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蒼の錬金術師~底辺生活の少年が【超越の錬金術】で人生逆転し、最強へと至るまで~  作者: 字書きサバ/Saba can
第1章 一輪の妖精少女

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第26話 選択

 風狼と別れた後、ルーカスは街に戻って準備を進めていた。


 やることは山積みだった。薬の準備、スクロール探し、装備の改良。それらを普段の仕事と両立しながら進めなければならない。


 激務に追われ、連日徹夜することもあった。


 それでも、街中を駆け回りながら、着々と準備は進んでいる。


 ……ただ一つを除けば、の話なのだが。


「《浄化魔法》のスクロール……まさか、あんなに高いなんて……」


 ルーカスは疲れ切った顔で、とぼとぼと教会の門を潜った。


 最初こそ、目当てのスクロールが存在すると知ったとき、ルーカスは思わず胸を躍らせた。


 これでシルヴィを助けられる。


 そう思った。


 だが——値段を聞いた瞬間、淡い期待は地の底に叩き落とされた。


 スクロールの金額は、なんと——五十万八千ゼル。


 金貨に換算すれば、約五十一枚分にもなる。しかも、これは中級のスクロールに過ぎない。


「……高すぎるだろ……」


 あまりの衝撃に、ルーカスは思わず専門の神官に問い合わせた。取り乱しながらも事情を説明すると、神官は冷静に話を聞き、丁寧に返答してくれた。


 曰く、悪霊を祓うためには、中級以上の《浄化魔法》を行使する必要があるらしい。高額なのも、それだけの術を扱える実力者が使うことを前提としているからだという。 


 ルーカスは一つの可能性に縋った。


 ——十分に弱らせれば、初級でも祓えるのではないか。


 だが、その淡い希望すら、神官の説明によって打ち砕かれることとなった。


「初級の浄化魔法では、弱い呪いや邪気を祓う程度しかできません」

「……ですよねー……」


 ご丁寧な説明、ありがとうございました〜。


 ルーカスは心の中で、皮肉たっぷりにそう呟いた。淡々と告げられた残酷な事実が、ただ胸の内に重く響いていた。


「五十万八千ゼル……か……」


 ルーカスは小金入れを覗き込む。


 常備している生活費と、先日の工房の仕事で得た報酬を合わせて、八万八千ゼル。訓練がてら狩ってきた魔物の素材を売れば、どうにか届くかもしれない。だが——


「でも……返済期限も迫ってる……」


 五十万八千ゼル。


 それを支払えば、手元に残る金はほとんどない。


「この金は……絶対に手放すわけにはいかない……」


 これ以上、マーガレッタたちに迷惑をかけるわけにはいかなかった。孤児院をあの二人から守るためにも、一ゼルたりとも私情で使い込むわけにはいかない。


「代わりを……考えるか……。まずは、このお金を納めに行こう」


 希望は潰えたわけではない。


 《浄化魔法》のスクロールでなくとも、迷宮産の魔道具ならば、同じ魔法効果を持つものが存在すると聞いている。


 それが見つかることに、今は賭けるしかなかった。

 

 一抹の不安を抱えながらも、ルーカスは孤児院に向けて歩み始めるのだった。


-----


 貧民街のいつもの通りを歩き、ルーカスは孤児院に到着した。


 コンッ、コンッ。


 ドアを軽く叩き、ルーカスは声をかける。


「こんにちは。マーガレッタさん。僕です、ルーカスです」


 いつものように、反応を待つ。


 十秒、二十秒……。


 足音一つすら聞こえない。


 ——違和感があった。


(なんか……やけに静かだな)


 普段なら子供達の声で騒がしく、それを律する彼女の声が聞こえてくる。


 だが、今日は違った。


 不気味なほど、静まり返っている。


 途端に、最悪の事態がルーカスの脳裏をよぎった。


(……まさか、誘拐かッ⁉︎)


 瞬時に、嫌な汗が滝のように流れ出す。痺れを切らしたあの二人組が、子供達に危害を加えていたとしても、何らおかしくはなかった。


 声が震える。


 それでも、ルーカスは勇気を振り絞ってドアを開けた。


「マーガレッタさんっ! みんなッ‼︎」


 心の動揺をぶつけるように、ルーカスは大声で叫んだ。


 だが——室内には、誰一人としていない。


「そん……な……」


 身体から力が抜け、膝から崩れ落ちる。


 幾度となく“勘”には助けられてきた。それなのに、このときばかりは、第六感を恨みそうになった。


「守れなかった……のか……」


 積み上げてきたものが、突如として崩された。


 だが、これも自分が不甲斐なかったがゆえの結果だった。


 要するに——間に合わなかった。


「あら、ルーカスじゃない。そんなところで何してるの?」

「——えっ⁉︎」


 ……ということではないらしい。


 凛として、それでいて優しさに満ちた声。反射的に振り返ったその先には、マーガレッタがいた。そして彼女の後ろには、三人の見知った子供たちの姿もある。


「ほんとだ。ルカにいだ」

「ルカお兄ちゃん、戻ってきた!」


 驚いた様子のロウに、嬉しそうに笑みを浮かべるピリカ。


「マーガレッタさん……ロウにピリカも……」

「……む、ルカ兄……私、忘れてる」


 さらにその後ろから、植物図鑑を抱えたマルナも、ひょこっと顔を覗かせた。


「あ、ああ、マルナも……」

「……ルカ兄、泣いてるの?」

「いや……目にゴミが入っただけだよ……でも、よかった……」


 張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、ルーカスの頬にはいつの間にか雫が伝っていた。


 何気ない、いつもの面々。それが今は、いつも以上にかけがえのないものに思えた。


 ルーカスは立ち上がると、ロウが顔を輝かせてトテトテと駆け寄り、袖を引っ張ってきた。


「ルカにい、お仕事終わったの? それなら、遊ぼ! 遊ぼ!」

「あはは……ごめんねロウ。今日はまだやることがあってね……」

「そっか……うん、わかった。じゃあ、マルナねぇに絵本読んでもらう」


 そう言って、ロウはマルナに声をかける。


 かつてはわがままだったロウも、先ほどのやり取りを見る限り、随分と我慢強くなったものだ。ルーカスはしみじみと思う。


 マルナは……相変わらず無愛想だ。


 利口な反面、子どもらしさに欠けるところがある。今も、絵本をねだるロウに対して、


「……やだ。めんどくさい」


 と、冷たくあしらっている。


 なんだかロウが可哀想になってきた。

 

 もっとも、頃合いを見計らってマーガレッタが場を収めるのも、いつもの流れだ。


「その前に、おやつにするんでしょ? お皿を用意して来てちょうだい」

「そうだった! おやつ! おやつ!」

「ルカも、お茶くらいは飲んでいきなさいな。座って話をしましょう」

「は、はい……それじゃ、お邪魔します」

 

 急いではいるが、お茶の一杯くらい飲んで落ち着くのもいいだろう。話の席を設けてくれるなら、なおさらだ。


 ルーカスは椅子に腰掛けると、ふと思い出したように尋ねる。


「ところで、ジンたちは?」

「ジンたちなら、お手伝いに行ったわよ。ほら、あの子たちもあと二、三年で旅立つでしょ」

「そ、そっか……そうだよね……」

 

 それを聞いて、ルーカスは胸を撫で下ろす。マーガレッタは人脈が広く、周囲からの信頼も厚い。顔見知りの人々の下で働いているのなら、ジンたちは安全だろう。


「どうぞ、ルカ兄……」


 そこに、マルナが丁寧にカップを運んできてくれた。淹れたての紅茶の香りが、ふわりと鼻をくすぐる。


「ありがとう。これ、マルナが入れてくれたの?」

「……うん」

 

 少しだけ嬉しそうに、マルナは短く頷く。


「マルナはね、最近お茶の淹れ方を勉強しているのよ」

「へぇ〜、どうりで良い香りなわけだ」


 感心しながら、ルーカスは紅茶を啜る。茶葉の旨味がほどよく広がり、えぐみを感じさせない。この美味しさは、マルナの技術によるものだ。


「今日のおやつはね、はちみつ黒パンだよ!」


 今度はピリカが、数切れの黒パンが盛られた皿を運んできた。孤児院のおやつの中でも人気メニューだ。保存食のビスケットと同様に固く焼き上げているので、紅茶と一緒にいただくのが主流である。


 ひと通りの準備を終えて、子供たちも席に着いた。


「よく噛んで食べるのよ」

「は〜い! いただきます!」

「……ピリカ、ルカ兄の分取っちゃダメだからね……」

「わかってるよマルねぇ!」


 騒がしい三人だったが、おやつに齧りついた途端、みんな揃って笑みを溢す。ルーカスには、その光景がとても懐かしく感じられた。


「蜂蜜黒パンか……懐かしい味だな……」

「ふふ、クロムも好きだったわね。リザも先週、久しぶりに食べたいから作り方教えてって、やってきたのよ」

「そうなんですか。あのリザのことですし、もしかしたら、食堂の軽食にメニュー入りするかもしれませんね」

「あら、そう? そうなっていたら、皆でリザの食堂にでも行こうかしらね」

「きっと喜びますよ」


 茶を啜りながら、たわいもない話に花を咲かせる。心安らぐひとときだった。


 だが、ルーカスの胸の内では、どこからともなく不安の芽が、刻々と膨らみ始めていた。


「そうそう、この間言っていた分、渡そうと思って。たしか、六万ゼル……」

「——ルーカス」


 小金入れを取り出した途端に、彼女の声が鋭くなる。これには思わずルーカスも身を竦めた。マーガレッタの顔は、いつになく険しい。


「その話は……外でしましょう」

「そ、そうですね……すみません」


 失念していた。金の話は子供達の前ですべきではないと、以前も言われたことだった。


 マーガレッタは子どもたちに「ちょっと待っていて」と一声かけ、ルーカスを連れて外へ出た。


 一拍置いて、彼女は小さくため息を吐く。


「……それで。本命は、お金を返しに来たってことね」

「それはそうですよ。だって、マーガレッタさんにもう迷惑はかけられませんし……それに、今回の分でぴったり二百万ゼルになるんですから」

「……本当に、よく働いたのね……」


 その言葉には、呆れとも感心ともつかない複雑な響きがあった。


「そんな顔しないでくださいよ。僕は、やるべきことをやっただけですから」


 今までのやり取りから、マーガレッタがどんな反応をするかは想定できていた。それでも、呆れたような顔をされると、やはり胸の奥に突っかかるものがある。眉を八の字にしながらも、心配はいらないとルーカスは告げた。


「ご自身に使うことがなかったとしても……せめて、孤児院の運営に使ってください」

「また、そんなこと言って……でも、いざとなったときは……そうさせてもらうわ」


 そう言って、マーガレッタは困った笑みを返した。


 カーンッ! カーンッ!


 夕刻の鐘の音が響き渡る。快晴の青空は、茜色に差し掛かろうとしていた。


「おっと、もうこんな時間か。それじゃあ、僕はこの辺で失礼します。時間があれば、また顔を出しに来ますから」

「ええ……でも、無理はしないでね。休むときはしっかり休みなさい……」

 

 ルーカスは軽く荷物をまとめると、子どもたちに別れを告げてから孤児院を後にした。


 夕陽に照らされるその背中を、マーガレッタはただ見つめる。


「……また、言えなかったわ……」


 ルーカスがどれほど頑固で、どれほど自分を後回しにする性格なのか。誰よりも知っているからこそ、口にできなかった。


 地を這う影が、ルーカスへと伸びる。けれども、それが届くことは、遂になかった……

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