第32話 意外な収穫
(……カッ……きろ……ルカッ!)
「……はっ⁉︎ 風狼……」
風狼の肉球と、揺さぶるような呼び声によって、次第に意識が戻ってくる。
身体中を包む冷たい感触が、鮮明な記憶を呼び起こした。
「気絶しちゃったか……そうだっ! あの竜はッ⁉︎」
(……どうやら、生き絶えたようだぞ……)
風狼の目配せを受け、ルーカスもそちらに視線を向ける。
黒鉄竜は瞳を閉じ、ぐったりと倒れ伏していた。
金属音はおろか、微かな鼻息すら聞こえてこない。
その姿には、もはや生命の気配など微塵もなかった。
まるで、荘厳に鎮座する、黒鉄のオブジェのようだった。
(……もっとも、最後まで牙を剥けてきたのは度肝を抜かれたがな……)
「僕が気絶している間に、何があったの……?」
(迫り来る電撃を捌いていたら、最期の“閃雷”を放とうとしてきた。流石の我も、冷や汗が止まらなかったぞ……下手にその場から動くこともできなかったからな)
「最後の……閃雷?」
(うむ。断末魔の代わりとでも言うべきか……気絶したルカを守りながら、我は奴の攻撃を凌いでいた。だが、奴は最後の力を振り絞って、あの雷を放とうとしてきたのだ)
風狼は苦々しげに語る。
(我も渾身の咆哮で迎え撃ち、どうにか“閃雷”の軌道を逸らした。……正直、あれ以上の余力があったなら、我もルカも死んでいただろう)
「……そこまで……」
ルーカスは改めて、倒れ伏した黒鉄竜へ視線を向けた。
既に息絶えている。
それでも——最後の最後まで、己の縄張りを侵す者へ牙を剥き続けた。
その姿には、奇妙な畏敬すら覚えた。
(それにしても、まさか地面を凍らせて電撃を弾くとは……見事な策だった)
「咄嗟に思いついたんだよ。磁鉄鉱は急激に冷やすと電気を通しづらくなるって、聞いたことがあったから」
もっとも、ルーカスも詳しい理屈まで知っているわけではない。工房仕事の中で教わった、あくまでも断片的な知識だ。
「だけど……“閃雷”はまともに受けていたら、防御のしようがなかったと思う。仮に、僕が《聖盾》を展開できたとしても、貫通されてたよ……きっと」
(そうか。それと、その“閃雷”なのだが……どうやら、雷を纏わせて礫を放つものだったようだ)
「……そうなの?」
(うむ。あの壁に埋まった、光る石だ)
風狼の視線を、ルーカスも追う。その先には、黒鉄の壁を赤熱させながら、蒼白く光る鉱石の塊が突き刺さっていた。
「つぶ……て? 岩でしょ……どう見ても」
(……言われてみれば、そうだな。うむ……)
黒鉄竜からすれば石ころのようなもの。
それを、あれほどの超高速で撃ち出す。
改めて考えてみれば——奴の脅威はやはり底知れない。
そんな相手に、力不足ながらよく勝てたものだと、ルーカスは今更ながら実感した。
「それにしても……やっぱり。あの鉱石、灯りと全く同じだ」
(なるほど……だたの灯りではなかったということか)
違いがあるとすれば、撃ち出された直後は強く発光し、微かに電気を帯びていたことくらいだ。
恐らく、あの鉱石には電気を蓄える性質がある。
「……ってことは」
ルーカスの視線が、ゆっくりと黒鉄竜へ向いた。鋭い爪。巨大な翼。全身を覆う、黒鉄の外殻。
どれも、これまで見てきた素材とは比べ物にならない。
「……風狼。少し時間をくれない?」
(むっ? 何をするつもりだ?)
「この竜の素材を使って、装備を強化するんだ」
(……先を急がねば、間に合わなくなるぞ)
「わかってる。だけど、この先もさっきみたいな足止めを喰らうかもしれないでしょ」
ルーカスは、黒鉄竜の亡骸を見つめる。
この身体には散々苦しめられた。同時に、地上の魔物とは明らかに格が違うことも思い知らされた。
だからこそ思うのだ。
「念入りに準備しておくに越したことはないと思うんだ」
(……できるだけ、手早く済ませることだ。我もこんなところで長居などしたくない)
「もちろん、そうするよ……準備ができたら、すぐに出発しよう」
錬金短剣を片手に、ルーカスは亡骸の元へと向かう。
目的のために、生存競争を勝ち抜く。
それが、この迷宮の理なのだった。
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ひと通り準備を終えたルーカスたちは、本格的に迷宮探索を再開した。
それからの探索は、拍子抜けするほど順調だった。
道中、数々の魔物が立ちはだかってきたものの、黒鉄竜ほどの強敵はいない。ほどんどは風狼が吹き飛ばし、ルーカスはその補助に回る。
時折、消耗した魔力を回復させる程度。戦闘でのルーカスの役割は、これまで以上に小さくなっていた。
だが、それでいい。
一つ一つの攻撃手段が消耗品であるルーカスにとって、無駄な戦闘を避けられるのは好都合だった。
魔力と素材を温存できる。風狼に戦闘を任せるこの役割分担は、むしろ理想的だった。
本命は、“シルヴィの救出”。
今は余計な消耗を避けながら、ただ前へ進む。
もっとも、走りっぱなしというわけにもいかない。主戦力の風狼の体力を回復させるため、道中で見つけた住居跡を利用し、適度に休憩を挟みながら探索を続けていた。
(ルカ。コイツを調理してくれないか?)
「……なにそれ……デカい……鳥?」
(たぶん“バジリスク”だな。ほれ、大蛇の尾を持ち合わせているだろう?)
風狼が咥えてきたのは、毒々しい色彩の大型怪鳥だった。腹が減ったらしく、通りかかったついでに狩ってきたらしい。
(羽毛と皮さえ剥がしてしまえば、いい食い物になるのでな。ルカもどうだ? 食べるか?)
「……いらない。っていうか、毒とかあるんじゃないのかな……?」
(あるにはあるが……血抜きをして火で炙れば問題なかろう。その昔、血抜きして生で喰ったことがあるが、大変美味だったぞ? それに、毒への耐性を付けられるやもしれん)
「……それでも、僕は食べなくていい」
ルーカスはジト目で、冷ややかにそう言った。
百歩譲って、風狼ならまだいい。特殊な体質によって、毒への耐性をつけられるという合理的なメリットがある。
だが、ルーカスは人間だ。毒に侵されるリスクを冒してまで食べる理由はない。解毒剤があったとしても、バジリスクの血肉に含まれる毒に効く保証はない。
というか——いかにも「毒でーす‼︎」と主張しているものを、わざわざ口に入れようと思うだろうか。
……悪食もいいところだ。
(そうか……ならば仕方がない。だが、肉は焼いてくれ)
「はぁ……わかったよ。焼けばいいんでしょ……」
(はは、かたじけない。礼と言ってはなんだが、バジリスクの素材はルカに譲ろう)
「あ、ありがとう……」
貴重な素材を貰えるというのに、このときばかりは嬉しさも半減していた。
(よーしっ! 我が下部たちよ! 下処理にかかれーっ!)
「キャンキャンキャンッ!」
「キャーンッ!」
風狼の使い魔たちが一斉に群がり、バジリスクの皮を剥ぎ、羽毛を毟っていく。その凄まじい手際を見ていると、改めて使い魔の凶暴さがひしひしと伝わってくる。
「……内臓、取り出さないの?」
(当然だろう。むしろ内臓こそ珍味よ。あの苦みと、舌に残るピリつきがまたクセになるのだ〜)
「へ、へぇ〜……」
流石は経験者。毒物に慣れすぎて、バジリスク程度では何とも思わないらしい。
以前、バーンの実で激辛の味付けにした肉を「美味い」と平然と食べていたくらいだ。今さら驚くことでもない。
……とはいえ、やはり内臓まで食べるのは理解できない。
そんなルーカスをよそに、解体はあっという間に終わった。
その後、ルーカスは頼まれた通りに肉に火をかけ、香ばしいローストバジリスクを作り上げた。
「……匂いで魔物が寄ってこないかな?」
(心配いらん。周辺は我が“威圧”をかけておる。そう近づいてくる奴などおらん)
「へぇ〜。やっぱり風狼は敵なしだね……」
(伊達に【守護者】をしているわけではないのでな)
長年培ってきた実力は、迷宮の生態系にも通用するらしい。迷宮探索においては、実に頼もしい存在だ。
……悪食に目を瞑れば、の話なのだが。
(それにしても、また錬金術で作業していたのか。相変わらず仕事熱心だな)
「ちょっと調べたいことがあったからね。特に、あの竜の外殻とか。装備を作ったはいいけど、性質まではよくわからなかったし」
(ほう。それで、何かわかったのか?)
「うん。色々わかったよ……」
そう言って、ルーカスは黒鉄竜の鱗を一枚取り出した。
「まず、戦ったときに感じた錬金術への抵抗。あれは、単一の鉱物じゃなかったんだ」
竜鱗を指先でなぞりながら、ルーカスは続ける。
「いくつかの金属が混ざった合金だった。たぶん、結合の強さや色合いからして、鉄と炭化タングステンが主要成分だと思う」
黒鉄竜の外殻が異様な硬さを誇っていた理由。それが、ようやく見えてきた。
そして、もう一つ。
「だけど……この鉱石はね、高温にすると硬くなって、逆に冷やせば脆くなるみたいだ」
(そうか……ん? ということは……)
風狼も、ようやく気づいたらしい。
ルーカスは苦笑を浮かべた。
「そう……氷結剣を使っていれば、もっと楽に勝てたんだよ」
(ふむ……思わぬ弱点だったというわけか……)
見た目だけでは、何もわからない。
少なくとも、黒鉄竜に関してはそうだった。迷宮という魔境では、地上での常識をそのまま持ち込むべきではないらしい。
「だけど、思わぬ収穫だったよ。性質さえ分かれば、後は錬金術師の領分。風狼が狩りに行っていた間に、装備は新調済みだよ」
(はは、準備は万全といったところか。だが、休息は必要だぞ。なんせ、今回の作戦はルカの魔道具が要となる)
「そうだね。けど、僕としては先を急ぎたい……」
事は一刻を争う。
シルヴィの自我が残っているうちに、何とかしなくてはならない。
(そうだな……では、我の背で運んでいこうか。その間に、仮眠をとっておけ)
「それはありがたいね。じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
(もっとも、寝てる暇があるかどうか怪しいがなっ! ははは!)
「せめて、振り落とさないでくれよ……」
そんなやり取りを交わし、二人は準備を終えると探索を再開した。
風狼の背に乗っての移動は、驚くほど快適だった。
階層を進むにつれて魔物も強くなっていったが、風狼の爪にかかれば敵ではない。立ちはだかる魔物を次々と蹴散らしながら、迷宮の奥へと突き進んでいく。
さらに使い魔たち周囲の探索へ向かわせることで、迷路のような構造も難なく突破していった。
その結果、仮眠を取る暇さえないほどの速度で探索は進み、ついに目的地に続く階段へと辿り着いた。
(……ふむ。使い魔の目で確認した場所だ。この階段を降りた先が、魔女の根城だ)
「この下で……間違いないの……?」
(ああ、相違ない。なんせ魔力の波長も……あの忌々しい女のものだからな……!)
風狼の声色には、明確な怒りが滲んでいた。
忘れもしない。同胞を無惨な亡骸に変え、あまつさえ森の安寧さえも脅かした、あの魔女。
積み重なった怒りも、同胞への無念も、すべてぶつける時が来たのだ。
「あの魔女を倒して……シルヴィを助けるっ!」
二人は決意を胸に、暗闇の階段を下りていく。




