第25話 可能性の閃き
外の空気は平穏そのものだった。何事もなかったかのように、淀みなく澄んでいる。
ふわっと吹いた穏やかな風が、二人の無事を祝福する。
それでも、彼らを包む重苦しさだけは、晴れることがなかった。
「……ねぇ風狼……シルヴィは生きていたよね……?」
(……ああ。確かに生きていた)
シルヴィは抗っていた。魔女の呪縛を掻い潜り、絶体絶命だったルーカスたちの血路を開いてくれた。あのとき聞こえた声はきっと幻などではない。
だからこそ、身体に鞭打っても急がねばならない。微かな希望が残されているうちに、できる限りのことをするべきだ。
「……早く助けに行こうッ‼︎ きっと、あの土砂の中に埋もれてる‼︎」
(そうしたいのは山々だが……)
「——ッ! まさか、手遅れだとか言うんじゃないだろうなっ⁉︎」
(落ち着けっ‼︎ あの魔女のことだ。しぶとく逃げおおせているやもしれん)
「そう……か……そうだよね。ごめん……」
風狼の言うことは一理ある。狡猾な策士たる魔女が、あの程度の落石で潰れるとは到底考えられない。ましてや、「至高の器」に受肉したならば尚更だ。
(しかし、助けるとは言っても、魔女だけは取り除かねばなるまい。何か良い方法があるとでもいうのか?)
「それは……その……」
言い淀むルーカス。大変なときだからこそ、取り乱してはならないのはわかっている。
だが、ルーカスの心は依然として揺れていた。彼女の安否を考えるだけでも心音は跳ね上がり、芯から燃え盛る焦燥が、今にも身体中の血液を沸騰させそうだった。
(……口が先走っただけか……まぁよい。いまだに動揺を抑えきれておらんのだろう。無理もない)
「……ちょっと、呼吸を整えるよ」
(うむ。それがよい)
まずは冷静に。ルーカスは一拍、大きく深呼吸をする。新鮮な酸素が肺を潤し、火照ってムカムカしていた身体が安らぎの波に濯がれていく。
(どうだ? 少しは落ち着いたか?)
「うん。頭がすっきりした気がする。こういうときこそ、冷静沈着に、だね」
(うむ。それでこそ我が弟子だ。戦士としての精神力が高まってきているな)
実際はそんな高尚なものでもない。いつもの草花の香りが、心に安心感を与えてくれたのだ。森の空気様様である。
そして、森が運んできてくれたのは、安堵感だけではなかった。停滞していた思考が、少しずつ整理されていく。
そして——一つの可能性が脳裏に閃いた。
「さて……魔女の魂を取り除く方法、だったよね? それなら……なんとかなるかもしれない」
(本当かっ! して、どういった手法なのだ?)
「それはね——《浄化魔法》だよ」
その一言に、風狼は首を傾げた。
(浄化魔法……だと? 聞き馴染みのない魔法だな)
「それもそうだね。だって、近年になって実用化された魔法だし。簡単に言うなら——悪霊を弱めて、身体の主導権を取り戻すための魔法だよ」
《浄化魔法》は邪気や呪いを祓う方法として確立された魔法だ。取り憑いた悪霊を追い出すためにも用いられる。
術者が呪いを唱えて悪霊の力を封じ、弱らせる。その隙に、本来の身体の持ち主が肉体の主導権を取り戻す——それが基本的な手法だ。
(なるほどな。しかし、魔女の魂を弱めるにはどうするのだ? 攻撃で消耗させるとなれば、シルヴィも巻き添えを喰らってしまうぞ)
「うん。たしかにそこが問題なんだ。だけど——肉体を削る必要はない」
風狼の懸念は、ルーカスも一度は考えたことだった。
だが、彼がそう言い切ったのは、その問題を乗り越える方法を見つけたからだ。
「魔女の行動を誘い出して、魔力を削るんだ。風狼には奴の気を引いてもらいたい」
(それはつまり……我が攻撃を捌き、防御の術を誘発させればよいということか)
「話が早くて助かるよ。消耗したら、僕が奴の身体に薬を打ち込む。使えそうなものを思いついたんだ」
自信ありげにルーカスはそう言った。彼の言葉の一つ一つから滲み出る決意に絆され、風狼も口角を上げた。
(うむ。ならばその方向で行こう。あとは奴の居場所だが……そこは我の使い魔で偵察させるとしよう)
「ありがとう。そうと決まったら、僕は浄化魔法のスクロールと薬を準備しに街に戻るよ」
(はは、大仕事になるが……我も気を引き締めなければな。あの魔女はのさばらせてはならん。英気を養っておくとしよう)
方向性が決まった。たったそれだけでも、収穫があった。
一縷の希望を胸に、ルーカスは森を後にしたのだった。




