第37話 悪意満ちる
発光石のランタンに照らされながら、二人は時を過ごす。
風狼は熱々の肉を頬張り、ルーカスは魔道具と薬の補填を行う。今回の働きぶりへの労いとして、使い魔たちにも肉をお裾分けすることにした。
(うむっ、美味い! この一角獣、初めて食うがさっぱりしている。そのうえ、いつもの辛味と蜂蜜の甘味の相性も抜群だぞ!)
(ピリッとしてるけど、フワッとまろやか~!)
(かめばかむほどお肉が喜ぶよ~!)
「それはよかったよ」
風狼たちの食べっぷりに、ルーカスは思わず笑みをこぼす。
一角獣は全体的に筋肉質で、解体が難しかった。肉の下処理をするための材料も時間もなかったので、案の定焼き上げた肉は硬くなってしまった。
そんな肉を、風狼たちは易々と噛みちぎり、胃の中へと収めていく。改めて、彼らの顎の強靭さを実感した。食レポになると途端に饒舌になるところも、主によく似ていると思ってしまう。
「でも、こんな迷宮の中で蜂蜜を……しかも、すごく上質なものが手に入るだなんて、思いもしなかった」
(礼なら使い魔どもに言ってくれ。もっとも、大規模な巣を見つけなければ、大蜂どもに襲われることはなかったのだがな)
「……余計な労力を割いたってところか……」
(えへへ。照れちゃうな~)
(褒めておらんわ……)
「まあまあ。怪我もなかったことだし」
とはいえ、大きな収穫になったことに変わりはない。蜂蜜や一角獣の角が手に入ったおかげで、治療薬の改良もできた。
「それに、風狼が狩ってくれた魔物の素材で、使えそうな装備も用意できそうだよ」
(ほう……そうなのか。ルカが使う道具のことだ。さぞ凄まじい成果を出してくれるのだろうな)
「使う場面があれば、だけどね……」
本来であれば、使わないに越したことはない。それでも、この魔境から抜け出すためなら、色々と手を打つつもりだ。
「もう少し時間がかかりそうだから、ちょっと待ってて」
(うむ。それなら使い魔どもに、また探索でもさせておこう)
「それは助かるよ……って、あれ? 使い魔たちは?」
(……むぅ……あやつらめ……勝手に外に出おったな……)
元から好奇心旺盛なあの子狼たちだ。きっと迷宮に興味を示して、ちょっとした冒険にでも出かけたのだろう。
(まったく……まぁ、危険と判断した時は我が強制的に引かせるがな)
「やんちゃな子を持つと大変だね。なんかお爺さんみたいだ」
(……あやつらは、我の子孫ではないぞ)
「うん……そういう意味で言ったわけじゃないんだけど」
(ははっ、冗談だ)
冗談にしては、まるで本気で受け取ったような反応だ。やはり、ちょっと抜けている。だが、そんな風狼の天然ぶりに、ルーカスは内心クスッと笑みをこぼす。
——その矢先。
子狼たちから風の伝言が届いた。
(ご主人さま、ご主人さま!)
(むっ? どうした? 何をそんなに慌てているのだ)
(なんか、見慣れない部屋に出ました!)
(……その場から動くな。今から視界を覗く)
(はいっ!)
そう言って風狼は目を閉じ、直後、怪訝な表情を浮かべた。
「もしかして……次の階層なの?」
(わからん……しかし、人が住んでいるような気配がした)
「人? まさか、僕たち以外にも迷宮を探索している人がいるのかな?」
(とにかく行ってみるか。肉眼で確認するほうが早い)
風狼の方針に、ルーカスも短く頷く。そして軽く装備を確認してから、二人は拠点を出た。
------
使い魔の気配を頼りに、ルーカスたちは件の場所へと足を運ぶ。意外にも目的地は近く、野営地から一キロもない距離にあった。
(あっ! ご主人さま!)
(ルカお兄ちゃんも!)
(ここか……まったく、おまえたちは……勝手に出歩くなと前にも言っただろうに……)
(うっ……ご、ごめんなさい……)
(冒険したくて……つい……)
お叱りを受けて、子狼たちは揃ってしょんぼり。
だが、風狼はため息を吐くだけで、それ以上叱ることはなかった。
(……まぁ良い。今回の発見に免じて、許してやろう)
「それで、その新しい部屋っていうのは……?」
(うん。この扉の先だよ)
子狼たちが指を差した扉は、僅かに開いている。隙間からこぼれた光は、迷宮には似つかわしくない、日常の断片のようだ。
「風狼……罠の気配は?」
(今のところはないな。もしあったとしても、我が援護しよう)
「了解……」
ルーカスは慎重に扉を開ける。
ギギギッ……
重厚感のある擦れ音を響かせながら、光がさらに差し込んだ。夜目に慣れてしまったせいか、余計に眩しく感じる。けれど、それもやがて馴染んでいく。
そして、ルーカスは驚愕に目を見開いた。
「……ここは、一体……」
そこは、本棚で埋め尽くされた通路だった。所々に蠟燭の灯火が宿り、その暖かな光が辺りを包み込んでいる。さながら、大規模な“書庫”のような空間だった。
「綺麗に整理されているね……たしかに、これなら人が居そうな気がする」
(ふぅむ……しかし、我の見当違いだったかもしれん)
「……まさか、気配はないの?」
風狼は短く頷いた。
(魔力探知も使いながら探ってはいるが……魔物一匹の気配すらせん。しかし、巧妙に姿を隠す輩もいるかもしれんからな……)
「油断は禁物か……」
(取り敢えず、使い魔は退かせておこう。あまり長く顕現させていると、ごっそり魔力を持っていかれてしまう)
「あ、そうなんだ……」
すっかり忘れていたが、あの使い魔たちは風狼の魔力で形成された、いわば分体だ。それなら、たしかに維持にはかなりの魔力が必要になる。ここぞというときに繰り出せないのは何かと不便だ。
風狼が「戻れ!」と子狼たちに呼びかけると、すぐさま子狼たちは風狼の体毛へと溶け込んでいった。
「それにしても……これらの本は一体……よく分からない文字で書いてあるみたいだし」
(我にもわからん。だが、もしかすると古代の遺物なのかもしれんな)
「古代の遺物か……それにしては状態が良いな……」
紙の端が僅かに黄ばんでいるが、経年劣化にしては少なすぎる。誰かが手入れしなければ、ここまで劣化を抑えられていないはずだった。
ルーカスはふと書物を取り出し、羊皮紙で出来たページをめくってみる。
「ん? なんだこれ⁉︎ 文字一つ書いてないじゃないか⁉︎」
(なに? それは奇怪な……)
「背と表紙には題名が書かれているのに……中身が空っぽなんて……」
いくらページをめくっても、絵や図のひとつすら描かれていない。ルーカスは一冊、また一冊と本を確認したが、どの本にも内容は一切記載されていなかった。
「まさか、ここの本って全部こんな感じなのか……?」
(そんなことが……よもやあり得るというのか……)
「いや、普通ならあり得ない。だって本は重要な記録媒体なんだよ? 国についての歴史だとか、魔法や錬金術の研究資料だとか、それらをまとめて保管するのが本来のあり方なのに……」
これでは、残存する本たちはただの飾りだ。これほどまでに意味をなさない本棚が存在するのだろうか。
(なんとも異質なものだな……)
「はぁ……。だけど、ここは迷宮だからなぁ……」
短絡的だが、そうとしか言えない。こんな異常な光景も、“迷宮だから”で説明がついてしまう。もっとも、モヤっとすることに変わりはないのだが……。
考えてもキリがない。
ルーカスたちは思考を切り上げて、別の部屋はないかと探索を始めた。
その直後——
コツンッ……コツンッ……
(……むっ⁉︎ 聞こえたかッ、ルカッ!)
「ッ⁉︎ これは……足音ッ⁉︎」
突如として、二人の背筋に冷たいものが走る。
「……風狼。何か気配は……?」
(何も……ない。風の流れも、殺気も、魔力すらも感じぬ……)
持ちうる索敵能力を総動員しても、それらしき気配は感じられない。だが、あの足音がはっきりと聞こえた以上、その主がいることは間違いない。
「……取り敢えず、手早く別の部屋を見つけよう」
(うむ……そうだな。ここにいると、何か良からぬことが起きそうだ……)
『あの……私で良ければ、案内しましょうか?』
「あ、あぁ……それは助かるよ……」
ルーカスは思わず顔が青ざめた。そして、潤滑油が足らない機械のようにぎこちなく振り向く。
そこには、フードを被った色白の少女が、立っていた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ⁉」
(ぬわおぉぉぉぉぉぉッ⁉)
『……驚きすぎ……』
風狼も思わず絶叫。そんな彼らに、少女は少しだけ悲しげに目を細めた。
「ききき、き、君は一体ッ⁉︎」
『私は……私……は?』
(な、なんだ貴様……何故、名を名乗れんのだ⁉︎)
『……よくわからないから』
戦慄もどこへやら。ルーカスたちは、拍子抜けしたように崩れ落ちた。
『とにかく……私、案内を任されてるの。この先に行きたいなら着いてきて……』
「わ、わかったよ……」
(おい、ルカッ! 罠かもしれんのだぞッ⁉︎)
『……別に、罠だと思うなら着いてこなくてもいい……』
少女はそう言って、フードの隙間から青髪を覗かせながら、背を向ける。けれど、その様子を見る限りでは、殺気や敵意の類は感じられなかった。
『……だけど、このお部屋は彼の気まぐれで動くの……』
「彼……?」
コクリと、少女は短く頷いた。
『彼は悪戯好きなの……。だから……お兄さんたちは、きっと振り回されちゃう……』
(小娘。その“彼”とは何なのだ? この階層の主だと言うのか?)
『……ごめんなさい。そこまではわからない……』
(わからぬだと……ふざけたことを抜かすなッ!)
「落ち着いて、風狼!」
今にも飛びかかりそうな勢いで怒りを露わにする風狼を、ルーカスが制止する。その一方、少女は眉一つ変えず、淡々と言葉を綴る。
『……私についていけば、安全だから……』
(ぐぬぬ……)
「……よし、わかった。風狼、今回はこの子の案内に従ってみよう」
(ッ⁉ それでよいのかッ⁉)
信じ難いと言わんばかりに、風狼は目を見開いた。
「彼女の言ったことが本当なら、僕らが自力で出口を探すのは難しいはずだ」
(しかし、罠の可能性も……)
「うん。その可能性はもちろん承知してるよ。だけど、この部屋に入った時点で、既に罠に嵌ってしまったと考えたほうがいい」
この少女の言う“彼”が部屋を操っているなら、そこはもはや術中に嵌められたのも同然だ。そうなった以上は、避けては通れない道なのかもしれない。
『……お兄さん。優しいんだね……』
「勘違いしないでね。もし僕らに危害を加えようとしたら……容赦はしないよ?」
腰の錬金短剣に手をかけながら、ルーカスは釘を刺す。表情こそ、子どもと接するように柔らかだが、その瞳の奥では、氷刃の如く鋭い光をチラつかせていた。
『……わかってる。今まで会った人たちも、そんな風に言ってたから……』
そう言って、今度こそ少女は背を向けて歩き出した。ルーカスたちは、彼女の後ろを警戒しながらついて行く。
「ねぇ、さっき“今まで会った人たち”って話していたけど、君はどのくらいここに居るの?」
『……わからない。だけど、たぶん数百年近くは経ってると思う』
「数百年……?」
どうやって数百年という時間を測ったのだろうか。それとも、何処かに時計台や暦紙でも設置してあるのか。“たぶん”という点がさらに怪しさを倍増させるところだ。ルーカスは、思い切ってその部分に切り込んでいく。
「それは……どうやって測ってるの? ここだと昼夜の流れがわからないはずだよ?」
『……そんなことない。お日様とお月様の追いかけっこは……ここでも見られる』
「えっ?」
『この先で……お空が見える』
そう言葉を交わしながら、少女が目の前の扉を開ける。
その先で目にしたのは——荘厳な庭園だった。
(なんだ、この区域は……)
「……嘘だろ? 地上……なのか?」
吹き抜けから見える青空と、そこから差し込む日差しは、間違いなく地上のものだ。地下へと潜っていたはずが、何故かそこには地上と変わらぬ青空が広がっていた。
『ここは……ちゃんと夜も来る。この先だよ……』
庭園を通り抜け、古代様式の宮殿へと進んでいく。
圧巻されるほどに巨大な宮殿。噂に聞く“レニス王国”の宮殿も、きっとここと似たような場所なのかもしれない。
しかし、その空気はどこか物寂しい。そこに違和感があった。
(……ルカ。この建造物、妙に静かだ……気配も感じられん)
「……僕も思った。見渡しても誰ひとりいない……」
灯りは点いているし、手入れも行き届いている。それでも、すれ違う人々の姿はどこにも見当たらない。
やがて荘厳な意匠が施された扉が見えてきた。
『……この先は玉座の間。くれぐれも粗相のないように……』
「う、うん……」
(……承知した)
忠告をしたのち、少女は重厚な扉に手を当てる。
『——開け』
彼女の言葉に呼応するように、扉の紋様が淡い光を放った。
ガチャッ……ギギギッ
「魔法で開けるのか……」
そんな呟きには目もくれず、少女は扉の先へと進んでいく。
『……陛下。お客様をお連れしました』
「うむ、入れ……」
玉座から、渋い男の声が響く。
深く刻まれた皺に、整えられた髪と髭。オリーブを模した金色の王冠を被った男が、その三白眼でルーカスたちを捉えた。
「この者たちは何者だ?」
「……お、お初にお目に——」
『異界より迷い込んだ者たちにございます……』
「そうか……異界の……」
——挨拶させないのかよッ⁉
作法を誤ったのだろうか。二人のやり取りが淡々と進む中、ルーカスたちはすっかり蚊帳の外だった。
(いやいや……やっぱりおかしい……)
ルーカスは横目で隣の風狼を見る。
——風狼の目つきは、いつにもなく鋭かった。
「よろしい……貴殿に褒美を取らせよう」
『ありがたき幸せ……』
そして、その反応が、実に正しいものだったのだと、ルーカスは思い知ることとなった。
「ははっ、そう畏まるな……ずっと我慢しておったろうに……」
「我慢……?」
(だと……?)
恐る恐る、少女へと視線を向ける。
……垂れた。
一滴の雫が、ぽたりと……
『じゅる……はぁ……はぁ……』
「そうかそうか、待ちきれぬか。よかろう。久々の食事……存分に楽しむがよ——」
シュパァァァァァァァンッ!!
言葉を遮るように、黄緑色の影が通り過ぎる。直後、少女と王は身体を真っ二つにされ、その場に倒れ込んだ。
一瞬の光景に、ルーカスは絶句する。
「……ッ⁉ ふ、風狼⁉」
(ルカッ! よそ見をするな。構えろッ!)
「ッ……やっぱり、あの二人、何かがおかしかったのか!」
(うむ。気配は感じなかったが……叩き斬って正解だったようだ)
——はははっ……随分と物騒なことしてくれたじゃないか……。
愉快そうで、それでいて酷く耳に障る不気味な声が、玉座の間に響き渡った。
どこから聞こえてきたのか。ルーカスたちは、思わず辺りを見回す。
(どこの誰かとは知らんが……姿を現さんとは、よほどの臆病者だと見受けられるッ!)
——臆病だって? 勘違いしないでもらいたいねぇ~。私は単純に動けないだけだよ。だから、彼女の助力を得ているんだ。
(……貴様、何者だ……?)
——おいおい。主に向かって失礼じゃないかな~? まぁ、そんなことは気にせんがね……
物騒なことを口にしているというのに、声色は依然として愉快そうだった。
——私は……ガープ。
——かつて人々は、こう呼んだ。
——“怨嗟の霊薬”、とね……
面白いと思ったら、ブックマークと高評価お願いします!




