3章5話 食卓と糸口
「なるほど……それはうちの孫が少し我儘を言ってしまって申し訳なかった」
「いえいえ、それこそこちらのセリフです。助けていただいた上に上がり込んでお邪魔してしまっているのですから」
タイミング良く帰ってきたじいさんと桐華さん、恵美子さんのそんな年配同士の挨拶の後で、俺は食卓に料理を並べる。
茜も配膳に付き合ってくれて、改めて感謝だった。
「……わぁ、美味しそうなご飯。これは、あなたが?」
「ええ、料理は昔から好きで、料理のアルバイトもしています……詩音についてのお礼となるかわかりませんが、お口に合えばと思っています」
恵美子さんの言葉に俺は少しお客さん相手の口調で答えると。
「楽さんの料理はとても美味しいんだよおばあちゃん。それに、凄く温かいの」
「あら、そうなの、それは楽しみねぇ」
詩音もそう言って、二人でにこにことしてくれていた。
「「いただきます」」
配膳が終わって皆席につくと、そう手を合わせる。
「楽さん、これは何?」
「それはきんぴらだな。さつまいもと豚肉にゆずこしょうで和えてるから、少し詩音には辛いかもだけど? 詩音はこっちの天ぷらが好きだろ?」
今日の献立は少し奮発して、詩音の特に好きな天ぷらと、それに恵美子さん達にも優しいように、煮物ときんぴら、味噌汁といった和食だった。
「僕、給食以外でこんなに沢山で食べるの久しぶり」
「そうだな、普段はじいさんと二人か、俺がバイトない時でも三人だもんなぁ」
「うん」
食卓を大人数で囲むのはとても久しぶりだなと思っていると、詩音もそうだったようでそう呟きながら、美味しそうに食べてくれている。
祖父さんが無口なのはいつものことだが、茜や桐華さん、恵美子さんも美味しそうにしてくれているのを見ると、ほっとしつつやはりとても嬉しかった。
そして、食後にお茶を淹れて、一息を入れた時に、俺は聞きたかったことを言葉に出す。
「恵美子さん。もしかしたら桐華さんにもかもしれないのですが、久我山奏音という名前に、改めて聞き覚えはないでしょうか? 先ほど、桐華さんが来る前に、詩音が恵美子さんに尋ねていたのですが」
「久我山……奏音さん? そうねぇ、私は申し訳ないけれど聞き覚えはないわね。でもどうしてかしら。久我山ということはご親族の方なのだと思うけれど……お母さんの知り合い?」
それに、桐華さんは少し考えて、でも首を横に振ってそう言った。
「いいえ……ちょっと今の私の頭だと、忘れちゃっていることもあるのかもだけれど、覚えがなくてね。でも詩音くんに確かにさっき聞かれて気にはなっていたの」
残念ながら、知人というわけではなかったようで、少しだけ落胆しながらも、詩音を見て俺は続ける。
「……ええ、僕の姉で、詩音の母親です。ちょっと理由あって今は行方がわからないんですが」
「………そうなの? それは……その、大変ね。ごめんなさい、うまく言えないくて。でも、どうしてその方が私達の知り合いだと?」
桐華さんは戸惑ったようにそう言って、そして、恵美子さんもまた目を見開くようにして、そしてじいさんはいつも通りの難しい顔をして、俺と詩音を見ていた。気持ちはわかる。今日会ったばかりで、そして夕食を食べたばかりで急に他所の家庭事情を押し付けるように明かしてしまって申し訳ないとも思っていた。
だが―――――。
「その、ごめんなさい。僕がそう言ったから、楽さんは」
「うふふ、大丈夫よ、詩音くん。そして、楽さんも茜さんも、そしてお二人のおじいさんも、そんな顔をしなくても」
詩音がとぎれとぎれに言葉を紡ごうとするのを、優しく留めて、恵美子さんは言った。そして、桐華さんに尋ねる。
「この方たちにも事情はあるんでしょう。それに、こんなお婆さんを捕まえて何か騙そうとしているわけでもないでしょうしね。ただ、ねぇ……私はこんな感じだからあまり外出というものはしなくてね、今回も久しぶりに遠出をしたくらいなのよ」
「……その、差し支えなければなのですけれど、本日はどちらからいらしているんですか?」
「東京よ? とはいっても東京の外れといったほうがいいかしらね、多摩地区の更に西の方の青梅という場所なのだけれど」
「東京、ですか。でもあまり聞いたことが無いかも……」
俺がそう言って地図アプリを見ようとすると。
「僕、聞いたことあるよ。電車があるんだよ?」
詩音がそう言った。
なるほど、幼稚園や小学生の時でも、近くや行ったことのある地理はわかるのかもしれない。
「そうなのか? もしかして詩音が元々住んでいた場所が近いのか」
「……青に梅でおうめって読むのね、高速のインターもあるみたい。大体3時間ちょいか」
そう答えながら俺が見ていると、隣から茜も覗き込んできて、考えるように言った。
「おばあちゃん、庭があって、白い建物があるところとか、知らない? お母さんは、僕と似てるって言われてて、髪の毛が茜さんよりも長くてね……」
そして、詩音が恵美子さんに一生懸命伝えようとしているのを聞いて、首を傾げる恵美子さんの隣で、桐華さんがもしかしたら、と呟く。
それに、なにか心当たりでも? と俺が尋ねると、当てになるかわからないけれど、と桐華さんはこちらを向いて答えてくれた。
「最近で出かけたのはどこかしらと考えていたのだけれど、やっぱり一番は病院かなと思うわ。元々通っているところもそうだし、認知症の診断をしてもらった場所や検査してもらった病院があるのだけれど。少し大きめなところは庭、というか木々もあるし建物も白い物が多いしね……ちょっと久我山さんっていう名前はどうしても心当たりはないのだけど」
「……なるほど、病院。ありがとうございます」
確かに生活の中で通院している中で、姉貴と簡単に会話を交わしたとかそういう話なのかもしれない。
そう思った俺は、詩音を見て、頷いた。
「あまり力になれなくて申し訳ないわね……そして、そろそろお暇しないと、時間が遅くなってしまうわね……本当にごちそうさま。母の事も、茜さんも本当にありがとうございました」
「いえ、とんでもないです。こちらこそお引き止めしてしまって」
「いいえ……その、どんな事情があるのかはわからないけれど。見つかると良いわね」
そして、最後になにか思い出したら連絡をするからと、二人と連絡先を交換して、茜の連れてきたおばあさんの迷子の一件は終わりを告げるのだった。
◇◆
「詩音……悪かったな」
「楽さん?」
俺は、二人を見送った後で、家に入る前に詩音にそう声をかける。
「寂しいのは当たり前なのに……その、お前さ、あまり家で泣いたりしないだろ?」
「……うん、だけどね。無理をしてるわけじゃないんだよ? ただ、なんだかさっきはお母さんを見ちゃって、おばあちゃんに抱きしめられて、急に止まらなくなっちゃって」
そして、そんな俺の言葉に、詩音はそう答えて笑った。
少しだけ泣いたことで腫れた目ではあるが、詩音の表情がいつもよりもどこかすっきりしたようにも見えて、今日という偶然に感謝する。
「そっか」
「後、色々聞いてくれてありがとう。その、どこにいるかはわかんなかったけど」
「そうだな……ちょっとそれは、少し俺の方でも考えてみる。詩音も、溜め込みすぎないようにな。俺達はその……家族なんだから」
「……楽さん。うん、ありがとう」
そして、家に入りながら、俺は少し考えていた。
詩音がここに来て約二ヶ月。いや、姉貴が出ていって、8年。
そろそろちゃんと話をしたほうがいいのではないかと。




