第29話 シルヴィの行方
緑生い茂る森の中。
一匹の銀狼が日向ぼっこしながら、森の外をじっと見つめていた。
(……なかなか来ぬな。まぁ、所詮は人間の足か。あるいは、準備に手間取っているのだろうな)
しばらく寝て待つのも悪くない。
欠伸をしながら、風狼は身体を丸めた。
(……むっ?)
直後、風を切って、何かが近づいてくる。
気配を感じ取り、風狼は咄嗟に辺りを見回した。
(……上か)
風狼が視線を向けた、その先。
上空から微かに叫び声が聞こえてきた。
「わぁぁぁぁッ‼︎」
ルーカスだった。
風の膜をまとった様子を目にし、風狼は悟る。
(なるほど。あやつめ、風の加減を間違えたな……)
やれやれとため息を吐くと、風狼はすかさず風を巻き起こした。
「あぁぁぁッ……うおっ⁉︎」
ルーカスの落下はふわりと減速し、そのまま軽やかに地面へと着地した。
(はぁ……危うく星になるところだったな)
「あ、ありがとう……風狼」
(礼などいらぬ。それよりも……)
「ッ! そうだ! シルヴィは今どこにっ⁉︎」
ルーカスの問いかけに、風狼は険しい表情を浮かべる。
(シルヴィは——迷宮の中にいる)
「め、迷宮……だって?」
思わず、生唾を呑むルーカス。
——迷宮。
大昔の廃墟が悠久の時を経て地に埋もれ、魔素に曝されることで変貌した、魔物が跋扈する魔境だ。
だが、ゼルドア近辺に迷宮があるなど、ルーカスは聞いたことがない。存在するとしても、西の地方から流れてくる情報で知る程度だった。
それでも、風狼が確認したというのなら、まだ見ぬ迷宮は存在しているのだろう。
「でも……妖花の魔女にとっては絶好の回復場所なのかも」
(うむ。使い魔の目を通して見たが、あの魔女の根城は、不気味な森のような場所だ。しかも、特段魔力の濃い地帯であった)
風狼は、すでに下調べを済ませているらしい。
とはいえ、判明しているのは階層構造まで。罠の有無や内部の詳細までは把握できていない。
(……覚悟はできたか?)
「うん。常にそのつもりだよ。この日のために、念入りに準備してきたんだ」
(はは、その威勢、嫌いではないぞ。我も、あの魔女には格の違いというものを教えてやらねばならん)
ここまで来たのだ。もう、怖気づいてなどいられない。
「必ず、魔女を祓おう。そして、シルヴィと一緒に帰るんだ!」
(うむ。守護者として、森の安寧のためにこの歯牙を振るおう!)
互いにそう交わすと、ルーカスたちは迷宮の入り口へと向かったのだった。
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——一方、その頃。
毒々しい樹木で埋め尽くされた空間で、不気味な森が静かにざわめく。綺麗とも、気色悪いとも見て取れる花々が、風もないのに妖しく靡いていた。
そう、魔性の樹海は間もなく誕生する新たなる女王の目覚めを、今か今かと待ち望んでいた。
奥に鎮座するのは、巨大な一輪の蕾。
ゴポッ……ゴポッ……
胎内を彷彿とさせるその中で、ぼんやりと、うずくまった少女の影が浮かんでいた。
——良い子ね。シルヴィ……ぽかぽかで気持ちがいいでしょう……天国のような温もりでしょう……
「……ん……あったかい……」
心地良くて、ずっとここにいたくなる。まさに天国のようだった。
——だけど、あなたは目覚めなくてはならないわ……
「……めざ……める……?」
——そう。私たちの花園を荒らす、不埒な輩を皆殺しにしなくてはいけないの……
——だから、あなたが新しい女王として……この花園を守るのよ。そして、この素晴らしい楽園を、地上にも広めましょう……
「……広める……使命……」
——そうよ。だから……
——邪魔する者を、排除しなさい。
ゴポゴポゴポッ……!
妖花の女王の目覚めは、すぐそこまで来ている……
それが、絶望の幕開けとなることを——ルーカスたちは、まだ知るよしもなかった。




