3章6話 夜更けの本音
少し寝た影響で寝付きが悪いかもと思ったが、同時に疲れもしたのだろう。布団に入るとすぐに寝息を立て始めた。
俺は、起きなさそうであることを確認して扉を閉めると、リビングに向かう。
「あまり、わかっていることは少ないぞ?」
「そうだけど、そもそものところから、俺はあまりちゃんと話を祖父さんと出来てなかったからな……変な拘りみたいなもんでよ」
「…………そうか」
「そうかじゃねぇっての。言っとくけどなぁ、祖父さんのその口数の少なさもだいぶ原因だからな?」
「…………うむ」
うむじゃねぇっての、全く。そんな事を内心で思いながら、それを口にすると話が進まなさそうなので、俺はそれらを呑み込んでまずは最初のところから質問することにした。
「実際のとこよ、今更だけど姉貴はなんで出てったんだ? あの時は出ていったって言われてよ。正直変に納得しちまったのと、聞いちゃいけない気がしてたんだが……詩音の年齢的に関係があんだろ?」
「交際している人間がいるのは知っていた。だが、その相手はあまり良い相手ではなかった。少なくともわしにとってはな」
「相手。つまりは詩音の父親か……いい相手じゃないってのは?」
「年配の、妻子がいる人間だったようだな……調べることもできたが、調べんかった……詩音には父親もおらなんだと聞く。つまりはそういうことなのだろう。子どもが出来たことまではわからんかったが、詩音の話を聞いた時に、そういうことだったかと、な」
それを聞いて、俺はなんとなく納得してしまっていた。
祖父さんと姉貴のどちらもが中学時代の俺に対して詳しい説明をしなかったこと。
そして何より、姉貴は確かに年配の男が好みではあったのは子どもながらに覚えている。今思えば、どこか父親の影を重ねていたのかもしれない。俺自身は殆ど元の家族の事を覚えていないが、姉貴からの聞く話は父親が多かったからな。
駄目なことではあるが、なるほどと言う気持ち。そして、相手の事を調べなかった祖父さんの気持ちもわかる。詩音が将来、知りたいとなった時には詩音の自由だが、もう今更の話だ。第一、姉貴は一人で詩音を育てた、それが全てなのだろう。
「奏音と音信不通であったのも事実だ。だが、詩音が持っていた手紙の他に、わし宛に郵便物が一度来たことがある。お前がいない時であったがな」
「郵便?」
「色んな手続き用の書類と、金銭だった。そして、手紙があった」
「それは詩音が持ってたのとは別にってことか?」
「詩音のために、探してくれるな。そうあった。あれが、詩音のことはきちんと育てていたのは確かなのだろうと思う。だからわしは探さんかった……」
そこまで言って、祖父さんは言葉を切った。
それを俺は引き継ぐ。
「……なるほど。詩音を大事にしていて、だけど独りで来させた。詩音にも持たせつつ別でも必要なものを送らせる……そんだけ本気で、詩音を預けた、いや、手放す理由があったってことか。でもよ……」
「…………」
一度目の出奔とは話が違うが、祖父さんが無理に探そうとしなかったのもわからなくもない。詩音のため、と書かれていたということは、おそらく――――。
「詩音に知られたくない姉貴の事情か。まぁ書かれてたら、詩音に伝わっちまうかもしれないからな。そりゃ母親だ、知ってるか」
「そういうことだろうと思った。触れなくとも、本人が強く思いすぎると物を伝って伝わることもある、コントロールも効くようになるようだがな」
「…………違和感があったんだけどよ、祖父さんは、詩音の力について何か知ってんのか?」
俺は、納得するように頷く祖父さんに疑問に思っていたことを尋ねた。すると、祖父さんは静かにこちらを向いて。
「お前たちの祖母が、詩音と同じだったからな」
「……聞いたことねぇけど」
「話す機会があればとは思っていた。だが思った以上に詩音は折り合いをつけていたし、詩音がいなければ、お前たちに話しても信じはしなかったろう?」
そりゃあな、と俺は答えて、頭をかいた。
「でも、じゃああまり情報はねぇのか……確かに姉貴の気持ちもあるんだろうが、今日の様子を見てて、ちょっと反省したんだよな。祖父さんは詩音が泣いてるとこ見てねぇだろ?」
「あぁ……だが、確かに詩音は利口すぎる」
「そうだな。詩音は頭もいいし、いい子だ。空気もめちゃくちゃ読めるのは生まれたときからの力のせいもあんだろ……だけど、子どもだ。母親の気持ちがわかってようが、会いたいに決まってるよな」
「…………」
「とはいえ、闇雲に探すのもな、今日聞いた市の病院、めちゃくちゃあったし。電話して久我山奏音っていう名前の女性が患者にいないかとか聞いても答えてもらえるわきゃねぇし」
「…………」
「詩音も流石に住所を暗記はしてなかったみたいなんだよな……そもそもそこにまだ住んでるとも限らんし、というか多分引っ越してんだろうしな、って、何してんだ?」
俺がぶつぶつと悩んでいると、祖父さんがゴソゴソと紙を取り出した。
「……郵送されてきたものだ。郵便物としてな」
「住所が載ってんのか? って空白じゃん」
「消印を見てみろ」
「消印? なるほど、市だけじゃなくて町名まで書いてあんのか、気にしたことなかったな……」
そう言って、すぐさまその住所で調べてみると、駅に少し近い町名のようだった。
「正直、まだ迷ってはいる。詩音にとって、知らないほうが良いことなのかもしれねぇしな……だけどよ」
「あぁ」
「それを決めるのも詩音だし、何より、俺だった一言くらい、文句を言ってもバチは当たらねぇよな?」
「…………何にしても、あの子次第だ。わしらに出来るのは、その時のために事前に出来るだけ調べておくことくらいか」
「わかった」
俺はそう言って、祖父さんに改めて向き合う。
「祖父さん」
「なんだ?」
「詩音を引き取ってみてよ……なんつうか、思ったことがあんだわ」
「…………?」
こういう時にだけ察し悪く首を傾げる祖父に、俺は言った。
おそらく、こういう時に口に出しておかないと、いつまでも照れが勝ってしまうだろうから。
「感謝してる。育ててくれたことに。姉貴は出てっちまったけど、それでも」
「……そうか」
だから、「そうか」じゃねぇんだっての。俺はそう思って笑う。
目の錯覚かもしれないが、いつも仏頂面の祖父さんの口元が少し、緩んだ気がした。




