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蒼の錬金術師~底辺生活の少年が【超越の錬金術】で人生逆転し、最強へと至るまで~  作者: 字書きサバ/Saba can
第1章 一輪の妖精少女

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第8話 狂爪大熊(マッドグリズリー)

 大木のような巨体を誇る大熊の登場に、ルーカスの顔が青ざめた。


 (……まさか、さっきの騒ぎで起こしちゃったのか……⁉︎)


 けたたましい蔓の唸り、地面を揺らす衝撃音、そして、枯れ木の轟音。あれで目を覚さないはずがない。


「グルル……グガァウ……‼︎」


 魔獣は鼻をひくつかせ、睡眠を妨げた不届き者に鋭い眼光を向ける。


 その視線に、ぴくりと肩を震わせたのは——シルヴィだった。


「……っ」


 彼女の瞳がわずかに揺れる。自分の感情が制御できず、蔓を暴走させた結果、この魔獣を呼び寄せてしまったのだと気づいたのだ。


「私……の、せい……?」


 かすれた呟きとともに、彼女の足がすくむ。


 ルーカスは咄嗟に後退しながら、鋭く声をかけた。


「走れるか⁉︎ 今ならまだ逃げられるかもしれない……!」


 だが返事はない。横目で確認すると、恐怖に囚われたように、彼女はその場にぺたりと座り込み、小さく身を縮めていた。腕から生じた波紋が、如実に恐怖を伝えていた。


 (くそっ……腰が抜けてる⁉︎)


 ルーカスは舌打ちしそうになるのを堪えた。こんな状況で責められるわけがない。むしろ、当然の反応だ。


 だが、泉に座り込まれては厄介だ。逃げるにも足を取られ、最悪、巻き込まれる。


 迷っている暇などない。咄嗟にそう判断したルーカスは、腰のポケットから拳大の黒い石を取り出すと、大熊めがけて力いっぱい投げつけた。


 バチィィンッ‼︎


 正八面体の黒石が砕けると同時に、青白い雷光が空気を裂きながら爆ぜた。その突発的な閃光と衝撃に、魔獣は思わず足を止める。


「グルル……ッ⁉︎」


 魔獣の口から唸り声が漏れる。視覚と聴覚を一時的に攪乱できたようだ。その様子を横目で確認したルーカスは、迷わずシルヴィを抱えて走り出した。


「きゃっ⁉︎ ちょっと、勝手に触らないでよっ‼︎」

「言ってる場合かっ‼︎ 君が動けないなら、こうでもしなきゃ逃げられないだろ‼︎」


 抱えられたまま、シルヴィは顔を真っ赤にしながらも、反発の言葉を飲み込んだ。後ろでは、怒り狂った魔獣の咆哮が響いている。


 (クソっ! やむを得なかったとはいえ、判断を誤ったかっ⁉︎)


 ルーカスの背筋を、冷たい汗が伝う。


 魔獣の視線が、明らかに自分に向いている。皮膚のすぐ下を這うような悪寒が、それをはっきりと物語っていた。


 このまま泉から離れて、森の奥に逃げ込むのが最善かもしれない。


 もっとも、本来ならば、の話だが。


 あの魔獣には厄介な習性があると聞いた。狙いを定めた獲物は、どこまでも執拗に追いかけ、満足するまでズタズタに切り裂く。


 その様子を象徴するように付けられた異名は【血垂爪(ちだれづめ)】だ。


 そんな相手を前に、彼女を抱えたまま逃げ切るなど到底不可能だ。


 ルーカスは唇を噛み、息を深く吸い込む。戦いは得意ではない。手持ちの武器も限られている。


 それでも、血路を開くためには——腹を括るしかない。


 (こうなったら……やるしかないっ‼︎)


 手前の木陰まで駆けると、ルーカスは慎重にシルヴィを下ろし、ぐるりと振り返って、迫り来る大熊の前に立ち塞がった。


 腰のホルダーから、馴染み深い短剣を引き抜く。工房での仕事と独学で培った知識を活かして調整を重ねてきた、とっておきの一振りだ。


「気まぐれなそよ風よ、剣に纏いて大牙を築かん——《風刃》ッ‼︎」


 淡い輝きと共に、剣身の魔法陣が起動する。


 楕円状の気流が刀身を這い、金属音がギリリと唸る。それは、触れたものを切り裂かんとばかりに輝く“大牙”の顕現を知らせた。


 ルーカスは、大きく横に振りかぶり、息を止める。大熊はすぐそこまで迫っていた。


 (最大出力で……叩き斬る!)


 全身の力を込め、輝く一閃を叩き込む。


 ギャリギャリィィーッ‼︎


 回転する微細な刃が空気を裂いて奔る。振り抜いた刃は僅かに押し返されたが、それでも、大熊の肩口を確かにかすめた。


「グルァッ‼︎」


 低く唸るような咆哮。毛皮が粗く裂け、赤い線が浮かぶ。しかし、勢いは止まらず、荒ぶる巨体が距離を詰める。


 咄嗟にルーカスは、《風刃》の反動を利用し、振り抜き様に横へと跳ねた。土煙が巻き起こる中、魔獣の猛進を間一髪で回避する。


 (浅いっ……! やっぱり初級魔法じゃ通用しないのかっ⁉︎)


 必殺の一撃にはほど遠い。その事実に、ルーカスは歯噛みした。


 この短剣——錬金短剣は、本来大型の魔物と真正面から戦うための武器ではない。最低限の自衛力と作業効率を兼ね備えた、仕事のための道具として自ら改良してきたものだ。


 自衛用に施したのは、ソードブレイカー式の凹凸と、小型の魔法陣による簡易な魔法付与。


 なかでも《風刃》は、気流に乗せた微細な金属片で切断力を補う“非常用”の術式——だが、今の相手には、焼け石に水だ。せめて中級相当の出力の《風刃》でなければ、あの分厚い毛皮には敵わないだろう。


 いなされた大熊は、その場で土を抉りながら足を止める。そして、くるりと身体を反転させると、怒りの矛先をルーカスへと向けた。


「グルルルル……‼︎」


 低い声で唸りながら、じわじわと間合いを詰めてくる。様子を窺うような動き——どうやら、彼の存在を“脅威”と判断したらしい。


 (なんとか注意を逸らせた……けど……!)


 問題は、どう対処するか、だ。一番の得物が効かないとわかった今、手持ちの武器での討伐は不可能と判断するのが妥当だ。現実的な選択肢は「逃げる」ことくらいしかない。


 だが、何の策もなく背を向けるのは、むしろ自ら死地に飛び込むようなものだ。


 (……ダメ元で攻撃しながら、消耗させて距離を稼ぐか——ッ⁉︎)


 思考がまとまりかけたその瞬間、大熊が動きだした。


「グォォォ‼︎」


 怒りの咆哮が空気を震わせる。毛むくじゃらの巨体が、まるで大砲のように迫ってきた。


 だが、今回は違う。ただの突進ではなかった。


 上半身をぐいと持ち上げたその瞬間、片腕を大きく振りかぶったのだ。黒光りする鋭爪が、ギラリと閃いた。


(ッ……来る!)


 ルーカスは刹那の判断で、風刃を纏った短剣を交差させ、防御に入った。


 ガキィィィンッ‼︎


 激突の瞬間、甲高い金属音が耳を劈(つんざ)く。風刃が爪を受け止め、まるで火花が散るかのように風が弾けた。


 直後、衝撃が短剣から腕へ、骨を伝って脳天に突き抜けた。


(ぐっ……重い……ッ!)


 仕事柄ただでさえ非力であるというのに、痺れが追い討ちとなって握力が抜ける。《風刃》の回転刃が軋み、今にも短剣が弾かれそうになった。


 そんなルーカスの様子を好機と見たのか、大熊はもう一方の爪を振りかぶった。今度は真横。鋭利な刃物のような爪が、胴を薙ぐように迫る。


 ルーカスは決死の覚悟で短剣を投げ捨て、足に力を込めて飛び退く。


 爪が空を裂く。目の前が一瞬、白くぶれた。その刹那の隙を逃さない。


 (……やられっぱなしで、たまるかっ‼︎)


 ルーカスは腰のポーチから黒い石——電撃石を取り出すやいなや、全身の反動を込めて投擲した。


 バチィィッ‼︎


 青白い閃光が、再び大熊の眼前を白く染めた。


「グガァァァァッ⁉︎」


 魔獣はたまらず顔を激しく振った。目を灼いたか、電撃による痺れか、いずれにせよ好機が生まれた。


 これに乗じて、ルーカスはさらなる一手を仕掛ける。


「これでどうだッ‼︎」


 腰のホルダーから抜きざまに投げられたのは、三本の小型ナイフ。魔獣の前方を阻む陣形で地面に突き刺さり、甲高いスパークを走らせる。


「大地より出でし岩杭よ、我が意に従い敵を穿て——《岩穿杭(テラ・スパイク)》ッ‼︎」


 その声に呼応し、ナイフの上空で稲妻がバチバチと弾けだす。


 次の瞬間、地面がざわめき、土砂が吸い上げられるように盛り上がった。引き抜かれる大地の質量が、三つの岩杭となって宙に形成される。


 直後、土煙を巻き上げながら、三方向からの砲撃が炸裂した。


「グッ、ガァ、ガァウッ⁉︎」


 三発の岩杭が、魔獣の巨体に勢いよく喰い込む。腹、背中、そして顔面。抉れた傷口から赤黒い血が吹き出し、仰け反るように倒れ込んだ。


 (効いてる!)


 一筋の光が見えた。先ほどの小型ナイフ——錬成剣は、土属性の魔法を放つ魔道具だ。《風刃》と同じく初級魔法だが、こちらは重量で叩きつける術。斬れなくても、砕くことはできる。その読みは間違っていなかった。


 特に、頭部への直撃はかなり大きなダメージになったはずだ。眉間にもう一発当てれば、最低気絶くらいはしてくれるだろう。


 ルーカスは錬金短剣を拾い上げると、次の行動に思考を移した。もう片方の手は、既にホルダーの小型魔剣にかけられていた。


 (もう一本撃って、せめて気絶を……逃げる時間を作れれば……)


 だが、その目論みは、すぐに打ち砕かれることとなった。


「……グルル……」


 赤黒い血を垂らしながら、ぐらりと大熊は立ち上がった。抉れた傷は確かなものだったが……痛みに意を介す様子がない。それどころか、深紅の血線を走らせた目が、怒りの色を強めて脈打っていた。


 ルーカスは思わず息を呑む。

 

 (ッ⁉︎ まだ立てるのかっ⁉︎)

 

 仮にも奴はCランクに分類される魔獣だ。緑竜を斬り伏せたクロムでも、厄介だと言っていた。その闘争本能と生命力を前に、ルーカスは見積もりが甘かったと悟った。


「グガァァァァァ‼︎」


 怒りに満ちた咆哮が森を薙ぐ。直後、大熊の額からメキメキとサーベル状の角が露わになる。空気が引き裂かれるように軋み、周囲の気配が一変した。


 途端に、森のあちこちで乱れ吹いていた風が、大熊へと引き寄せられていく。塵と木の葉が舞い上がり、体毛の周りに、不可視の揺らぎが生まれた。


 (まさか……風を……纏ったのかっ⁉︎)


 不自然なほどに、体毛が一定の流れで靡いている。理屈よりも先に、直感がそれを告げていた。これは「防御体勢」なのだと。


「っ!」


 ルーカスは、反射的に錬成剣を地面に突き刺していた。詠唱はない。そんな余裕はないと、相手の様子から感じ取ったからだ。


 剣身からスパークが走り、《岩穿杭(テラ・スパイク)》が撃ち出される。大砲もかくやという速度で放たれた砲撃は、盛大に土煙を巻き上げ、狙い違わず大熊の頭部へと叩き込まれた。


 ……が、土煙が晴れたとき、そこにあったのは、倒れ伏す巨体ではなかった。


 立っていた。

 

 大熊は、わずかに首を傾げただけで、なおもその場に立っていた。

 

 頭部に命中したはずの岩杭は、途中から無惨に砕け、半分に割れた残骸が、大熊の背後の地面に突き刺さっている。


 (《岩穿杭(テラ・スパイク)》を……弾いた⁉︎)


 それは、淡い期待を容赦なく打ち砕く結果だった。


 だが次の瞬間、肌を刺すような威圧感に、ルーカスは我に返る。


 大熊は怒りに燃える眼光で、ルーカスを睨み据えていた。


 (ッ⁉︎ くるッ‼︎)

 

 ルーカスは本能の叫ぶままに地を蹴った。


 直後、ドスドスと重々しい足音を響かせながら、凄まじい風圧とともに巨体が肉薄する。その勢いのまま、黒爪が横薙ぎに振るわれた。


「くっ‼︎」


 直感に従い、ルーカスは咄嗟にしゃがんだ。遅れてやってきた荒ぶる風が、青髪を掠める。


 (この風圧っ‼︎ さっきよりも威力が上がっている⁉︎)


 チリッと、髪の毛が切り裂かれる音に冷や汗をかく。先ほどよりも殺気が増しているのを肌で感じ取った。


 ルーカスは大熊の脇下に潜り込み、すかさず短剣で反撃に出る。


 (これでどうだっ‼︎)


 すれ違い際に脇腹を切り裂こうとした——そのときだった。


「うぐっ⁉︎」


 圧縮された風塊で殴られたかのような衝撃が、不意に腕を貫いた。刃に触れるはずの感触はなく、そこにあったのは「うねり」、渦巻く圧力——風の膜。いや、鎧と呼ぶべきか。


 それでも、ルーカスは歯を食いしばって、刀身をグッと押し込んだ。だが刃先は、肉に届く前に流される。切断の手応えはなく、ただ弾かれた感触だけが残った。


 (クソっ! 膜が邪魔している‼︎)


 内心で悪態を吐いた、その刹那、さらなる衝撃が走った。大熊がもう片方の腕を振り払ったからだ。


 風を纏った丸太のような前腕が、横殴りに叩きつけられた。


「うぐっ⁉︎」


 ルーカスの身体が吹き飛ばされた。視界が揺らぐ。


 ザバンッ‼︎ 鈍い衝撃とともに、水面が大きく弾けた。脈打つ痛みとともに身体が熱くなるが、そんな痛みに意を介している暇はない。大熊が、間髪入れず飛びかかってきたからだ。

 

「グガァァッ‼︎」

 

 ルーカスは回避に専念した。幸いにも泉は浅く、水で足元を掬われることはなかった。


 再び、水飛沫があがる。大熊は泉に足を深く踏み込んでいた。


 ルーカスはその隙を逃さなかった。咄嗟に投げた薄水色の小型魔剣で、反撃に出る。


「きらめく氷の精霊よ、その力をもって水面を凍てつかせん——《氷精の悪戯(フリーズ)》ッ‼︎」


 小剣が突き刺さると同時に、剣身の魔法陣が輝く。凍てつく波紋が水面に広がり、大熊の足元をがっちりと凍らせる。さらに体毛に付着した水滴を伝い、氷の枝となって伸びていく。


 その途端に、大熊の身体を包んでいた揺らぎが霧散した。ルーカスの目は、その変化をはっきりと捉えている。


 (あの膜が消えたっ! 今なら……やれる!)


 迷いはなかった。ルーカスは、すかさず一本の小型剣を引き抜いた。狙うのは首元。身動きが取れず、鎧も失った今が、最大の好機だ。


 (詠唱で火力を上げれば……いけるっ‼︎)


 選んだのは【灼熱剣】。赤熱した刃で肉を焼き切る、ルーカス特製の小型魔剣。


 ルーカスは大熊の首に回り込みながら、魔剣の力を呼び覚ますまじないを口にした。


「赤く、熱く、滾(たぎ)れ鋼の魂——《赤熱化》ッ‼︎」


 その声に応えるように、刀身が紅く滾り、輝きだす。


 (これで、トドメだっ‼︎)


 必殺の刃を、急所に突き立てる。魔剣の熱量は凄まじく、毛皮を焦がし、硬い皮膚をじわじわと焼き切っていく。


(切れてる! これなら……いけるっ‼︎)


 勝利を確信し、勢いそのままに押し込もうとした——そのときだった。


 不意に向けられた大熊の視線が、ルーカスを射抜く。同時に、その顎門をガバッと開く。


 凶悪な牙がずらりと並ぶ奥。そこには奇妙な歪み——今にも爆発しそうな、圧縮された風の塊が渦巻いていた。


「っ⁉︎ しまっ——⁉︎」


 コンマ数秒の間に、理解が追いつく。鎧の風は消えたのではない。反撃の矛へと変換されていたのだ。


 仕留められる。そう思って突き進んだのが、致命的な間違いだった。


 悪寒が走るも、時すでに遅し。次の瞬間、ルーカスの身体は圧縮された風塊に吹き飛ばされた。


 ボゴォォンッ‼︎

「がはっ⁉︎」


 凄まじい衝撃とともに、身体が大木に打ちつけられる。肺の空気が無理矢理掻き出され、思うように息ができない。


 一拍遅れて痛みが押し寄せた。背中がじわじわと熱を帯びていく。先ほど受けた腕の攻撃も相まって、骨が折れていてもおかしくはなかった。


 (早く……回復薬を……せめて……この痛みさえ……感じなければ……)


 ポーチから小瓶を取り出そうとする。だが、痺れた指は言うことを聞いてくれなかった。


 (いや……焦るな。まだ奴は……こっちには——)


 そう自分に言い聞かせていた、その瞬間。


 望みは儚く砕け散った。


 ——氷床とともに。


「グガァァァァルッ‼︎」


 大熊は前脚の拘束を解いていた。大きく息を吸いこみ、何かを溜める動作を見せる。


 その瞬間、森のあちこちで乱れ吹いていた風が、引き寄せられるように大熊に収斂していく。


 鼻息を荒げて、後脚で立ち上がる。巨体を揺らしながら威圧するように両腕を広げると、爪の周囲に揺らぎが生じた。


 それは次第に淡い緑色を帯び、やがて——刃の輪郭を浮かび上がらせる。


 (まさか……《魔力刃(マジックカッター)》か⁉︎)


 体内から放出した魔力を刃と化す、中級に分類される魔法。しかも、その刃を覆うように、風が渦巻いている。


 (風で回転させて……飛ばすつもりかっ⁉︎)


 結論から言えば、ルーカスの読みは的中していた。彼はまだ知らないが、それは冒険者の間では“遭遇=致命傷”と認識されている行動だ。


 風で魔力刃を回転させ、獲物を切り裂く大技。


 誰が呼び始めたのかは定かではない。しかし、それは恐怖の象徴として、こう呼ばれている


 ——【狂風刃】と。


 大熊が爪を振り下ろそうとする一方で、ルーカスに避ける余力はなかった。絶対絶命の状況。だが——彼は諦めなかった。


 (ここで死ぬわけにはいかない……どんなときも、必死に抗った奴が勝つんだ‼︎)


 生きて、まだやるべきことが沢山ある。満身創痍の身でありながらも、心に灯した抵抗の意志は消えていなかった。


 ルーカスは首に掛けていたペンダントを掴み、詠唱とともにありったけの魔力を注ぎ込む。


「女神の盾よ……我が願いに応え……顕現せよ……——《聖盾(せいじゅん)》」


 その瞬間、盾の意匠のペンダントが白く弾ける。光の粒子が収束し、ルーカスの眼前に輝く大盾が立ち上がった。


 直後——大熊の【狂風刃】が放たれた。


 ドゴォォォォンッ‼︎


 爆音と暴風が、波紋を広げる。

 

 風の刃が、声を荒げて——狂い裂く。

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