3章11話 辿る先
「楽、この先を左側車線が駐車場の入口みたい……地図アプリで見る限りは、結構大きいところなのかな」
スマホのナビを見ながらの茜の言葉に頷いて運転しながら、俺は目的地の駐車場に車を止めた。
(さて、6つ目)
そう思いながら、俺は車を降りる。
俺と茜、詩音が訪れたのは、少し大きめの市民病院だった。
恵美子さん達の家からは少し離れているらしいが、こちらに専門の先生がいるらしい。
当たり前だが、病院に問い合わせたところで、久我山奏音が患者にいるかどうかなどはわからない。そのため、俺達が東京の目的の地域に到着して最初に始めたのは、詩音の記憶の場所を探すことだった。
勿論当てもなくがむしゃらに探しているわけではないが、常に頭の中では空振った場合のことを考える程度には、運任せでもある。
情報は、桐華さんと恵美子さんから聞いた、姉貴と会った可能性のある病院。
そして、姉貴から来た郵便の消印の場所。
恵美子さん達が忘れている可能性も考えつつ、茜と相談しながらチェックをつけた範囲にあるのは、10箇所に満たない程度だった。
後は、その場所の中に、詩音に見覚えのある場所があるかどうか。
最初の場所に到着してから1時間ちょっと、全部回って空振りだったことも考えてはいるが、せめて恵美子さんが姉貴と会ったであろう場所までは見つけておきたいところだった。
そして、詩音がきょろきょろとしながら、ふと立ち止まる。
「……楽さん、ここ」
そう俺に言いながら見渡して、そして一度目を瞑って、また視線をやって、頷いた。
「もしかして、当たりか……?」
俺は、その仕草に期待を込めながら、尋ねる。
「うん……ここだ! おばあちゃんとお母さんがいた場所、ここだよ!」
「よっし! 第一関門は突破だな!」
そして、詩音の弾んだ声に、俺もそう言って少しテンションが上がって、詩音と手をパチンを合わせた。
「じゃあ、どうする?」
茜が聞いてくるのに、俺はひとまず答える。
「とりあえずは、正攻法で行ってみようかと思ってる」
「……言ってたあれが正攻法かどうかはわからないけど、了解。詩音くん、行こう」
◇◆
「すみません、少しお尋ねしたいのですが」
消毒液の香りがわずかに漂う、広々とした受付フロアで、俺は受付の女性に声をかけた。待合室からは子供の咳き込む声や、テレビの天気予報の音が小さく聞こえている。
「はい、何でしょうか?」
白を基調とした制服を着た女性が、パソコンから目を上げて応対してくれた。
「…………この病院に、久我山奏音は今日は訪ねてきていないでしょうか? 私は久我山楽といいます、奏音の弟で、こちらは詩音。奏音の息子です」
俺は、少しだけドキドキする心臓を努めて無視しながら、受付の女性にそう質問した。続けて、怪しいものでは無いことを示すように、免許証も提示しておく。
「こんにちは!」
詩音もまた、にこにこしながら挨拶をした。
受付の女性はこちらの免許証を見て少し頷いた後で、机の上の予約表らしきものに目を落としながら首を傾げて言った。
「こんにちは。ええと、久我山さん、ですか? いえ、本日は予定は入っていないですね。検診も先週でしたし、次は来週だと思いますよ? えっと……直接連絡されてみては?」
(…………!)
俺は、平静を装いながら答える。
今のところ、怪しまれてはいないようだ。そう思って詩音にも目配せをすると、少しだけ緊張したように、詩音も頷くのが見えた。
「……そうですか。いや、実は、姉貴今日携帯を家に忘れて出かけたみたいで、もしかしたら病院に来ているのかと」
「そうですか、それは少し心配ですね……もし来られたらご連絡するようにお伝えしておきましょうか?」
「ええ、では電話番号をお渡ししますので、メモさせていただいても?」
本気で心配してくれている女性に少しだけ良心が咎めながらも、俺はちょうどいいとばかりに連絡先を渡してもらった付箋に記載していく。その間に詩音が女性に話しかけた。
「お姉さん、ありがとう」
そして、左手を握手のように差し出す。
それに少しだけ怪訝そうな顔をするも、子供がすることだと思ったのだろう。笑みを浮かべてその手を握った。
一瞬、詩音の表情がビクッとするも、笑顔はそのままに、ペコリと頭を下げる。
そして、俺と詩音は茜の待つ待合の椅子へと歩いていった。
「…………どうだ?」
「……うん、出来た」
俺のぼそりとした質問に、詩音もまた、短く答える。
元々、これを言い始めたのは詩音からだった。
詩音が母親を探したいと言ってから、もう一つ、俺におずおずと言った我儘。
『楽さん、僕、自分の能力について、もう少し知りたい』
『どういう意味だ?』
『おばあちゃんに触れた時に思ったんだ……おばあちゃんは覚えても無いような、強くない記憶なのに、僕は、お母さんをおばあちゃんから読み取った』
『……なるほど』
『だから、もしかしたら、その人のことを沢山考えたら――――』
『検索みたいになるかもってことだな……でもよ、正直俺はお前がそれを多用するのに賛成出来ねぇ』
『うん、でもね、なんとなくなんだけど。凄い強い思いとか、全部読んじゃうよりも、全然楽だったんだ』
『…………なるほど、そういうことも、あんのか?』
『だから、練習したい。楽さんに嫌な思いさせちゃうかもだけど』
俺は迷った末に、承諾し、少しずつ試した結果として、わかったことはいくつかあった。
詩音自身が会ったことがない人間や、よく知らなさすぎる相手の事は何も読み取れないこと。茜であったり、健一のような知り合いであれば、読み取れたこと。
俺自身が意識しているかいないかにも、関係しそうだということ。
そして今、詩音は、久我山奏音を思い浮かべた女性に触れて、読み取った。
だが、詩音は出来たと言いつつ、浮かない顔で。
「あのね……お母さんは見えた。でも、お金払ってるとこと、待ってるとこくらいで、全然手がかりになるようなものはなくて」
それを聞いて、それはそうかもしれないと俺は思う。
受付の女性と仲が良いとか知り合いでもなければ、病院内の情報だろう。
「……何か持ち物とかなかった? スーパーの袋とか」
「うーん……あ、でも紙袋持ってたかも、なんかね、熊さんの絵が書いてて……」
茜が尋ねると、詩音が少し思い出そうとするように目を瞑っていた。
その時だった。
「……あれ? 茜さん? やっぱり茜さんだ!」
そんな、茜を呼ぶ声が聞こえたのは。




