第18話 素直な気持ちと、実った果実
その後、三人は食事を摂った。
普段のように風狼が肉を調達し、ルーカスが調理する。シルヴィは……デザートのフルーツを用意した。
もっとも、いつもなら賑やかな空気が、お通夜のように冷たく静まり返っていたのだが。
(ルカよ。なぜシルヴィと顔を合わせんのだ?)
「いろいろあったんだよ……風狼も見てたでしょ」
(たしかに我も見ていたが……はっきりとはわからんな)
風狼はそう言いつつも、相変わらず巨大な肉に食らいついていた。バーンの実を二個分使っているというのに、さも平然と平らげる。だが、ルーカスもそんな光景には慣れてしまった。
(我は森の獣ゆえ、人間の恋路の機微など知らぬ)
「そ、そっか……」
当然と言えば当然か。風狼はあくまでも“森の守護者”。人間社会のいざこざに首を突っ込むつもりは毛頭ないのだろう。
しかし、風狼のスタンスには違和感があった。
「……ん? ちょっと待って。じゃあなんで『若いな!』って言ってたのさ⁉︎」
(そんなもの、雄と雌の恋模様は人間も同じだろう。複雑なことは知らぬが、生きとし生ける者として、その一点に変わりはあるまい)
「それで納得しちゃうのか……」
ルーカスは頭を抱えた。本当は心の中でニヤついてるんじゃないか? という邪推が頭をよぎった。
その傍らで、風狼はシルヴィにも声をかける。
(シルヴィも、素直になれば良いではないか)
「……ぷいっ」
シルヴィはいまだにご機嫌斜めのようだ。
(はぁ……やれやれ)
風狼は呆れ気味にため息を吐く。一拍、渦巻く風から子狼を生み出し、彼女の元に向かわせる。
「キャンッ!」
「っ⁉︎ わ、ワンちゃん?」
子狼は元気よく駆けつけると、シルヴィの肩の上にちょこんと座りだす。そして、柔らかな毛に覆われた顔で頬擦りしはじめた。
「キャンッキャン!」
「ちょっ、くすぐったいよ〜」
風の毛が、優しくシルヴィの頬を撫でる。不機嫌だった彼女の表情はほぐれ、やがて笑顔に変わっていく。子狼は得意げに尻尾を振った。
(えへへ〜! シルヴィお姉ちゃん笑った!)
「えっ? お、お姉ちゃん? っていうか、喋れるの?」
(うんっ!)
くりくりとした目を輝かせて、子狼は短く頷く。そして、耳元に囁きだした。
(ねぇ、シルヴィお姉ちゃん。なんでルカお兄ちゃんと喋らないの?)
「そ……それは……」
無垢な問いかけに、思わずシルヴィは言葉に詰まった。
(ルカお兄ちゃんのこと嫌いになったの?)
「ち、違うっ!」
(じゃあ好き?)
「そ、それも違っ……!」
(?)
顔を赤らめながら、シルヴィは出しかけた言葉を飲み込む。ルーカスのことは信頼しているが……あの泉での出来事があったからには、真正面から向き合えるわけがない。そう思っていた。
そんな彼女の迷いなど知らず、子狼は話を続けた。
(ぼくもね、お兄ちゃんたちとケンカしちゃうときがあるけど、すぐに仲直りしちゃうんだ)
「……どうして?」
(ケンカしたらね、お兄ちゃんが言うんだ。ぶつけたキズはちゃんと治さなきゃダメだって)
「ぶつけたら……治す」
無垢な子狼の言葉で、シルヴィは冷静になった。
あのときのルーカスは助けようとしていただけで、悪意なんて最初からなかった。完全に、あれはどうしようもない事故だったのだ。
シルヴィの中で、曇っていた心に一筋の光が差し込んだような気がした。
(お姉ちゃんだったら、きっとできるよ!)
子狼は元気いっぱいに「キャンッ!」と鳴くと、粒子となって風の中へと消えていった。
「治すために……できること」
シルヴィは小さく、そう呟く。ルーカスとの関係を立て直すために、何ができるのか……目を閉じて考えた。
考えた末に、シルヴィは地面に手をかざした。薄紫の魔力光に反応し、そこから植物が芽を出しはじめた。
何の植物かは、はっきりとイメージしていない。だが、花を咲かせた蕾に実ったのは——艶のある紅のイチゴだった。
「あの……ルカ!」
振り絞った言葉に、ルーカスはふと振り向いた。
「その……さっきは打って……ごめん。これ……お詫びに……」
「シルヴィ……ううん、気にしてないよ。元はと言えば、偶然の事故だったしね」
ルーカスはふっと笑みを浮かべて、優しい声でシルヴィにそう返した。ルーカスの言う通り、全ては偶然から始まったのだ。誰が悪いか以前の話だったのだ。
「それよりも、そのイチゴ貰ってもいいかな? イチゴには目がないんだ」
「う、うん!」
(ほう、なんと綺麗な果実なのだ。我も一つ貰ってもよいか?)
「ど、どうぞ!」
二人にそれぞれ一粒のイチゴを分け、シルヴィもその一つを取る。そして、三人とも奇しくも同時に口にした。
「あ、甘い……でもちょっと酸っぱい…….」
「たしかに少し酸味が強いけど、僕は好きだな、これ」
(そうか? 我からしてみれば、甘味と酸味の釣り合いが取れていて実に美味いぞ)
三人の間に流れていたぎこちなさは、いつの間にか風に溶けていた。
甘くて、少しだけ酸っぱい。
それはまるで、錬金術師と妖精少女の関係そのもののようだった。




