第23話 逆転の布陣
「お……おのれ……傷が塞がらない……魔力も通らない……!」
妖花の魔女は苦しげに声を漏らした。傷口がゆっくり塞がり始めていたものの、灼熱剣の刀身が肉を焼き、再生は遅くなっている。
(……ぐっ)
「風狼っ⁉︎」
ルーカスはすぐさま風狼の傍らへ駆け寄った。
「動けないのか……⁉︎」
(うむ……ルカ、気をつけろ。あの花がばら撒く花粉は麻痺毒を含んでいる。人間なら、少し吸っただけで動けなくなるぞ)
「神経毒か……厄介だね」
風狼の異常を理解したルーカスは、橙色の薬液が入った小瓶と、細い溝が刻まれた注入用の小型ナイフをポーチから取り出す。
「少し痛いかもしれないけど、我慢して。今はこれくらいしか対処法がないんだ」
ルーカスはナイフの切先で薬液を吸い上げると、そのまま風狼の首元へプスリと刺し、薬剤を注入した。
(……ぐっ⁉︎ な、なんだ今のは……)
「麻痺毒を弱める薬さ。気休め程度だけど……少なくとも、回復を早めることならできると思うよ」
刺し痕に傷薬を塗り、自身も予防のために残った薬液を飲み干した。そして、魔女の方に目を向ける。
「さて、次はどう動くか……ん?」
側から伝わる違和感。思わず振り向くと、風狼が怪訝そうに目を細めていた。
「なんで、そんな目をするのさ……」
(……てっきり、動けぬ我を見かねて介錯するのかと思ったぞ)
「そんなことするわけないでしょ⁉︎」
(ほら……首元へ刃を向けていたではないか)
「これは注射器代わりなの!」
こんな状況でも冗談めいたことを口にする風狼に、ルーカスは「案外余裕なのでは?」と思ってしまう。もちろん、誤解を招いてしまったことは否定のしようがないが、まさか「とどめを刺しに来た」と勘違いされるとは思ってもいなかった。
その直後、切迫したシルヴィの声が響く。
「二人とも! 正面っ!」
ルーカスが視線を戻したその先。幾本もの槍のような蔓が矛先を向けていた。悪寒がしたルーカスは、咄嗟にペンダントの魔法陣を解放する。
「ッ⁉︎ 展開——《聖盾》ッ‼︎」
結界の発動と同時に、蛇のように蔓が迫った。矛となった蔓が、堅牢な光の大盾をガリガリと削っていく。シルヴィのものとは比較にならないその鋭さと応用力の高さは、もはや植物の域を越えていた。
「ぐぎぎ……人間如きが、私を出し抜けると思うなぁ‼︎」
肩の肉を再生させつつ、妖花の魔女は鬼の形相で叫ぶ。その感情に呼応するように、喰らい花が刺々しい木の葉を回転させながら飛ばす。
狙いは術者——ルーカス。ガラ空きの横方向に、刃葉が回り込んだ。風狼が迎撃を試みるが、思うように動けない。
(ぐっ……まだ動かん。このままでは……!)
焦燥が滲んだその直後、地面から伸びた幾本もの細い樹木が、二人を包み込む。その光景に、思わず魔女は目を見開き、奥の少女——シルヴィに視線を向けた。
「樹だと⁉︎ 私の魔法をなぜ……もしや同族か⁉︎」
「お痛はダメッ!」
網目状に編まれた樹木のドームは、木の葉の刃を受け止めていく。だが、魔女は負けじと魔術を行使した。
「下部の分際で人間と徒党を組むなど……身をほどを弁えろ! 三下がぁ!」
その叫びとともに、刃葉が再び回転を始める。何重にも重ねたドームだったが、刃葉はガリガリと勢いよく突破していく。
(つ、強い……でも、私ならやれる!)
「生意気な同族よ! まずはオマエから供物としてくれるっ!」
今度は喰らい花たちがシルヴィへと牙を向けた。その様は食欲の権化と呼ぶに相応しく、唾液を滴らせながら獲物の血肉を喰らわんと迫る。
だが、その牙が届くことはなかった。
(させぬっ‼︎)
風狼が蔓を切り裂き、攻撃を遮断したからだ。さらに、僅かながら回復した身体で大きく息を吸い込むと、渾身の咆哮で追い討ちをかける。
「ヴァォォォォォンッ‼︎」
空間を揺らすほどの振動とともに、渦巻く風が刃葉をあらぬ方向へと狂わせる。それだけではない。風に忍ばせた微細な《魔力刃》の刃片が、勢いを失った刃葉を粉微塵に切り裂いていった。
《聖盾》を激しく削っていた蔓もズタズタに切り裂かれ、勢いを失っていく。
「小癪な……っ!」
凄まじい連携に呆気を取られていた魔女だったが、不意にひんやりとした感触が伝わり、地面に目をやった。岩肌の地面は、いつのまにかちょろちょろ水が流れている。恐らく、突き崩した壁が水脈と繋がっていたのだろう。
魔女はニヤりと笑みを浮かべた。
「ふふ……どうやらここは私に味方してくれているみたいよ? お花っていうのはね、水を吸えば元気になるもの♪」
流れる水を、根っこから吸収していく。それに伴って魔女の身体が艶を帯びて精気に溢れてきた。
だが、この状況を好機と捉えたのは、魔女だけではない。
ルーカスも同じだ。
「そうだね。花には水をやらなくちゃ……」
不敵に口角を上げ、引き抜いたのは“氷結剣”。
「けど、寒い日には——ご用心‼︎」
ヒュッと飛ばした魔剣は、霜を降らせて狙い違わず魔女の身体に突き刺さる。急所ではないものの、刀身に秘められた冷気が肉体を内側から氷漬けにしていった。
「バカ……な……人間と魔獣がつるむなんて……」
(不思議なことではない……利害が一致すれば、徒党を組むのは自然の摂理よ……)
「ま、まだよ……私は、森を統べてやるわッ‼︎ このまま氷漬けで終わるものかぁッ!」
「いいやっ! ここで終わらせるっ!」
目の前の魔女からただならぬ気迫を感じ取ったルーカスは、ホルダーからもう一本の魔剣——【錬成剣】を引き抜き、その切先を地面へと向ける。
直後、刀身を走る微かなスパークが、土砂を吸い上げはじめた。
「——大地より出でし岩杭よ、我が意に従い敵を穿て——《岩穿杭》ッ‼︎」
魔法のトリガーが引かれ、形を成した岩穿杭が撃ち出された。
魔女は咄嗟に防御の構えをとるが——それは敵わぬことだった。
「あがっ⁉︎」
凍りついた魔女の身体を、渾身の《岩穿杭》が見事に打ち砕く。キラリと光る氷片は、生命の終わりを告げるように儚く散らばっていった。
「……この私が……滅ぶ、なんて……」
魔女の首が地を転がる。見開かれた目は怒りと屈辱を訴えるが如く充血していたが、やがて光を失っていった。
(……助かったぞ、ルカ)
「こっちこそ助かったよ。風狼が木の葉を散らしてくれなかったら、今頃ズタボロだった……」
そこにシルヴィが駆けつけた。
「二人とも大丈夫⁉︎ 怪我は⁉︎」
「僕は平気だよ。シルヴィが守ってくれたおかげでね。風狼は危機一髪って感じだったと思うけど」
(いや、我も問題はない。擦り傷はもちろん、薬のおかげで身体の痺れも消えてきている。もうすぐ、問題なく動けるようになるはずだ)
「そっか……ならよかった」
無事を確認したシルヴィは、安堵の息を漏らす。正直なところ、彼女はギリギリだった。
「あのドーム……かなり魔力を消耗したから……疲れた……」
「そうなんだね。でも、助かったよ。お礼と言ってはなんだけど、これで魔力回復しなよ」
そう言って、ルーカスは魔力回復剤をシルヴィに手渡した。彼女は小さく「ありがとう」と呟き、すかさず栓を開けて薬を口にする。ちょびちょび飲んでいる姿が、ちょっと微笑ましい。
「……どうかしたの? ニヤけちゃって……」
「ちょびちょび飲んでるのが可愛いなって……」
「〜〜ッ⁉︎……に、苦いから少しずつ飲んでるだけ! 変なこと考えないで!」
別に変なことではないのに。そう思うルーカスだったが、それを言ったら火に油を注ぐ結果になりそうなので心の中に止めることにした。
そんな二人の空気に、隣の風狼もついニヤけ顔になった。
(なんだなんだ〜? そういうことは我の居ない場所ですべきではないのか〜?)
「なんでそんな顔するの⁉︎ っていうか、元はと言えばシルヴィを消耗させた原因は風狼でしょ⁉︎」
(何を言うか……我が何かヘマをしたとでも⁉︎)
「僕が薬を打った後、「介錯かと思った」って言っていたじゃないか! 案外余裕そうに見えたんだけど⁉︎」
(……それはあの魔女の攻撃を誘うためだ。守護者として数多の闘いを制してきた我だぞ? 常に余裕を保つのも、戦場での心得よ!)
「今の間が気になるんだけど……」
半分くらいツッコみたかった。その口ぶりは、まさしく冗談として捻り出していたようだった。
とはいえ、森の守護者として、年長者として、威厳を保ちたいのだろう。これ以上の言及はしないでおこうと、ルーカスはブレーキをかけることにした。
(はぁ……正直に言えない自分も自分か……)
同じ釜の飯を食った仲であっても、まだ他人行儀なところが抜けない。ルーカスは改めて自身の弱さを認識する。
「まぁ……みんな無事だし、早くここから出よ?」
「……そうだね。ペンダントの整備もしたいし」
(ふむ。シルヴィの言う通りだ。何より腹が減った。獲物を狩りにいくのも、鈍った身体を馴らすには丁度よい)
「風狼は相変わらずだなぁ」
「ふふ。疲労回復に効くハーブ、いっぱい用意するね」
食欲に従順な風狼に、ルーカスは苦笑いしてしまう。もっとも、ルーカスもシルヴィもその言葉には同感だった。
(大仕事だったからな。たっぷりと肉を——)
風狼がひと足先に入り口へ戻ろうとしたその瞬間、突然その足を止めた。
「どうしたの風狼? まさかまた痺れて——」
(——ルカッ‼︎ 小娘から離れろっ!)
風狼の言葉に一瞬困惑したが、そうもしないうち背筋に冷たいものが走った。
思わず振り返ると——
「えっ?」
そこには、手刀を振りかぶるシルヴィの姿があった。




