瞳の中をのぞき込むかのようにじっと見つめてきた。


「この街で嬢ちゃんが“気持ちいい”って思う音を…心の内から奏でたいっていう音色を探してきな。嬢ちゃんの心にはまだ色が足りねぇからな」


……にっ!とやんちゃな笑顔を見せるブロムさん。

失礼かもしれないけど少し可愛いと感じた。



この街に来たばかりの僕は…

まだなにもわかっていない。


この街だけにしかない気持ちいいと感じる音、奏でたい音色…。

僕はこの街でどんな音を鳴らし、どんな音を伝えたいんだろう。

そもそも今まで心の赴くままに歌い、演奏してきた僕は自分自身に深い問いを向けたことがなかった。


やばい…考えても全然わからない!

だとしたらブロムさんが言うように色々なものに出会って、自然とそれを手に入れるしかないってことかぁ…。


見せてくれた風の気配がする楽器をもう少し見たい!と気になりつつも…


「この街で自分の音が見つかったら、また来てくれ」


そう告げたブロムさんに…


「うん、わかりました!」



と言ったすぐ後、僕はあることに気づいてそわそわしてしまった。

僕の耳も少しぺたんっと垂れている。



「ん?どうした?」


「その…このギターってどのくらいのお値段するのかな?」


机に置かれている未完成のギターはひと目見ただけでも、高級品だということがわかる。


「あぁ、そのことなら心配せんでもえぇ。エルフィナからもらってあるからな」


「エルフィナ…?」


どこかで聞いたことのある…。

って…。


「えぇ!!?師匠!?もしかして師匠がこの街に来てるんですか!?」


僕の耳は一瞬にしてピンッと元気よく立った。


「がははは!!やっぱ嬢ちゃんはエルフィナの弟子だったんだな。それにしてもその反応、エルフィナのことが大好きなんだな。だがあいにく…やつはこの街にはおらんぞ?」


勢いよく見回しながら師匠の姿を探す僕を見て、愉快そうに笑うブロムさん。


「エルフィナは三か月ほど前にここに来てな。そのとき代金と一緒に嬢ちゃんのギターの弾き方、手の大きさ。どんな性格や歌い方をしているか…背の大きさ、どの種族か…できる限り色々と聞かせてもらったんだ。そんでできた楽器が、風と共鳴しやすいように製作したこのギターってわけだ。」



賢くない僕でもすぐわかった。



「それって…、僕のためだけに生まれたギターってこと…?」


「そうだな。だが情けねぇ話だが、俺はまだ完全に嬢ちゃんの心の中を読め切れていない。つうわけで、この街で色んな人や出来事に少し触れてほしいんだ。おそらく数日で嬢ちゃんの心に色が生まれるはずだからな。」


ブロムさんは心の色を読むことで、楽器に魂を吹き込むことができるらしい。

瞳の中を覗き込むことでその人物の生き様や気持ち、考え方などを知ることができるっていうの!?

さらっと言っているけどそんなことできる職人は…

多分この大陸でも片手程の人数しかいないんじゃないかな。


「わかった!僕がんばって心を育てるね♪」


「嬢ちゃんいい顔してるなぁ!あのエルフィナが…良い弟子をもったようでよかった」


「あのエルフィナ?」


「ん?あぁ、エルフィナは若い頃、結構ないたずら好きで自由奔放な性格をしているくせに甘えただったんだ。昔、獣人の女の子を弟子に持ったって聞いたときは心配になったもんだ」


少し思い出に浸るように口元を緩めながらブロムさんは笑った。


「でも…。あいつはやり遂げたんだな。弟子である獣人の女の子がこんな良い顔してて、音にも愛されてる」


エルフィナが手紙を送ってくるときは弟子についての言葉も毎回書かれていてな。

そんなことを付け足しながらブロムさんは、うんうん。と感慨深げに頷いている。


「師匠…」


そんなことを聞いて、ふと僕の目から一筋の涙が流れた。



師匠に会いたい…。



師匠の話を聞いて寂しくなった僕の耳としっぽはすっかり元気をなくして垂れている。


「時間があるときゆっくりエルフィナの昔話でも聞かせてやるからな。さぁ!若者は元気よく上向いて進め!」


そう言いながらブロムさんは、少ししょんぼりしている僕の背中をバシッ!っと平手打ちして活を入れてくれた。


活を入れてくれ…って、めっちゃ痛い!!!


「おっちゃん痛いよぉ!!!」


筋肉質な体格のブロムさんに思い切り叩かれて、僕は背骨が折れたかと思った。


あ…。


ついとっさに僕は師匠の友人であるブロムさんのことを、おっちゃんと言ってしまっていた。


「がはははは!!わりぃわりぃ、つい気合いが入ってしまった!おっちゃん呼びか。それいいな。姪っ子ができたみたいだ!」


ブロムさんは僕の言葉を聞いてテンションが上がってしまったようで、”僕の綺麗な白金色の髪”をわしゃわしゃと乱暴に撫でてきた。


「ちょっ!髪がぐしゃぐしゃになるからやめてぇー!」


「おっと!すまねぇ、つい嬉しくてな!がはははは!!」


僕の髪…寝癖でぐちゃぐちゃになったような髪型になってる…。

大きな手で雑に撫でられていたので頭もふわふわする…。


「えと…。いってきますぅ~」


少しふらふらした足取りで…。

いってきます!?ここは僕の家か!?

と心の中で自分に突っ込む。


「おう!いってこい!元気な姿でまた帰って来いよ!」


ブロムさんはノリよく返事をくれた。


「うん、ありがとっ!」


そう挨拶をしながら僕は両手をブンブン振りながら工房を後にした。

ブロムさん、親戚のおっちゃんみたいな良い人で良かった♪


僕は心が再びあたたかくなるのを感じた。

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