第1話 日銭稼ぎの錬金術師
賑わいの街「ゼルドア」。隣接する鉱山の恩恵を受け、鍛冶業を枢軸産業として発展してきた街である。大陸中央の商業都市と比べれば小さいものの、製鉄・鋼材の加工技術の高さが売りである。
この街には様々な人間が集う。商魂たくましい商人。弱肉強食を是とし、成り上がりを賛美する実力主義の冒険者。
そして、街の産業の大黒柱たる【職人】。
彼らが切磋琢磨しつつ仕事をこなす街一の工房——ゼルドア工房は、今日も熱気で溢れていた。ここにいるほとんどの職人は、鍛冶を担う者たちである。
もっとも……彼らとは少し違った毛色の職人も混じっているようだ。
「これで最後っと」
そう呟いたのは一人の少年。彼は拳大の金属塊を手に取ると、もう片方の手で指を当て、簡易な詠唱を始めた。
「——鉱物錬成——」
一拍、彼の指に淡く美しい蒼のスパークが集中する。その指の動きに沿って、金属塊が形を変えていく。
まずは平たい長方形の板。その先端を尖らせ、さらに端を薄くし、鋭利な刃を形成する。
スパークが収まる頃にはナイフの刀身が出来上がった。
最後に木製の柄を固定すれば、完成だ。
「うん、いい感じ!」
ルーカスは満足げに微笑を浮かべると、用意していた革のケースで刃を包み、木箱の中にそっと納めた。
一拍、彼は息を吐きながら額の汗を拭った。
「おっ、ちょうど終わったみたいだな、ルカ」
そんな彼の後ろから声をかけたのは禿頭の巨漢——この工房の親方ジールだった。
「どうもジールさん、お疲れ様です。引き受けた納品物、全部出来上がりましたよ」
「そうか、お疲れさん。まさか本当にやり遂げるとは……大したもんだ」
「そう言われても、ジールさんたちの量には及びませんよ」
「んな馬鹿なことがあるか」とジールは小声で呟いた。
ルーカスの作業台を埋め尽くす、金具や調理器具の山に目を向けながら。
「すまねぇな。おまえも忙しいだろうに、こんな無茶な仕事に付き合わせちまってよ」
「まぁ、無茶な仕事と言われればそうですけど……それは皆同じじゃないですか。なにせ、いきなりの依頼だってことですし」
それは三ヶ月ほど前のこと。北側の王国——【レニス王国】からの指名依頼で、武具の注文が入った。
依頼文によれば、魔物の活動が活発になりつつあり、そのうち群集強襲が起こる恐れがあるので、至急で兵士たちの武具を新調したいとのことだった。
ここまでは普通なのだが……問題はその注文数だった。
「サイズ別の軽装鎧に大量の武器。それを八百組……目を疑ったぜ。こちとら武具作れる奴らを集めても精々三十人程度だってのに」
「少ない人数でこなすには多すぎな気がしますよね」
この工房は、弟子を十数人取ってはいるものの、基本的に注文には少数精鋭で対応している。生活に欠かせない日用品から、冒険者御用達の武具まで幅広く扱い、熱意のこもった製品を生み出してきた。
しかし今回、その体制が仇となった。
驚くなかれ、注文の納入期限は三ヶ月後。
武具を打てる熟練鍛冶師は、良くて三十人。品質と納期を両立させるためには、余裕を持って最低でも四ヶ月は欲しかった。
それを三ヶ月でと言うのだから、全く無茶もいいところだ。おかげで休みの日も働き詰めのスケジュールとなった。
これに対し、ジールは門下生も総動員し、実践させながら生産するという手法を取った。失敗が出た場合、時間も材料も大幅なロスになりかねない。リスクのある選択だった。
では、そんなデメリットを含んだ手段を、何故採用できたのか。
答えは至極単純。リスクを帳消しにできる存在がいたからである。
そう、ルーカスだ。
「ルカが来てくれて、本当に助かったぜ。細かい作業はこなすし、不良品もパパッと直しちまうんだからな」
「そういうのは錬金術の得意分野ですから、任せてください」
彼は日用品の製作と並行して、失敗作の修正を一手に引き受けていた。錬金術で不純物を取り除き、歪みを整え、微細な不備を修正する。
単なる穴埋めではない。生産全体の滞りを抑え、現場を回すための“調整役”として、彼は機能していた。
それだけではない。この仕事は、ルーカスにとっても重要な案件だった。
「それに……稼げるときに稼がないと……期限は、迫ってきていますから……」
「……そうか」
ルーカスは持ち前の「錬金術」で生計を立てている。普段は個人営業で薬を作ったり、街の人から依頼されて道具を作るなどして日銭を稼いでいる。
けれど、そのほとんどは食費や家賃、そして“借金の返済”で消えていく。
だから、こうして時折やってくる工房からの依頼は喜んで引き受けている。金払いが良いからだ。おかげで少しずつではあるが、借金生活からの脱却の道筋が見えてきている。
ゆえに、彼にとっては美味しい依頼で、これ以上の好機はないのだ。
「それよりも、例の武具の方は順調ですか? もし難航しているようでしたら手伝おうと思うんですが」
「いや、その必要はないぞ。あっちももう終わるみたいだ」
「そうですか。ならよかった」
「まったく、健気なやつだな、おまえは……」
年のせいもあってヘトヘトなジールは、仕事に精を出すルーカスに感心していた。
ここ数日で目元に隈ができた職人を何人見てきたことか…… 信頼の裏返しとはいえ、怒涛の一ヶ月間を振り返るとため息が溢れる。
そんなジールの様子にはルーカスも同感だった。仕事中ずっと錬金術を使い続けていたため、相当体力が削られていた。
「とはいえ、なんとか期限には間に合わせられそうなので良かったです」
「だな。出荷準備は明日やれば間に合うし、今日はもう終いにしようか」
ジールが話し終えた途端に、ようやく待ち侘びた知らせがやってきた。
「親方、注文品、全部揃ったっス〜」
「そうか! ご苦労さん。今日はもう終いにしよう! 出荷は明日にやるぞ! 他のヤツらにも伝えてくれ!」
「承知っス〜」
彼の声にも疲れが表れていた。大半の職人がそうではないだろうか。鍛冶という仕事に誇りがあれども、寝食の時間を削って根を詰めれば心体ともに疲弊するものだ。英気を養ってもらうためにも、明後日からは休暇を与えるのが適切だと、ジールは考えていた。
「やっと終わった。長い戦いだったな」
「あとは輸送隊が無事に送り届けてくれることを祈るだけですね」
「ま、きっと大丈夫だろ」
荷台業者への手配も済ませている。彼らの大仕事は九割方終わったようなものだ。
「そうだ、この後のことなんだが、所長室に来てくれないか? 渡したいもんがあるんだ」
「わかりました」
ルーカスは頷いてジールの大きな背中を追った。
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