第28話 出立のとき
翌朝。
ルーカスは朝食を済ませ、帰り支度を整えていた。
何から何まで世話になりっぱなしというのも気が引ける。そこで、せめてものお礼にとパン作りを買って出た。錬金術を応用してふかふかに焼き上げたパンを振る舞うと、二人は嬉しそうに頬張ってくれた。
そして、荷物をまとめて玄関の前に立つ。
「お世話になりました。おかげで、すっかり回復しましたよ」
「それなら良かった。困ったときには、またおいで」
「ふふ、ルカ君ったら、他人行儀なんだから」
マリンは快い笑みを浮かべる。
「それと……これ。昨日、整備した魔道具よ!」
「ありがとうございます。使わせてもらいます」
「だけど……条件があるわ」
「えっと……条件、ですか?」
ルーカスは身構えた。
何せ特殊な魔道具だ。相当な金額を要求されるのかもしれない。
だが、マリンが口にした条件は——
「必ず生きて戻ってくること。これだけは絶対に約束してちょうだい」
アクアマリンを彷彿とさせる瞳が、強く煌めく。その光に魅せられながら、ルーカスは思った。
——やっぱり、マリンさんらしいや。
「わかりました。必ず生きて、また来ますよ」
「約束だからね! なんとしてでも生き抜いて!」
いつの間にか、マリンの目元は赤みを帯びていた。
「そんな……なにも泣くことは——」
ルーカスは、そこで言葉を止める。
以前にも、彼女は言っていた。
——生命なんて容易く消えてしまう。
その言葉の重みが、今なら少しだけ分かる気がした。
「泣かなくてもいいですよ。僕だって、死ぬに死ねない事情があるんですから。それに、最近になって、また目的ができたんです」
それが、ルーカスなりの精一杯の言葉だった。
そこへ、アベルがキリッと笑みを浮かべる。
「……ルーカス君。応援しているよ」
「はいっ!」
別れを告げ、ルーカスは背を向ける。
来たる時に備え、彼は再び歩き出した。
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「……」
宿屋の一室で、ルーカスは慎重に《錬金術》を操っていた。
本日の作業は、魔道具の整備と魔力の充填。
先の妖花の魔女との戦闘では、かなりの消耗を強いられた。錬金短剣は刃こぼれこそないものの、刻まれた魔法陣が摩耗している。《聖盾》のペンダントも同様だ。
特に《聖盾》は重要な命綱。いざというときに結界が使えなければ、それこそ生死に直結する。
「……よし。これで完了。あとは投げナイフと、電撃石くらいかな」
投擲武器もかなり消耗していた。せっかくなので、今回は改良も兼ねて増産するつもりだ。
材料には、ゼルドア工房から譲り受けた廃材を使う。
武器や防具に加工する際に出る鉄屑などは、普通なら処分されるものだ。だが、錬金術師であるルーカスにとっては立派な資源だった。
不純物が混じっていても、《錬金術》で取り除けばいい。
ジールたちも処分に困っていたらしく、ルーカスが引き取ることになった。おかげで材料費を大幅に抑えられる。
何しろ市場で一から調達すれば、それなりの金額になる。生活が苦しいルーカスにとって、決して安い出費ではない。
「取り敢えず、こんなものかな」
完成した装備を、一つずつ収納具へ収めていく。準備は着々と進んでいた。
一通り作業を終えたルーカスは、揃えた装備を見渡して、ふと思う。
「ん〜。本当は中級魔法が使える魔道具にしたいんだけどなぁ……」
ルーカスが作る魔道具は、基本的に初級魔法の魔法陣しか使われていない。
理由は単純。小型の武器に刻めるほど、魔法陣が小さいからだ。
魔法陣は、術式を記した魔力の回路。魔法の階級が上がるほど術式は複雑になり、それに伴って魔法陣も大きくなる。
初級なら、印鑑ほどの大きさでも十分だ。
しかし、中級ともなれば、そうはいかない。
術式の文字列が増えることで、魔法陣は初級の十倍近くにまで膨れ上がる。必然的に、それを刻む器も大きくなってしまう。
冒険者などが扱う大型の魔法武器などが、その代表例だ。
「小型化できれば、もっと便利なんだけど……」
初級魔法陣なら、魔石や魔物由来の素材を使った染料で魔力の反応を高め、出力を底上げすることもできる。
ただし、そのぶん魔素反応が強くなり、魔法陣の摩耗も激しくなる。
便利ではあるが、長期運用には向かない。
「……やっぱり、今の僕じゃこれが限界か」
限界があるなら、発想と環境で補う。それがルーカス流の戦い方だ。今は、そうするしかない。
「錬金釜と……一応、軽く食料も用意しておいたけど……」
もしかしたら、思わぬ事態で長丁場になるかもしれない。何かと便利な錬金釜に、数日分の保存食。持っていくに越したことはない。
だが、荷物を見直していたルーカスは、ふと眉をひそめた。
「この干し肉……大丈夫かな」
腹持ちのいい保存食ではある。けれど、干し肉は匂いが強い。
魔女だけ相手にするつもりが、余計な魔獣を誘き寄せてしまったら厄介だ。
「……干し肉はやめて、ビスケットにしようか」
(——お肉、持ってかないの?)
「うん、そうしようと思って——えっ?」
(ん?)
突然、頭の中に幼い声が響いた。
ルーカスは思わず言葉を止める。
咄嗟に辺りを見回すと、そこにいたのは——ふわりと宙に浮かぶ子犬の精霊だった。
「うわっ⁉︎ い、いつの間に!」
(うん。だってさっき来たばっかりだもん)
到着したばかりとはいえ、まるで気配を感じなかった。にもかかわらず、本人は何食わぬ顔でふわふわと浮かんでいる。
「き、君はたしか……風狼の使い魔か!」
(そうだよ! 主様にね、ルカお兄ちゃんを連れてこいって言われたんだ!)
そういえば、風狼は魔女の居場所を突き止めると言っていた。
使い魔がやって来たということは——ついに、見つけたのだ。
「そっか。遠かっただろうに、ありがとうね」
(えへへ〜。頑張ったよ〜!)
相変わらず愛くるしい反応をする子犬だ。
けれど、そう言いながらも、視線はちゃっかり干し肉へ向いている。
「……君、ひょっとして干し肉が欲しいの?」
(うん!)
「……一枚だけだよ」
(わーい! やったー!)
使い魔は嬉々として、その場で干し肉に食らいついた。小さな口で、硬い肉をはむはむと噛む姿もまた可愛らしい。
「さて……そうと決まれば、僕も行こうか」
準備した道具類を背負子にまとめる。《浄化魔法》の魔道具と、傷薬をはじめとする薬類。短剣のホルダーよし。ポーチもよし。不足はない。
荷物を持って、ルーカスは部屋を出ようとした。
(待って! せっかくだから、僕が送ってくよ!)
「えっ? 送るってどうやって?」
(それはね〜……風で飛ばすの!)
なるほど、風の精霊らしい送り方だ。
だが、無邪気な顔をしているだけに、少し嫌な予感もする。
「飛ばすって言っても……この部屋ごと吹き飛ばさないでね?」
(ふっふっふ。大丈夫だよ。やり方は主様に教わってるんだ!)
「それなら……お願いしようかな」
それを聞いて、ルーカスは少し安心した。
風狼のことだ。人間相手に、そう乱暴な飛ばし方はさせないだろう。
とはいえ、念のために窓の外へ出ておく。幸い一階なので、外へ出るのも容易だった。
(それじゃいくよ? まずは〜、まん丸の風を起こして〜)
「おっ? おぉ〜!」
ルーカスを包み込むように、球状の風が巻き起こる。途端に、身体がふわりと宙へ浮かんだ。背負子の重さすら感じない。
「すごい……!」
風の力に感心していると、使い魔が元気よく声を上げた。
(それで〜……ヒュー! って飛ばすの! せーのっ‼︎)
「なるほど。これなら意外と安全に——」
その瞬間。
ゴッ‼︎
(ガオォォォォォッ‼︎)
使い魔の咆哮とともに、旋風が巻き起こる。
「うわぁぁぁぁぁッ⁉︎」
これには思わず絶叫。ルーカスの身体は、天高く吹き飛ばされた。
目の前の景色が目まぐるしく流れていく。風の膜が身体を包んでいるおかげで、なんとか意識は保っているものの、風を切る轟音が耳を劈く。
青空に大きな放物線を描きながら、ルーカスはそのまま森へと飛んでいくのだった。




